8.旅は道連れ、世は情け
マヤとリビトは森の住人たちから惜しまれつつも快く送り出してもらった。辛く厳しい1人旅になると覚悟していたが、護衛を名乗り出てくれたリビトが同行することになって内心ホッとしていた。
「それで、どこへ行くつもりだ?」
「え? あぁ、えっと……」
「お前まさか、目的地もなく馬車を進めているんじゃないだろうな?」
「あぁ、えへへ」
マヤは苦笑いをしながら、後頭部を掻いている。
「そんなことだと思ってた」
「えへへへ――1人で旅をすると思ってたから、なるようになるかなぁって」
「なる訳ないだろうが……」
リビトはマヤがノープランであることに飽きれたのか、額を手で覆っている。
「あの、でもね。具体的なプランではないんだけど、一先ず近くの人間が暮らす町を目指そうと思うの」
「その後は?」
「えっと……そう、そうよ! リビトのお父さんも探さなきゃだし。リビトこそ旅のプランは決めてるの?」
マヤはいた堪れない空気を変えるため、話をリビトに振ることにした。きっとリビトも突然決まった旅だから、何のプランもないだろうと高を括っていたのだが。
「母が亡くなる前に『父親はお前が会えるような相手ではないから、決して探すな』と言っていた。きっとそれなりの身分を持つ者だろうと目星をつけている。一先ずは旅をしながら隠し子の噂のある貴族を片っ端から調べつくそうと思う」
「へぇ、そうなんだ――。うん、そうだね。なるほどね……」
マヤの声に抑揚がない。
自分が思う以上に、リビトはこの旅でどうやって父親捜しをするのかを真剣に考えているのだと知った。
口では「マグスと人間が仲良く暮らせる世界を作りたい」なんて大見栄切って森を出てきたものの、具体的なプランを考えていない自分を反省した。
「まぁ、この旅の第一目的はマヤの願いを実現することだ。旅に同行する以上は俺も一緒に今後の事を考える責任と義務がある。それに、俺の父親捜しはついでのようなものだ」
マヤが落ち込んでいるのが分かったのか、リビトはマヤを励ますように声をかけた。マヤはリビトの言葉に励まされ、暗くなっていた表情はパァッと明るくなっていった。自分の単純さに驚いたが、そこは受け流すことにする。
そして、リビトはポケットから折り畳んだ紙を取り出した。幾重にも折り畳まれたのは地図だった。地図を無言で見つめるリビト。暫くしてマヤに声をかけた。
「マヤの言う通り、一先ずここを目指そう」
リビトが指さしたのは冒険者が集まる宿場町「ヴェネートル」だった。
ヴェネートルはマグスの森から一番近くにある人間の町だ。
リビトの話によると、冒険者が集まる最大の宿場町であるそうだ。
魔力の強いマグスには多額の懸賞金が掛けられていて、その懸賞金欲しさに各国から冒険者が集まっている。「町に着いたら慎重に動く必要がある」とリビトの言葉にマヤは黙って頷いた。
はじまりの森を出て数時間が経ち、馬車の上でぐぅ~と腹の音が重なって鳴り響いた。マヤとリビトはお互いの顔を見合わせ、どちらともなく笑い出した。
「リビトも?」
「仕方ないだろ? 朝飯を食べ過ごしたからな」
「それって、馬車を取りに行ったから?」
リビトの言葉から、マヤは自分の為に馬車を取りに行き、そのせいで朝食を食べられなかったのだと察した。当の本人はマヤから視線を逸らして頭を掻いている。
「まぁ、あれだ。その……そうだ。旅と言えば馬車だろ?」
「そうなの? まぁ確かに、この世界の移動手段といったら魔法か馬車の2択よね」
「そうだろ。それに馬車があれば寝場所を探す必要もないしな。食糧とか水も簡単に運べるしな――」
リビトは旅に馬車が必要だとアピールするために、あれこれと取って付けたような理由を並べる。マヤはリビトのやさしさと気遣いを知り、心の奥が暖かくなるのを感じた。
「リビト、ありがとう」
「別に、お前のためじゃない」
「うん。でも、ありがとう」
マヤはこの旅が自分1人だったら、今頃どんなに不安になっていたことだろうと考えていた。元の世界でも1人旅をしたこともなければ、旅行を楽しんだ記憶すらなかった。改めてリビトの存在が有難く感じたのだった。
マヤは、今朝仮住まいを出る前に用意したホットサンドの包みをバッグから取り出し、半分にちぎった。その半分をリビトへ。
「はい、今朝作ったホットサンドよ。ゆで卵と新鮮なレタス、トマト、チーズに特製ソース入り。他にもご近所さんからもらったリンゴやアイスティーもあるからね」
「食べ物だけは準備がいいんだな」
「……私がいた世界では『腹が減ったら戦はできぬ』なんて言葉もあるのよ。お腹が空いたら何もできないでしょ。だから、食料はしっかりと準備しておかなきゃね!」
「金はあるのか?」
「ん? お金? それは……あるわけないよね……」
「……」
「細かいことは町へ行ってから考えよう。今はさぁ、お腹を満たしましょう!!」
マヤは自分に向けられた冷たい視線を無視するように勢いよくホットサンドを頬張った。
横から小さな溜息が聞こえてきたが、何も聞こえない振りをして口の中に広がる瑞々しい野菜の甘みや蕩けるチーズの旨味に集中することにした。
リビトは追求するのを諦め、手渡されたホットサンドをじっと見つめる。1つのホットサンドをマヤと分け合えることに、思わず口角が上がった。口元を隠すように目の前のホットサンドに齧り付いたのだった。
少し遅れて昼食を取ってから数時間後、ようやく最初の目的地であるヴェネートルに到着した。
入口の検問所で門番に止められて焦ったが、リビトが機転を利かして「冒険者になりたくて田舎から来た」と言ったら、あっさり町に入る許可をもらえた。
門番からは町に入ったら、まず冒険者ギルドか、すぐ先にある案内所で冒険者登録の手続きが必要だと教えてくれた。当然、冒険者になる予定はないため、案内所で滞在の手続きを済ませることにした。
町に入るとすでに日が暮れており、街灯だけが灯されて辺りは静まり返っていた。暫く歩くと、灯りの点いた建物がぽつんとあり、立てかけられた看板に気付くとそこが案内所だと分かった。
馬車から下りて案内所に入ると、カウンターといくつかのテーブルと椅子が並んでいた。カウンターには肘をついて気持ち良さそうに居眠りをするおじさんが1人。
寝ているところ起こすのは忍びないが、滞在の手続きが必要である以上起こさざるを得ない。最初に動いたのはリビトだった。
「おじさん!」
ぐっすり眠っているかと思われたおじさんは、リビトの一声で肩をビクッと震わせて目を大きく開いた。
「いらっしゃい。お前さんたちは初めて見る顔だな」
「寝てるとこ起こしてすまない」
「いやいや、この時間にここへ来る奴はほとんどいないからついつい居眠りをね。それでこんな時間にここへは何しに?」
マヤはカウンターから少し離れた場所で2人の会話を聞いていた。悪いことをする訳ではないが、リビトの正体がバレないか、という緊張で全身が強張った。
リビトはというと、自然な態度でおじさんと会話している。
そんなリビトに尊敬の眼差しを向けたくなった。
暫く後、リビトはおじさんにお礼を言い、マヤの元へ戻ってきた。カウンターにいるおじさんに目をやると、妙にニヤニヤとしている。マヤに気付くと愛想良く手を振ってくる。
手を振り返すべきか迷ってリビトを見ると、耳が赤くなっていた。仕方なく、おじさんに一礼だけして案内所を出るリビトに続いた。
案内所を出てから、リビトとおじさんの会話が気になって質問することにした。
「ねぇ、あのおじさん、ニヤニヤしてたけど何話してたの?」
「いや、別に……」
リビトからは歯切れの悪い言葉が返ってきた。マヤがリビトに詰め寄ると、リビトは慌てて答えた。
「いや、あのおっさんが勝手に俺たちが新婚だと勘違いしてるんだよ」
「しん、こん? えぇ! 私たちが夫婦? だってまだ私たち……」
マヤが言い切る前にリビトの手によって口が塞がれた。慌てて手を振り払おうとした時、リビトは自分の口に人差し指を立てた。リビトがマヤの口に当てた手をどかすと、マヤは小声で抗議した。
「ちょっと何すんのよ!」
「いいから。詳しくは後で話す」
マヤはリビトが周囲を警戒していることに気付き口を閉じることにした。辺りを見回すが、誰もいないし何の気配も感じられない。一先ずリビトの言う通りにすることにした。
案内所の裏にある馬小屋の見張りにチップを渡して馬車を預け、必要な荷物だけを下ろした。
荷物を持って歩くこと数分、人が行き交う通りが視界に入った。するとリビトがずり落ちそうだったフードを前に戻し、視野の上半分が暗くなる。
するとリビトから「男のフリをしろ、声を上げるな」と説教くさい言葉が立て続けに振ってきた。なぜ「森の外は危険だ、十分気を付けろ」とやさしい言葉をかけられないのだろうか。
マヤはフードの下から隣を歩くリビトを見上げ恨めし気に視線を飛ばし、小さな反抗をする。
大通りに出ると通り沿いには複数の建物が並んでいる。食欲を誘う匂いが立ち込めてきて、すぐにそこが中心街だと分かった。
店の外には足の長いテーブルが置かれており、それを囲うように会話を楽しみながら立ち飲みをする人たちで賑わっていた。
木製のジョッキを片手に乾杯を繰り返す者、顔を突っ伏す人を哀れな目で見ては慰めの言葉をかけている者などがいた。
大通りを奥へ進むにつれて、顔を赤くしフラフラと歩く人の姿が増えてきた。マヤは初めて見る異世界の街に興味津々であちらこちらと目を向けるのに忙しかった。
マヤは賑わう店に目を奪われていると、突然リビトの胸に力強く引き寄せられた。それは一瞬のことで、マヤの肩を抱くリビトの大きな手はすぐに離れた。
「おい、ちゃんと前を見て歩けよ。ぶつかるところだったぞ」
「――え? あぁ、ごめん。気を付ける……」
マヤはリビトの言葉で、正面から歩いてくる人とぶつかりそうになった自分を助けてくれたのだと知った。リビトの顔を見ると、至って平然としている。
「どうかしたか?」
「ううん、何でもない」
「案内所で宿を紹介してもらったから、そこへ行こう。確か、この先にあるって言ってたはず」
「うん……」
それに比べてマヤの胸の鼓動は高まったまま。なぜこんなにもドキドキするのか、もしや心臓の病気だろうか、と心配になったが、関心事はすぐに他へ移った。
「いい匂い。ねぇ、あそこの屋台から美味しそうな匂いがするよね」
「屋台?」
マヤはリビトに期待の気持ちを込めて熱い視線を送った。
「――宿の手配が先だ」
肉の焼け焦げる匂いを横目に店をマヤたちから後へと遠ざかっていった。マヤはお腹に視線を向けて手を当てた。マヤの様子を横目で観察していたリビトは笑いが混ざった溜息を小さく吐くと、前を向きながら口を開く。
「宿に荷物を置いたら、腹ごしらえでもするか――」
リビトが横にちらりと視線を向けると、マヤは目をキラキラと輝かせていたのだった。




