番外編3 リアム・アークライトの独白
『不可視の一撃』
ギデオン教官が「前回と同じペア」を告げた時、俺は、それが「陰謀」であると確信した。
またしても、アリア・ローゼンとだ。
学園長か、あるいはゼフィルスか。
どちらにせよ、俺(アークライト家)に、この女を接触させ、何かを探ろうとしている。
俺は、あいつに釘を刺した。
「芝居は、もういい。反吐が出る」
「私の指示があるまで、動くな。話すな。息もするな」
「そして、もし敵が来たら——絶対に、あの『家庭菜園』の魔術は使うな」
俺の脅しに、あいつは「イ、イエス……」と、今にも泣きそうな顔で頷いた。
(……まだ、その仮面を被り続けるか)
演習林に入り、ゴーレムと対峙する。
だが、その動きは、俺の知る「タイプC」のものではなかった。
速い。そして、硬い。
俺の《紅蓮の槍》を弾き、《火壁》を紙のように粉砕する。
(B級、いや、それ以上か!)
《二重結界》すら、二撃で破壊された。
(まずい。想定外だ)
俺は、アークライト家として、ここで不覚を取るわけにはいかない。
足止めのために《炎よ、足枷となれ》を放つ。
だが、ゴーレムは、さらに俺の想定を超えた。
《地殻振動》。
ゴーレムが、固有魔術を行使しただと!?
(しまった!)
体勢を崩され、詠唱が途切れる。
そして、最悪の事態。
土煙の中から現れたゴーレムが、俺の真上に跳躍していた。
(……死、か)
結界が、間に合わない。
アークライト家の嫡男として、こんな場所で……!
俺が、死を覚悟した、その刹那。
「グル……オ……?」
ゴーレムの動きが、空中で、不自然に、止まった。
胸の赤い光が、急速に色褪せていく。
そして、ただの岩の塊となって、俺の目の前に墜落した。
「…………」
俺は、呆然と、目の前の「死骸」を見上げていた。
(……助かった?)
(なぜだ? ゴーレムが、なぜ、急に……)
俺は、よろめきながら立ち上がり、ゴーレムの胸部に歩み寄った。
魔力核を見た。
そして、俺は、自分の全身の血が、急速に冷えていくのを感じた。
コアの中心に、小さな、完璧な「穴」が開いていた。
それは、まるで、一本の「針」で突き刺したかのような、小さな穴だった。
(なんだ……? この穴は……?)
(地震で? 墜落の衝撃で? ……違う)
(これは、外部から、何か、極細の、強大な「貫通力」を持つもので、ピンポイントに破壊された痕だ)
背筋が、ゾッ、と粟立つのを感じた。
(……まさか)
俺は、ゆっくりと、ゆっくりと、振り返った。
視線が、あの女が隠れているはずの、樫の木を、正確に捉えた。
あそこから、この魔力核まで、直線距離で約15メートル。
完璧な、狙撃位置。
「ひゃ、ひゃいっ!」
俺の視線に気づき、木の陰から、あの女が泣きそうな顔で飛び出してきた。
「あ、あの! い、今のは……! ゴーレムが、勝手に……! 地震で、壊れて……!」
その、白々しい(あるいは、本心からの?)言い訳を聞きながら、俺はあいつに歩み寄った。
俺の頭の中は、一つの疑念で支配されていた。
(アークライト家の禁書庫に、もう一冊、禁書がある)
(『風の暗殺術式・原論』)
(その最終奥義は、『風の穿孔』。不可視、無音、音速の風の針で、対象の心臓(あるいは魔力核)のみを穿つ、必殺の魔術)
(……まさか、今のは、それか?)
(だとしたら、なぜ、この女が、アークライト家の、それも最高機密の暗殺術を知っている!?)
「……君が、やったのか」
「い、いえ! やってません! 私は、何も……!」
俺は、あいつの目を、じっと見つめた。
恐怖に怯え、涙をいっぱいに溜めた、ヘーゼルの瞳。
これが、演技?
これほどの暗殺術を行使しておきながら、なぜ、こんな演技(怯え)をする?
あるいは、演技ではない?
無意識にやったとでも? 馬鹿な!
俺は、混乱の極みに達していた。
この女は、俺の理解を、アークライト家の常識を、あまりにも、遥かに、超えていた。
「……君は」
俺は、絞り出すように、言った。
「……一体、何者なんだ」
その問いは、スパイへの詰問ではなかった。
俺の目の前に現れた、理解不能な「現象」そのものに対する、心の底からの叫びだった。
アリア・ローゼン。
お前は、味方か。
それとも、俺たちが想像もできないほどの、恐るべき「敵」なのか。
俺は、魔力核を拾い上げ、あいつに背を向けた。
……今は、駄目だ。
今は、これ以上、こいつと関わってはならない。
俺の「常識」が、崩壊してしまう。




