番外編2 リアム・アークライトの独白
『解せない沈黙』(第四話・番外編)
アリア・ローゼン。
この学園に入学して以来、俺の思考を最も占拠している、不可解な存在。
入学式での使い魔の乱闘。
属性測定での、意図的としか思えない「魔力G」という偽装。
実技訓練での、魔力暴発に見せかけた、完璧すぎる「砂嵐」。
そして昨日、あの女が手にしていた『古代ルーン文字入門』。
その表紙に刻まれていた、忌まわしき「芽吹き」のルーン。
アークライト公爵家の禁書庫に眠る『古代結界術式・原論』。
その表紙に刻まれ、「無限再生」と「生命力吸収」という禁忌の概念を示す、あのルーンと寸分違わぬものが、なぜ、一年生の教科書に?
偶然か?
いや。偶然にしては、あまりにも出来すぎている。
あの変人ゼフィルス教官は、間違いなく「何か」を知っている。そして、そのゼミに、よりにもよってアリア・ローゼンが入った。
これは、仕組まれたものだ。
だから、俺は先回りした。
あの女が「古代ルーン文字学」と同じ「第二書庫」にある図書委員に志願したと聞いた時、俺の疑念は確信に変わった。
あの女は、ゼフィルスの指示で、この書庫の「何か」を探しに来る。
俺は老司書のジョゼフに掛け合い、作業場所を閲覧室から地下の「古文書修復室」に変更させ、自らもそこに入った。 獲物を罠に誘い込み、監視する。 A組首席としてではなく、アークライト家の次期当主として、学園(そして王国)の秩序を脅かす可能性のある「危険因子」を、排除・管理するために。
そして、あいつは来た。
俺の姿を見るなり、怯えきった小動物のような目を向ける。
(……その演技は、いつまで続く?)
ジョゼフ翁の指示は、俺にとって好都合だった。
「風魔術による、埃の除去」
これ以上ない、最適な「尋問」だ。
実技訓練のように「戦闘」ではないため、あの女は「魔力Gだから出来ない」という言い訳が使いにくい。
かといって、この作業を完璧にこなすには、「魔力G」どころか、並のA組生徒でも不可能な、神業レベルの精密制御が要求される。
さあ、どうする。ローゼン。
お前の「素顔」を、ここで見せてもらう。
俺は、値踏みするように、冷徹に、あいつの挙動を監視した。
あいつは、泣きそうな顔で杖を構えた。
(……まだ、演技を続けるか)
だが、次の瞬間。
俺は、自分の目を疑った。
あいつが放った魔力は、総量としては、確かに「G」評価相当の、微弱なものだった。
だが、その「質」が、異常だった。
魔力が、目に見えないほどの無数の「風の糸」に分割され、まるで生き物のように、古文書の表面を撫でていく。
紙に触れない。インクに触れない。
ただ、埃とカビの胞子「だけ」を、一粒残らず選別し、絡め取っていく。
馬鹿な。
こんな芸当、父上(宰相閣下)でも不可能だ。
これは、魔術というより、もはや「異能」だ。
あいつは、汗を滲ませながら、顔を上げた。
「お、終わりました」
完璧な、作業だった。
俺は、戦慄した。
(なんだ、これは)
(なんだ、この女は)
「魔力G」という偽装。
「神業の精密制御」。
「禁忌のルーン」への接近。
これほどの力を持っていながら、なぜ、実技訓練ではあの(わざとらしい)「砂嵐」を起こした?
なぜ、今、俺の前で、この力を隠そうともせず(いや、隠しているつもりなのか?)平然と使って見せた?
(……分からない)
(この女が、分からない)
俺が問い詰めようと口を開きかけた時、あいつは、俺の視線に耐えきれなくなったかのように、ビクッと震えた。
(……怯えている? 本気で?)
(これほどの力を持つ者が、俺の視線を? なぜだ?)
「ご、ごめんなさい! で、出しゃばった真似を……!」
……謝罪?
なぜ、謝る。
ボロが出た、という焦りか? それとも……。
俺は、混乱の極みにあった。
この女は、俺の想定する「スパイ」や「工作員」の枠組みを、遥かに逸脱していた。
冷徹な工作員か、無知な被害者か。
あるいは、その両方を完璧に演じ分ける、恐るべき「魔女」か。
俺は、あいつの言葉を無視し、『保存結界』を施した。
「……次を」
今は、これ以上、ボロを出させるわけにはいかない。俺の内心の混乱を、こいつに悟られてはならない。
作業が終わり、あいつが逃げるように部屋を出ようとした時、俺は声をかけた。
あのルーンについて、カマをかける必要があった。
「ゼフィルス教官は、君に、あの表紙のルーンについて、何か言っていたか」
あいつの答えは、俺の混乱を、さらに加速させた。
「『芽吹き』とか、『成長』とか……。あ! あと、『風使いの楽しい家庭菜園』の、『花粉を運ぶ』のに、考え方が似てるって……!」
……『家庭菜園』、だと?
禁書『原論』が記す、「無限再生」と「生命力吸収」の、あの恐るべき概念魔術の基礎を。
あの変人教官は、「家庭菜園」と「花粉」だと、この女に教えているというのか。
(……やはり、まともではない)
俺は、確信した。
このアリア・ローゼンという生徒は、無知なまま、とんでもなく危険な魔術の領域に、ゼフィルスという男によって足を踏み入れさせられている。
(そして、本人は、その『異常な制御力』を、自覚していないフリをしている……?)
俺は、警告を発した。
「そのゼミは、危険だ」
「君が何を考えているかは知らない。だが、ゼフィルス教官の『研究』は、学生が足を踏み入れていい領域ではない」
あいつは、心の底から驚いたような、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で「ええええええ!?」と叫んだ。
(……その顔も、演技か、ローゼン)
俺は、あいつの全てが信じられなくなっていた。
俺は、あいつに背を向け、地下室を出た。
アリア・ローゼン。
やはり、この女は、俺が直接「監視」下に置く必要がある




