3 安息の地(サンクチュアリ)を求めて
実技訓練場での砂嵐騒動。
あの一件が、アリア・ローゼンの学園内での立場を、決定的なものにしてしまった。
「——ローゼン! 貴様ぁっ!!」
砂埃の向こうから聞こえたギデオン教官の怒声は、アリアの耳にこびりついて離れなかった。
訓練は、あの場で即刻中止。
アリアは、熊のような巨体のギデオン教官に訓練場の隅まで引きずられ、A組の全員が注目する中、情け容赦ない叱責を浴びせられた。
「魔力G(微弱)の貴様が、制御もできん魔術を暴発させるとは! 危険極まりない! 邪魔どころか害悪だ! 足手まとい以下だ!」
アリアは、降り注ぐ罵声の嵐の中、ただ「ごめんなさい、ごめんなさい」と、蚊の鳴くような声で繰り返すことしかできなかった。
顔を上げることができなかった。
リゼット・オルレアンの「信じられない。A組の恥だわ」という嘲笑う声が聞こえた。カイン・ベルフォードの「おいおい、大丈夫かよ……」という同情とも呆れともつかない声が聞こえた。
そして、何よりも恐ろしかったのは——リアム・アークライトの「沈黙」だった。
彼は、砂埃を浴びた制服を無言で払いながら、ただじっと、冷たい空色の瞳でアリアを見つめていた。
その目には、怒りも、嘲笑もなかった。
そこにあったのは、冷徹なまでの「分析」と「疑念」。
(なぜ、魔力Gのお前が、あのタイミングで、あれほどの風量を? なぜ、術式をわざわざ解除した?)
彼の瞳は、そう問いかけていた。
アリアは、その射抜くような視線に、心臓が凍りつくのを感じた。
訓練が終わり、教室棟に戻る道すがらも、アリアは地獄のようだった。 A組の生徒たちは、アリアを疫病神のように避け、遠巻きにしてヒソヒソと噂話をしている。 「あれが特待生とか、学園の選考基準どうなってるんだ?」 「リアム様に砂をかけるなんて、万死に値するわ」 「猫だけはすごかったのにな」
痛い。痛い。痛い。
視線が、声が、無数の針となって全身に突き刺さる。
アリアは、フードを深く、深く被り、自分のつま先だけを見つめて歩いた。
寮の自室に転がり込み、鍵をかけた瞬間、アリアはその場に崩れ落ちた。 「……う、うわあああああん……」 声を殺した嗚咽が、喉から漏れ出た。 涙が、次から次へと溢れて止まらない。
「もうやだ! なんで! なんで私ばっかりこんな目に……!」
「騒々しいぞ、アリア。わしの昼寝の邪魔だ」
鞄から這い出したクロノが、ベッドの上で尊大にあくびをした。
「クロノのせいだよ! クロノが私をこんなところに連れてくるから!」
「フン。あれしきの砂埃で何を慌てておる。わしなど、昔は天候を操り……」
「そういう問題じゃない!」
アリアは枕に顔を埋めた。
もうだめだ。
もう、あの教室には行けない。
「魔力G(微弱)」、そして「実技訓練を妨害した問題児」。
私の居場所は、どこにもない。
(帰りたい……。村に帰りたい……。お父さん……)
翌朝。
アリアは、一睡もできなかったせいで血走った目で、重い足取りを引きずっていた。
(行きたくない。行きたくない。怖い。怖い)
しかし、クロノに「このままではお前の魔力が(ストレスで)暴発して寮が吹き飛ぶぞ」といつもの脅し文句で叩き出され、アリアは渋々、教室棟へと向かっていた。
寮の食堂での視線は、昨日よりもさらに冷たく、突き刺さるようだった。
メアリ・スミスだけが、「アリアちゃん、こっち!」と変わらない笑顔で手招きしてくれたのが、唯一の救いだった。
「……おはよう、メアリちゃん」
「おはよう。……昨日の訓練、大変だったね。ギデオン教官、ちょっと厳しすぎるよ」
「う、うん……」
メアリの優しさが、アリアのささくれだった心に染みた。
だが、A組の教室のドアは、昨日よりもさらに重く感じられた。
(行きたくない。怖い。怖い)
ドアの前で立ち尽くしていると、後ろから「邪魔だ」という冷たい声がした。
「ひゃっ!?」
アリアが飛び上がるように振り返ると、そこにはリアム・アークライトが、無表情で立っていた。
「あ、あ、ご、ごめんなさ……!」
「……」
リアムは、何も言わなかった。
ただ、その空色の瞳で、アリアの顔をじっと見つめた。
昨日、砂嵐の中で向けられた、あの「疑念」の目だ。
(な、なに……!?)
嘲笑されるよりも、怒鳴られるよりも、その静かな視線が、アリアには何倍も恐ろしかった。
彼は、昨日の「事故」が、ただの事故ではなかったことに気づいている。
(魔力Gの生徒が、なぜ、あのタイミングで、あれほどの風量を? なぜ、術式をわざわざ解除した?)
彼の瞳は、そう問いかけていた。
アリアは、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
リアムは、数秒間アリアを観察した後、興味を失ったかのようにふいと視線を外し、アリアの横をすり抜けて教室に入っていった。
取り残されたアリアは、その場でしばらく呼吸を整えなければならなかった。
教室に入ると、案の定、空気が一変した。
カイン・ベルフォードが「お、ローゼン! 生きてたか! 昨日の砂嵐、目が痛かったぜ!」と快活に笑いかけたが、アリアには「ごめんなさい」と力なく返すことしかできなかった。
リゼットは、リアムに冷たくあしらわれた(ように彼女には見えた)ことで、ますますアリアへの敵意を募らせ、忌々しげに舌打ちをしている。
アリアは、自分の席——教室の隅の避難所——にたどり着くと、机に突っ伏した。
もう限界だった。
(帰りたい。帰りたい。帰りたい。村に帰りたい)
その日の午前中は、座学だった。
魔法史担当の温和な老婦人、マチルダ教官の授業は、アリアにとって唯一息がつける時間だった。(クロノに叩き込まれていたため、内容はすべて知っていたが)
だが、その平穏も長くは続かなかった。
午後のホームルーム。
担任のイライザ教官が、ふんわりとした笑顔で教壇に立った。
「はーい、みなさん、席に着いてくださいね。今日は、皆さんの学園生活を左右する、とっても大事なお知らせがあります」
教官が黒板に、大きな文字を書き出した。
【1年生 選択基礎ゼミナール 登録について】
「皆さんには、ギデオン先生の実技訓練のような『必修科目』とは別に、ご自身の興味や適性に合わせて、週に一度の『選択ゼミ』を一つ、履修してもらいます」
教室が、ざわめいた。 「やっぱ高等結界術だよな」「私は魔法薬学かな」 アリアは、その言葉に、かろうじて顔を上げた。 (選択……ゼミ?)
イライザ教官が、パンフレットを配り始める。
「これは、皆さんの将来の専門分野への『入門』となる、大事なゼミです。A組の皆さんには、主にこちらのクラスが推奨されていますよ」
黒板に、いくつかのゼミ名が書き出されていく。
『高等結界術 基礎』
(担当:ギデオン・ブレイブ)
(推奨:リアム・アークライト他、防御系魔術師希望者)
『元素戦闘戦略 基礎』
(担当:ギデオン・ブレイブ)
(推奨:カイン・ベルフォード、リゼット・オルレアン他、戦闘系魔術師希望者)
『高等魔法薬学 基礎』
(担当:アルベール・デュポン)
(推奨:魔道具師、宮廷薬師希望者)
『精霊学概論』
(担当:マチルダ・カウフマン)
(推奨:魔力制御、補助系魔術師希望者)
アリアは、そのリストを血の気のない顔で見つめた。
(どれも、嫌だ……)
絶望。昨日までの絶望が、可愛く思えるほどの、選択肢のない絶望。
『戦闘』? 論外だ。目立ちすぎる。
『結界術』? あのリアム・アークライトがいる。しかも担当はあの鬼教官ギデオンだ。絶対に無理。
『魔法薬学』? 村でやっていたことには近い。だが、「高等」とついている。きっと、貴族だらけのエリートたちが、高度な魔術理論を戦わせるに違いない。魔力Gの自分が行けば、昨日の二の舞だ。
『精霊学』? 響きは綺麗だが、隣でメアリが「これ、人気みたいだよ。私もこれにしようかな」と囁いた。
(人気……!)
その単語を聞いただけで、アリアは拒絶反応を起こした。人気があるということは、人が多いということだ。それもダメだ。
(どうしよう……。どこにも、私の居場所がない……)
アリアは、パンフレットの隅の隅に、小さな文字で書かれた「その他の選択ゼミ」のリストを見た。
そこには、A組の生徒が選ぶことなど想定されていないような、地味で、不人気なゼミ名が並んでいた。
『魔法建築力学 入門』
『魔獣生態学(飼育補助)』
『王政魔法史(古代文献)』
『古代ルーン文字学』
(……これだ)
アリアの目が、その一行に釘付けになった。
『古代ルーン文字学』。
名前からして、地味だ。退屈そうだ。何より、戦闘とはかけ離れている。
これなら、きっと、誰も選ばない。
「あの!」
アリアは、自分が思っていたよりも大きな声が出たことに驚きながら、おそるおそる手を挙げた。
教室中の視線が、また集まる。
「は、はい、ローゼンさん。どうしました?」
「あ、あの……! 『古代ルーン文字学』を、選びたい、です……」
「……え?」
イライザ教官は、きょとんとした顔をした。
「古代ルーン文字学、ですか? ああ、ええと……もちろん、選択は自由ですけれど……あれは、その、非常に地味な、研究職志望の、その……」
その反応で、アリアは確信した。
(間違いない。これだ!)
リゼットが「ぷっ。ルーンですって。魔力Gのあなたに、古代の文字が読めるとでも? お似合いの地味さですわね」と嘲笑したのが聞こえたが、今のリアリアには、それすらも「褒め言葉」に聞こえた。
地味、最高。
「ローゼンさん、本当にそれでいいの?」メアリが心配そうに聞いてくる。
「うん。私、昔から、古い文字とか……好き、だから」
もちろん、真っ赤な嘘だった。
その日の午後。
選択ゼミの、第一回目のお試し授業が始まった。
アリアは、意気揚々と(彼女にしては、だが)教室棟の、さらに奥にある、薄暗い「第二図書館(古文書館)」へと向かっていた。
「古代ルーン文字学」の教室は、その一番奥の、埃っぽい一室だった。
(完璧……!)
アリアは、そのカビと古い紙の匂いに、心の底から安堵した。
こんな場所に来たがる生徒など、いるはずがない。
きっと、私一人だ。
そしたら、先生に「生徒が一人なので、今年度は休講です」と言われ、アリアは「自習」という名の「引きこもり」を許可されるかもしれない。
アリアは、そんな淡い期待を胸に、教室のドアをそっと開けた。
「…………おや」
教室の中には、すでに一人の先客がいた。
それは、教師らしき男だった。
年の頃は三十代だろうか。くしゃくしゃの癖毛は寝起きのままで、ローブはあちこちが擦り切れ、鼻の頭には丸い眼鏡がずり落ちかけていた。
彼は、山積みの古文書に埋もれるようにして座り込み、なんと、片手に持ったサンドイッチを頬張りながら、もう片方の手で分厚い本を熱心に読みふけっていた。
アリアの存在に気づくと、男は心底驚いたように目を丸くした。
「おや。生徒がいたのか。珍しい。今日は休講だと伝令が行かなかったかね?」
「えっ」
アリアの期待が、一瞬で最高潮に達する。
「きゅ、休講、ですか!?」
「うん。まあ、ここ数年、履修希望者がゼロだったからね。今年もそうだと思って、さっき学務課に休講届を出してきたところだ。……おや? 君、もしかして、履修希望者かね?」
「は、はい! 希望します! アリア・ローゼンです!」
アリアは、入学以来、初めてと言っていいほど大きな声で、前のめりに答えた。
(お願い! 私のために開講して!)
男——古代ルーン文字学担当、ゼフィルス・ロイド教官は、サンドイッチを咀嚼しながら、うーん、と唸った。 「一人か……。一人ねえ……。正直、面倒くさい……いや、一人のために教室を開けるのは、効率がねえ」 「そ、そんな……!」
アリアが絶望しかけた、その時。
ガラッ、と教室のドアが開き、さらに二人の生徒が入ってきた。
一人は、A組のクラスメイト、ノア・パーカー。無口で、いつも一人で本を読んでいる、影の薄い男子生徒だった。
もう一人は、エミリー・ハワード。同じくA組の、おとなしい読書家の少女だ。
二人とも、アリアと同じように、A組の派手な空気に馴染めずにいた生徒たちだった。
三人は、互いの顔を見合わせ、気まずそうに会釈した。
ゼフィルス教官は、サンドイッチを飲み込むと、パチパチと目を瞬かせた。
「……三人? ……A組から、三人も? あのギデオンのシゴキから逃げてきたクチかね?」
図星を突かれ、アリアたちはビクッと肩を震わせる。
ゼフィルス教官は、面倒くさそうに頭を掻きながら立ち上がった。
「まあ、いい。三人いるなら、規定上、開講しないわけにもいかないか。……あー、僕はゼフィルス・ロイド。よろしく。授業といっても、僕もこの文字は読めないから、教えることは特にない」
「「「えっ」」」
三人の声が、綺麗にハモった。
「嘘だろ……」ノアが、初めて声を発した。
「じゃあ、何を……?」エミリーがおずおずと尋ねる。
ゼフィルス教官は、教室の隅に積まれた、埃だらけの石版を指差した。
「これ。古代の落書き。なんか面白い模様があったら、スケッチでもして、適当にレポートにまとめてくれたまえ。僕は、ちょっと大事な研究の続きがあるから」
「研究……?」
「うむ。これだ」
ゼフィルス教官が、机の上の本を、誇らしげに叩いた。
その表紙を見た瞬間、アリアの心臓が、今度は別の意味で跳ね上がった。
『風使いの楽しい家庭菜園』
$$風使いの楽しい家庭菜園というタイトルの、ほのぼのとしたイラストが描かれた園芸書$$
「……あ」
アリアは、思わず声を漏らした。
ゼフィルス教官は、アリアの反応に、眼鏡の奥の目をキラリと光らせた。
「おや? 君、もしかして……」
「あ、あの! その本、私も……! 故郷で、読みました!」
「なにぃ!?」
ゼフィルス教官は、アリアの肩を掴み、興奮した様子で詰め寄った。
「君も、ミランダ・ポポロの同志かね!? 素晴らしい! なんて素晴らしいんだ! あの本の第4章、『花粉さんを運んであげよう』の『ぽすん』と置く感覚! あれがどれほど奥深く、風魔術の真髄を突いているか! 君、分かるかね!?」
「わ、わかります! あの、『ぽすん』の加減がすごく難しくて、いつも勢い余って雌しべを通り過ぎちゃったり……」
「そう! そうなんだよ! 分かってくれるか! あれは風の魔力を分子レベルで制御しろと言っているに等しい! この学園の誰に聞いても『ただの園芸書だ』と馬鹿にするが、君は違う! 君は本物だ!」
アリアとゼフィルス教官は、その場で、一般生徒には到底理解できない、高度な(しかし内容は家庭菜園の)魔術論議で盛り上がり始めた。
ノアとエミリーは、その光景を「なんだこいつら」という目で見ている。
アリアは、夢中だった。
自分が、人前で、こんなに饒舌に話している。
しかも、相手は「変人」だが、自分と同じものを「好き」な、教官だ。
怖い、と思っていた学園で、初めて見つけた「仲間」だった。
十分ほど興奮して語り合った後、ゼフィルス教官は「ふぅ」と満足げに息をついた。
「……よし。君、気に入った。合格だ。このゼミは、君たちの安息の地としよう。僕は研究の続きをする。君たちは、あの石版でも眺めて、静かに自習していてくれたまえ」
それは、アリアが求めていた、最高の申し出だった。
アリアは、ノアとエミリーと共に、埃っぽい石版の前に座った。
そこには、ミミズが這ったような、不思議な模様が刻まれていた。
アリアは、その文字を、指でそっと撫でてみた。
それは、ただの落書きのはずだった。
だが、指先に、微かな魔力の温かみが伝わってくる。
(……?)
それは、故郷の森で、古い大樹に触れた時の感覚に似ていた。
懐かしい。
不思議と、心が安らぐ。
アリアは、その文字が「読める」とは気づかなかった。
ただ、その文字の形が、意味もわからないのに、ひどく「しっくりくる」と感じていた。
(「育む」……「芽吹き」……「守る」……)
頭の中に、単語が断片的に浮かんでくる。
(……なんだろう、ここ。すごく、落ち着く)
外の教室からは、ギデオン教官の怒声や、『元素戦闘戦略』の派手な爆発音が微かに聞こえてくる。
だが、この第二図書館の埃っぽい一室は、まるで分厚い結界で守られているかのように、静かで、平和だった。
鞄の中では、クロノが「フン。退屈極まりないゼミだ。……だが、昼寝には最適かもしれん」と呟き、丸くなる気配がした。
アリアは、学園に来て初めて、心の底から「息が吸える」場所を見つけ、小さく、小さく微笑んだ。
平穏な時間は、あっという間に過ぎ去った。
ゼミ終了のチャイムが鳴り、アリアは名残惜しそうに立ち上がる。
「では、また次回。同志アリア君」
「は、はい! よろしくお願いします、先生!」
アリアは、教科書として渡された『古代ルーン文字入門』を胸に抱き、晴れやかな気分で教室を出た。
——その直後。
角を曲がったところで、アリアは、戦闘訓練を終えたらしい集団と鉢合わせになった。
「うわっ!」
「おっと」
ぶつかりそうになったのは、カイン・ベルフォードだった。彼の後ろには、リゼットと、そしてリアム・アークライトがいた。
彼らは皆、激しい訓練の後らしく、土と汗にまみれていた。
「お、ローゼン! まだいたのか! 生きてたか! お前の授業、もう終わったのか?」
カインが屈託なく笑う。
リゼットが、アリアの持っている教科書を見て、また鼻を鳴らした。
「フン。そんな埃っぽい本を読んで、楽しいのかしら。こっちはリアム様と、高等結界術の高度な連携戦闘の訓練でしたのよ。あなたには一生縁のない世界ですわね」
アリアの心は、先ほどまでの平穏が嘘のように、再び冷たい水に浸された。
(……そうだ。ここが、私の居場所じゃない)
安息の地を見つけたと思ったのに、一歩外に出れば、そこはやはり「戦場」だった。
アリアは、また俯き、小さく「ごめんなさい」と呟いて、彼らの横をすり抜けようとした。
その時。
「……」
リアムが、何も言わずに、アリアの持っている教科書に視線を落とした。
その空色の瞳が、本の表紙に刻まれた、一つの「ルーン文字」で、ピタリと止まった。
$$古代のルーン文字「芽吹き」のシンボル$$
それは、アリアが先ほど石版で見て「懐かしい」と感じた、「芽吹き」を意味する文字だった。
リアムは、その文字を、まるで信じられないものでも見るかのように見つめ、そして、ゆっくりとアリアの顔に視線を移した。
その目には、昨日と同じ「疑念」が、しかし昨日よりも遥かに深く、暗い色を帯びて浮かんでいた。
(なぜ、魔力G(微弱)のお前が、その本を?)
(そのルーンは……なぜ、アークライト公爵家の禁書庫に眠る『古代結界術式・原論』の基礎ルーンが、1年生の教科書の表紙に描かれているんだ……?)
リアムの無言の問いに、アリアは気づかない。
彼女はただ、その射抜くような視線の恐ろしさに耐えきれず、本を胸に抱きしめ、脱兎のごとくその場から逃げ出した。




