番外編5 メアリ・スミスの観察日記 ~アリアちゃんは、たぶん普通じゃない~
私、メアリ・スミスは、王都の下町にあるパン屋の娘です。
小さい頃から、お父さんが焼くパンの匂いと、お母さんが淹れるハーブティーの香りに包まれて育ちました。
だからかな。鼻と、勘だけは、人一倍良い自信があるんです。
そんな私が、王立マグノリア魔法学園に入学して、アリア・ローゼンちゃんと出会ったのは、運命だったと思います。
初めて会ったのは、入学式の翌日。食堂でした。
アリアちゃんは、あんなにすごい使い魔を連れているのに、なぜか小さくなって震えていました。
まるで、雨に濡れた子犬みたいに。
でも、私が彼女に声をかけた本当の理由は、同情だけじゃありません。
匂い、がしたんです。
彼女からは、故郷のパン屋と同じ……いいえ、もっと澄んだ、陽だまりみたいな「いい匂い」がしたから。
◇
アリアちゃんは、自分で「地味」だとか「落ちこぼれ」だとか言っています。
クラスのみんなも(特にリゼット様なんかは)、最初はそう思っていたみたい。
でも、私は知っています。
アリアちゃんは、たぶん、普通じゃありません。
たとえば、私たちの秘密基地、「旧校舎裏の温室」。
あそこでアリアちゃんが土を触ると、植物たちが嬉しそうに歌うんです。
比喩じゃなくて、本当に。
しおれかけていたミントが、アリアちゃんが水をあげた瞬間にシャキーン! と背筋を伸ばすのを、私は見ました。
一晩でジャングルのように増殖したローズマリーを見た時は、さすがに笑っちゃいましたけど。
「あはは……。土の栄養が、良すぎたのかな?」
アリアちゃんは引きつった笑顔で誤魔化していましたが、私は知っています。
あれは、アリアちゃん自身の「栄養」がすごすぎるんです。
彼女の周りの空気は、吸い込むだけで元気になれる、特製の空気清浄機みたいなんです。
◇
そして、あの怒涛の学園祭。
A組の「魔法カフェ・マグノリア」が大成功したのは、リアム様の執事姿のおかげだけじゃありません。
準備期間中、こんなことがありました。
連日の準備で、みんなヘトヘトになっていた夕方。
カイン君が「腹減ったー、死ぬー」って、机に突っ伏していたんです。
リゼット様も、扇子を仰ぐ手すら重そうにしていました。
そこへ、アリアちゃんがキッチンから出てきて、試作品のクッキーを差し入れしてくれました。
「あの、よかったら……。ローズマリーと、オレンジのクッキーです」
カイン君がそれを一口食べた瞬間です。
「うおっ!?」
彼は目をカッ!と見開き、次の瞬間には立ち上がって、「力が……力が湧いてくるぞおおお!」と叫びながら、残っていた力仕事(机の運搬)を猛スピードで片付け始めたんです。
リゼット様も、一口食べて「あら? 肩こりが消えたわ……?」と不思議そうにしていました。
その後、彼女はお肌の調子が良すぎて、当日のメイク時間が半分で済んだそうです。
私はキッチンで、アリアちゃんがクッキー生地を練っているところを見ていました。
彼女は、「美味しくなぁれ、元気になぁれ」って、小さく歌いながら作っていたんです。
その手元から、キラキラした金色の粉が、生地に溶け込んでいくのを、私は確かに見ました。
あれは、きっと「魔法のスパイス」なんだと思います。
アリアちゃんだけの、秘密の調味料。
◇
学園祭当日。
あの恐ろしい「泥の巨人」が現れた時。
私は怖くて、動けませんでした。
でも、アリアちゃんは違いました。
彼女は、窓から飛び降りていきました。
迷わずに。
リアム様や、シルフィちゃんを助けるために。
みんなは「リアム様の結界が耐えきった」とか、「薬草でシルフィちゃんが治った」とか言っています。
でも、私は窓から見ていました。
アリアちゃんが手をかざした時、校舎を守るように広がった、透明な「何か」を。
そして、シルフィちゃんを抱きしめた時、彼女の手から溢れた、温かい光を。
あれは、水魔法の《小癒》とも違う。
もっと神聖で、もっと優しい光でした。
後でアリアちゃんに聞いたら、「ミントだよ!」って必死に言い張ってましたけど。
ふふ。アリアちゃんは、嘘が下手っぴです。
ミントであんなにピカピカ光るなら、私は毎日光るミントティーを飲んでいることになります。
でも、私は何も言いません。
アリアちゃんが隠したいなら、隠せばいいんです。
それが、彼女が平穏に暮らすために必要なことなら、私は全力で「ミント説」を支持します。
「そうだよカイン君! あれは、アリアちゃんの村のすごいミントなんだよ!」
「へえー! すげえな田舎!」
単純なカイン君を騙すのは簡単です。
リゼット様は少し疑っているみたいですけど、アリアちゃんのクッキーの味を知ってしまった今、彼女もアリアちゃんを悪く言うことはないでしょう。
◇
学園祭が終わってから、少しだけ変わったことがあります。
リアム様です。
あの完璧で、人を寄せ付けない氷の貴公子リアム様が。
最近、図書委員の仕事の時以外でも、アリアちゃんのことを目で追っているんです。
監視……というよりは、なんだか、心配そうな、でも信頼しているような、複雑な目線です。
そしてアリアちゃんも、リアム様の前でだけは、少しだけ肩の力を抜いている気がします。
二人の間には、私にも入れない「秘密の絆」みたいなものができたみたいです。
ちょっとだけ、寂しい気もします。
でも、アリアちゃんを守ってくれる人が増えたなら、それは素敵なことです。
私はこれからも、一番近くでアリアちゃんを見守っていようと思います。
彼女がいつか、そのすごい力を隠さなくてもいい日が来るまで。
あるいは、彼女の作る「暴走ハーブ」で、学園中がジャングルになってしまう、その日まで。
(メアリ・スミスの日記より抜粋)




