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風読みの魔女は静かに過ごしたい  作者: おおりく
5章 波乱の学園祭

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11 暴走と零れた「光」の片鱗

「魔法カフェ・マグノリア」の盛況ぶりは、午後になっても衰えることを知らなかった。


むしろ、客足は加速していた。

その理由は、厨房のアリア・ローゼンとメアリ・スミスが調合した、あの「特製ハーブティー」にあった。


「ねえ、聞いた? A組のカフェの紅茶、飲むだけで肌がツヤツヤになるらしいわよ」

「俺は昨日までの筋肉痛が一発で治ったぞ」

「あそこのスコーン、食べると魔力が回復するって噂だ」


秘密の温室で、アリアの規格外の魔力(光の祝福)を浴びて育ったハーブたち。

それらは、ただ美味しいだけではない。極めて純度の高い「回復効果」と「浄化作用」を持つ、一種の魔法薬ポーションと化していたのだ。

それを、アリアがさらに《風》の魔術で成分を最適化して抽出しているのだから、効果が出ないはずがない。


「追加のミントティー、お願いします!」

「はい、ただいま!」


アリアは、戦場のような厨房で、しかし充実した汗を流していた。

(すごい……。みんなが、美味しいって言ってくれる)

自分の力が、誰かを傷つけるためでも、何かを破壊するためでもなく、ただ「笑顔」を作るために役立っている。

それは、アリアがずっと夢見ていた、魔法の正しい使い方だった。


「ローゼン。氷が足りない。補充を頼めるか」

ホールから戻ってきたリアム・アークライトが、お盆を置きながら声をかけた。

その額にはうっすらと汗が滲んでいるが、執事としての所作は依然として完璧だ。


「あ、はい! すぐに!」

アリアは業務用の巨大な冷凍庫へ向かおうとした。

その時。


「……ん?」

リアムが、ふと眉を顰めて、窓の外——校庭の方角を見た。

「アークライトさん? どうしました?」

「……いや。今、妙な魔力波長を感じた気がしたのだが」


リアムは、アークライト家特有の「結界術」の才により、空間の歪みや魔力の揺らぎに対して人一倍敏感だ。

彼が窓の外を睨みつけた、次の瞬間だった。


——ドオオオオオオオオン!!


腹の底に響くような、重低音の爆発音が轟いた。

直後、校舎全体がグラリと揺れる。


「きゃあああっ!?」

厨房で皿を洗っていた女子生徒たちが悲鳴を上げ、積み上げられた皿がガシャンと崩れ落ちた。

客席からも、どよめきと悲鳴が聞こえてくる。


「な、なに!? 地震!?」

カインが厨房に飛び込んできた。

「違う!」

リアムが叫んだ。

「魔力爆発だ! 場所は……校庭の南側、1年B組のエリアか!」


1年B組。

彼らの出し物は、確か「体験型・召喚獣ふれあい広場」だったはずだ。

安全な下級精霊や、小型の魔獣を召喚し、客に見せるというショーだ。

本来ならば、教師の監視下で厳重に行われるはずの、安全なイベントのはずだった。


「……嫌な予感がする」

リアムの顔色がさっと変わった。

「カイン、リゼット! 客を誘導しろ! 教室の奥、壁際へ避難させるんだ!」

「お、おう! 分かった!」

「ローゼン! 君たちは火を消せ! ガスも止めるんだ! 二次災害を防ぐ!」

「は、はいっ!」


アリアは震える手でコンロの火を消し、元栓を閉めた。

(何が起きたの? ただの事故?)

だが、アリアの本能——クロノスによって鍛えられた「魔力感知」の感覚——が、警鐘を鳴らしていた。

(……違う。この空気の淀み。これは、ただの魔力の暴走じゃない)

(もっと、ドロドロとした……悪意のある、『何か』)


アリアが窓に駆け寄り、外を見た時。

彼女の懸念は、最悪の形で現実のものとなった。


校庭の南側から、黒煙がもうもうと立ち上っている。

そして、その煙の中から、異様な「巨体」が姿を現した。


それは、炎と泥が混じり合ったような、赤黒い巨人——ゴーレムだった。

だが、ギデオン教官が使うような整然とした岩のゴーレムではない。

全身が溶岩のようにドロドロと崩れ落ちては再生し、その表面には、見るもおぞましい無数の「目玉」や「口」のような紋様が浮かび上がっている。


「グオオオオオオ……!!」


その咆哮は、獣の声ではなく、何百人もの人間が苦悶するような、不協和音の悲鳴だった。


「な、なんだあれ……!?」

窓から覗いたカインが絶句した。

「B組の召喚獣!? あんなの、授業で習ってないぞ!」


「……『泥濘の炎魔マッド・イフリート』の亜種か? いや、構成術式が乱れすぎている」

リアムが、冷静さを保とうと努めながら分析する。

「あれは召喚獣じゃない。……召喚に失敗し、術者の魔力と、周囲の負の感情を取り込んで実体化した、『呪われた魔力塊』だ!」


(呪い……!)

アリアの心臓が跳ねた。

学園長の話が脳裏をよぎる。

『ヘレナ教官の残党』。『呪いの研究』。

先日の「森の主」に続き、またしても学園内で、得体の知れない「呪い」が顕現したのだ。


「こっちに来るぞ!」

リゼットが叫んだ。

暴走する泥の巨人は、手当たり次第に屋台を薙ぎ払い、悲鳴を上げて逃げ惑う人々を追いかけるようにして、校舎——つまり、このA組のカフェがある方向へと進撃を開始していた。


「まずい……! このままでは校舎に直撃する!」

リアムが窓枠に手をかけた。

「カイン! リゼット! 行くぞ! ここで食い止める!」

「おお! やってやるぜ!」

「仕方ないわね……! わたくしの風で微塵切りにしてやるわ!」


A組の主力メンバーたちが、窓から飛び出していく。

「リアム様!」

「カイン君!」

厨房に残された女子生徒たちが、不安そうに祈る。


アリアもまた、窓枠に張り付き、その光景を見つめていた。

(……だめ)

(あの子たちじゃ、無理だ)

アリアには分かっていた。

あの巨人は、ただの物理的な怪物ではない。その全身を覆う赤黒い泥は、高濃度の「呪詛」そのものだ。

物理攻撃も、通常の属性魔法も、あの泥に触れた瞬間に「汚染」され、無効化されてしまう。

あれを倒すには、核となる呪いを断つか、あるいは……圧倒的な「浄化」の力で消し飛ばすしかない。


「……アリアちゃん」

隣で、メアリがガタガタと震えていた。

「怖い……。リアム様たち、大丈夫かな……?」

「……」

アリアは、メアリの手をギュッと握り返した。

(行かなきゃ)

(また、私がやらなきゃ)

(でも、衆人環視の中で? リアムさんの目の前で?)


葛藤するアリアの視線の先で、戦いが始まった。


「《土壁》ッ! 五重!」

カインが地面を叩き、巨大な防壁を出現させる。

だが、泥の巨人は止まらない。その触腕のような腕が壁に触れた瞬間、堅牢なはずの岩壁が、ジュワッという音と共に腐食し、泥のように崩れ去った。

「なっ!? 俺の土壁が腐った!?」


「ええい! 《風刃乱舞ウインド・ダンス》!」

リゼットが扇子を振るい、無数の真空の刃を放つ。

シュパパパッ!

風の刃は巨人の体を切り刻んだ。しかし、切り裂かれた傷口は、即座に周囲の泥を吸い寄せ、一瞬で再生してしまう。

「嘘でしょ!? 全然効かない!」


「……チッ。物理干渉が無効なら、これならどうだ!」

リアムが前に出た。

「焼き尽くせ! 《紅蓮のクリムゾンスピア》!」

彼の手から放たれた、圧縮された炎の槍。それは、アリアが見ても惚れ惚れするほどの、完璧な術式だった。

槍は巨人の胸部——魔力核があると思われる場所——に突き刺さり、大爆発を起こした。


ドオオオン!!


巨人の上半身が吹き飛ぶ。

「やったか!?」

カインが声を上げる。


だが、リアムの表情は険しいままだった。

「いや……まだだ!」


吹き飛んだはずの泥が、空中で意思を持ったように蠢き、再び集結する。

そして、以前よりもさらに禍々しい、巨大な姿へと再構築された。

巨人の「口」と思われる亀裂が裂け、耳障りな咆哮を上げた。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!!」


巨人が、腕を振り上げた。

その手の中に、圧縮された赤黒い魔力の塊——「呪いの火球」が生成される。

狙いは、目の前のリアムたちではない。

その後ろ。

多くの生徒や客が避難しきれずに残っている、A組のカフェ——校舎そのものだ。


「しまっ……! 狙いは校舎か!」

リアムが叫ぶ。

「させん! 《広域防壁ワイド・プロテクション》!」

リアムが全魔力を振り絞り、校舎を覆う巨大な結界を展開する。


だが、相手は数百人分の負の感情を吸って肥大化した化け物だ。

放たれた呪いの火球は、リアムの結界に激突し、凄まじい衝撃と「浸食」を引き起こした。


バリバリバリバリ!!

「ぐううっ……!!」

リアムが苦悶の声を上げる。

結界の表面に、黒いシミのような亀裂が走り、急速に広がっていく。

「だめだ……! 支えきれない……!」


「リアム!」

カインとリゼットが駆け寄るが、どうすることもできない。

結界が砕け散るまで、あと数秒。

その先には、窓際で震えているメアリたちがいる。


(——もう、迷ってる場合じゃない)


アリアは、厨房の窓を開け放った。

「アリアちゃん!?」

メアリの驚く声を無視して、アリアは身を乗り出した。


距離は、約30メートル。

リアムの結界は、今にも崩壊寸前だ。

巨人が、追撃の第二波を放とうとしている。


(風じゃ、止められない)

(あの泥は、物理的な風をすり抜ける)

(使うしかない。「光」を)


アリアは、右手を突き出した。

(見えないように。気づかれないように)

(でも、絶対に防げる強度で)


イメージするのは、ガラス。

透明で、目には見えないけれど、そこに確かに存在する、最強の断絶。

そして、そのガラスは、不浄なものを焼き尽くす「聖なる熱」を帯びている。


アリアの唇が、誰にも聞こえない声で、紡いだ。


「——《透明なインビジブル・シールド》」


それは、アリアが咄嗟に名付けたデタラメな術名だった。

だが、発動した現象は、神域の御業だった。


リアムの《広域防壁》の内側。

さらに校舎に密着する形で、もう一枚の、極薄の「壁」が出現した。

それは、通常の魔力視では感知できない、完全な透明。

しかし、その正体は、超高密度に圧縮された「光の魔力」の結晶体だ。


パリーン!!

ついに、リアムの結界が砕け散った。

「終わりだ……!」

リアムが絶望に目を見開く。

赤黒い呪いの火球が、校舎に——アリアとメアリがいる窓に、直撃する。


——ジュッ。


そんな、間の抜けた音がした。


爆発は、起きなかった。

衝撃も、熱波も、校舎を襲うことはなかった。

呪いの火球は、校舎の壁の数センチ手前——アリアが展開した「見えない壁」に触れた瞬間、まるで熱したフライパンに落ちた水滴のように、一瞬で蒸発し、消滅したのだ。


「……は?」

リアムが、呆然と声を漏らした。

カインも、リゼットも、そして巨人でさえも、何が起きたのか理解できずに動きを止めた。


(……ふぅ。間に合った)

アリアは、窓辺で小さく息を吐いた。

光の魔術は、「浄化」の特性を持つ。

呪いの魔力に対しては、文字通り「対消滅」を起こし、無効化することができるのだ。

アリアの光は純度が高すぎるため、並大抵の呪いなど、触れることさえ許されない。


「今だ! リアムさん!」

アリアは、心の中で叫んだ。

(ボサッとしてないで! 今、あいつは攻撃を無効化されて動揺してる! 核が剥き出しになってる!)


アリアの声が聞こえたわけではないだろうが、リアムは優秀な魔術師だった。

彼は、即座に好機を悟った。

理由はどうあれ、敵の攻撃は消えた。そして敵は隙だらけだ。


「……カイン! 俺の前に土の台座を作れ!」

「お、おう!」

「リゼット! 全力で風を送り込め! 俺の炎を加速させる!」

「分かったわ!」


リアムは、杖を構えた。

体内に残る、最後の魔力を振り絞る。

「これで……終わりだぁぁぁッ!!」


カインが作った土の足場を蹴り、リゼットの風を背に受けて、リアム自身が炎の槍となって突撃した。

「《紅蓮・螺旋衝クリムゾン・スパイラル》!!」


ズドオオオオオオオン!!


リアムの一撃は、今度こそ巨人の胸部を深々と貫き、その奥にあるドス黒い核を粉砕した。

「ガ、ア、ア……」

巨人は、断末魔の声を上げ、その形を保てなくなり、ドロドロと崩れ落ちていった。


「……はぁ、はぁ……」

リアムは、黒煙を上げる泥の山の上に着地し、膝をついた。

魔力切れだ。立っているのもやっとの状態だった。


「やった! さすがリアム様!」

「へへっ、俺たちの連携の勝利だな!」

カインたちが駆け寄ってくる。

校舎からも、避難していた生徒たちの歓声が上がり始めた。


アリアも、窓からその様子を見て、安堵に胸を撫で下ろした。

(よかった……。なんとか、誤魔化せたかな……?)

リアムの結界が耐えきったように見えたはずだ。あるいは、何かの奇跡だと。


だが。

物語は、ここでは終わらなかった。


崩れ落ちた巨人の残骸。

その黒い泥の中から、シューッという音と共に、黒い「霧」のようなものが立ち上った。

それは、核を破壊されてもなお消滅しない、呪いの「怨念」の残りカスだった。


その黒い霧は、生き物のように鎌首をもたげると、魔力切れで動けないリアムに向かって、矢のような速度で襲いかかった。

「——ッ!?」

リアムは反応できない。

「リアム!」

カインの手も届かない。


その時。

リアムの肩に止まっていた(あるいは近くを飛んでいた)白い影が、主人の危機を察知して飛び込んだ。


白いフクロウ——シルフィだ。


「ホォォォッ!!」

シルフィは、自らの体を盾にして、黒い霧に突っ込んだ。

風の防壁を展開しようとしたが、間に合わない。

黒い霧は、シルフィの小さな体を直撃し、そのまま彼女の純白の羽毛に絡みつき、染み込んでいった。


「シルフィ!!」

リアムの悲痛な叫びが響く。


黒い霧を受け止めたシルフィは、力なく空中で回転し、ポトリ、と地面に落ちた。

その美しい白い羽の一部が、焼け焦げたように黒く変色し、そこから毒々しい紫色の魔力が明滅している。


「シルフィ! おい、しっかりしろ!」

リアムが、泥にまみれるのも構わず、シルフィを抱き上げた。

シルフィは、苦しげに「……キュ……」と小さな声を漏らし、痙攣している。


「くそっ……! なんだこれは……!?」

リアムは、震える手で治癒魔法をかけようとした。

だが、反応がない。

いや、治癒の魔力が、黒いシミに弾かれている。

「呪い……!?」


リアムの顔から、血の気が引いた。

ただの怪我ではない。

魔術的な、それも極めて悪質な「呪い」による侵食だ。

アークライト家の知識を持つ彼だからこそ、分かる。

これは、通常の《小癒》やポーションでは治せない。

専門の解呪師カース・ブレイカーでさえ、解けるかどうかのレベルの、古代の呪詛だ。


「いやだ……。シルフィ、死ぬな……!」

いつも冷静沈着なリアムが、子供のように取り乱している。

シルフィは、彼にとってただの使い魔ではない。

幼い頃から共に育ち、厳しい修練を乗り越えてきた、唯一無二のパートナーであり、家族だ。


アリアは、窓からその光景を見ていた。

心臓が、早鐘を打つ。

(どうしよう)

(あんな呪い、普通の治癒じゃ治らない)

(放っておけば、シルフィちゃんは……死ぬ)


アリアは、自分の手を見た。

自分の手には、その呪いを解く力がある。

「光」の魔術。

でも、それを使えば。

今度こそ、言い逃れはできない。

「透明な盾」のように、偶然で済ますことはできない。

リアムの目の前で、彼が治せない呪いを解くのだ。

正体が、バレる。

「監視」どころか、もっと大変なことになるかもしれない。


(でも……)


アリアは、苦しむシルフィと、泣きそうな顔をしているリアムを見た。

(……見捨てられないよ)


アリアは、窓枠を乗り越えた。

「アリアちゃん!?」

メアリの制止を聞かず、アリアは二階の窓から、風魔法でふわりと飛び降りた。

そして、人だかりをかき分け、リアムの元へと走った。


「どいて! 通してください!」

アリアは、リアムの前に膝をついた。

「ローゼン……?」

リアムが、虚ろな目でアリアを見た。

「……何をしに来た。笑いに来たのか? 私の無様を」

「違います!」

アリアは、強い口調で言った。

「私に、見せてください」


「……無駄だ。これは呪いだ。君のような魔力Gに何ができる」

「いいから!」

アリアは、強引にリアムの手からシルフィを受け取った。

(重い……。命の重さだ)

シルフィの体は熱く、黒いシミが脈打つように広がっている。


アリアは、周囲を見渡した。

カイン、リゼット、クラスメイトたち。野次馬。

みんなが見ている。

(……派手な魔法は使えない)

(ごまかさなきゃ。何か、言い訳を……)


アリアは、エプロンのポケットから、先ほどまで調理に使っていた「ミントの葉」を取り出した。

そして、それをすり潰し、シルフィの患部に当てた。


「……何をしている」

リアムが呻くように問う。

「薬草です」

アリアは嘘をついた。

「故郷の村に伝わる、虫刺されに効く薬草です。毒消しの効果があります」

「馬鹿な。そんなもので、この呪いが……」


「効きます」

アリアは、リアムの目をまっすぐに見つめた。

「信じてください」


そして、アリアは、すり潰したミントの葉の下で。

誰にも見えないように、指先に、極限まで圧縮した「光」の魔力を集中させた。


イメージする。

黒いシミを、光の粒子が洗い流す。

在るべき姿。

白い、綺麗な羽毛に、戻れ。


「……《解呪ディスペル》」


アリアは、声に出さず、心の中で唱えた。

指先から、針の先ほどの、しかし太陽のように強烈な光が、シルフィの体内に注入される。


ジュワァァァ……。

黒いシミから、白い煙が上がった。

「ギッ……!」

シルフィが身を捩る。

「抑えててください!」

アリアが叫び、リアムが咄嗟にシルフィを押さえつける。


黒い霧は、アリアの光に触れ、断末魔のような音を立てて蒸発していく。

呪いの根源が、焼き切られる。

そして、その跡地には、アリアの魔力によって活性化された細胞が、驚異的な速度で再生を始めていた。


数秒後。

アリアが手を離すと、そこには。

黒いシミ一つない、純白の羽毛を取り戻したシルフィの姿があった。


「……ホゥ?」

シルフィが、ぱちくりと目を開けた。

痛みは消えているらしい。不思議そうに、自分の翼を確認している。


「…………」

周囲は、水を打ったように静まり返っていた。

「う、嘘だろ……?」

カインが呟く。「薬草で、治ったのか?」

「ミントって、すげえんだな……」


生徒たちは、「アリアの薬草知識すげえ」という方向で納得し始めていた。

アリアの作戦は、成功したかに見えた。


だが。

リアム・アークライトだけは、違った。


彼は、シルフィを抱きしめ、その温もりを確認した後。

ゆっくりと顔を上げ、アリアを見た。


その瞳は、震えていた。

彼は、見ていたのだ。

至近距離で。

アリアの指先から漏れ出た、あの「黄金色の光」を。

そして、あのおぞましい呪いを、一瞬で消滅させた、圧倒的な「聖性」を。


(……薬草なわけがあるか) (あれは……『光』だ) (それも、教会の聖女ですら持ち得ない、純粋無垢な、原初の光)


リアムの中で、全てのパズルが埋まった。

砂嵐。風の針。風膜。

そして、温室で見せた、植物の異常成長。

全ては、彼女がこの「規格外の力」を隠すための、偽装だったのだ。


彼女は、スパイではない。

そんなちっぽけな枠に収まる存在ではない。

彼女は——。


「……ありがとう」

リアムは、アリアの手を掴んだ。

その手は、震えていた。

「……ありがとう、ローゼン。君は……私の、恩人だ」


「……い、いえ。薬草が、効いてよかったです……」

アリアは、引きつった笑顔で答え、逃げるように手を引っ込めた。

(バレたかな? バレてないよね? 薬草で押し通せたよね?)


アリアは、必死に自分に言い聞かせていた。

だが、リアムの瞳に宿る色が、これまでの「監視」から、もっと重く、深い「崇拝」にも似た何か(あるいは、絶対的な守護の意志)に変わったことに、彼女はまだ気づいていなかった。

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