番外編4 四天候の密談 ~末っ子の学園生活について~
これは、アリア・ローゼンが王立マグノリア魔法学園に入学する、数週間前の出来事である。
王都の裏路地に、看板のない一軒の酒場があった。
「止まり木」。
そこは、王国の影で暗躍する一級魔術師や、裏社会の実力者たちだけが利用を許される、会員制の隠れ家である。
今夜、その店の奥にある個室は、異常な魔力密度によって空間が歪みかけていた。
集まっているのは四人の男女。
彼らこそ、泣く子も黙る大陸最強の魔術師集団、「四天候」である。
「——で? 師匠は何を考えているわけ?」
口火を切ったのは、燃えるような赤髪の美女、「紅蓮」のレナだった。
彼女は不機嫌そうに、グラスの中の琥珀色の液体を揺らしている。
「アリアを、学園に入れる? しかも、あのマグノリアに? 正気とは思えないわ」
「まあまあ、レナ。そうカリカリするなよ。あの子のためを思ってのことだろ?」
飄々とした口調で宥めたのは、青髪の青年、「蒼海」のカイだ。
「あの子の力は、もう田舎の結界じゃ隠しきれないレベルになってる。制御を学ばせるには、環境を変えるしかない。師匠の判断は合理的だよ」
「合理的?」
銀髪の長髪を流した青年、「疾風」のシルヴィが、冷ややかに鼻を鳴らした。
「あのアリアだぞ? 人見知りで、臆病で、虫一匹殺せないあの子が、貴族だらけの学園でやっていけると思うか? 一週間で胃に穴が開いて帰ってくるのがオチだ」
「……アリアは、強い」
重々しい低音で呟いたのは、巨漢の男、「大地」のゴウだ。
彼は山盛りのフライドポテトを黙々と口に運びながら、ポツリと言った。
「あの子の芯は、俺たちよりも強い。……だが、心配だ」
四人の間に、重たい沈黙が流れた。
彼らは皆、アリア・ローゼンという少女を、異常なまでに溺愛していた。
血の繋がりはない。
だが、師匠クロノスのもとで共に修行し、彼女の優しさに触れ、その規格外の才能(と、致命的な自己評価の低さ)を見てきた彼らにとって、アリアは「守るべき絶対の妹」だった。
「だいたいね!」
レナがテーブルを叩いた。
「学園なんて、男の獣の巣窟じゃない! 色気づいた貴族のボンボンどもが、あの子の可愛さに気づいて寄ってきたらどうするのよ! 焼き払うわよ!」
「いや、アリアは地味に変装する予定だから……」カイが苦笑する。
「地味? あの子の素材の良さが、眼鏡や三つ編み程度で隠せると思ってんの!? あんた目は節穴!?」
「はいはい、ごもっともです」
シルヴィが、手元の資料をテーブルに広げた。
「俺が調査したところ、今年の新入生には、アークライト公爵家の嫡男が入るらしい」
「アークライト?」ゴウが眉をひそめる。「宰相の息子か」
「ああ。リアム・アークライト。文武両道、眉目秀麗。次期宰相の呼び声高い天才だそうだ」
「けっ!」レナが吐き捨てた。
「どうせ、鼻持ちならないエリートでしょ。アリアを見下してイジメるに決まってるわ」
「いや、逆に興味を持って近づいてくる可能性もある」
シルヴィが冷静に分析する。
「アークライト家は『異能』に敏感だ。アリアの偽装を見抜くとしたら、奴だ」
「……消すか?」
ゴウが、物騒なことをボソッと言った。
「待て待て待て!」
カイが慌てて止める。
「お前ら過保護すぎるって! アリアにとっても、同年代の友達を作るいい機会なんだ。俺たちが手を出したら、あの子の成長にならないだろ」
「成長なんてしなくていいわよ!」
レナが叫ぶ。
「あの子はずっと、私たちの後ろでニコニコ笑ってればいいの! 悪い虫がつかないように、私が学園の教師として潜入しようかしら」
「却下だ」シルヴィが即答する。「お前が言ったら、初日で学園が火の海になる」
「じゃあ、俺が行く」カイが挙手する。 「お前は任務があるだろ。北の異常気象の調査だ」 「ちぇっ。……ま、近くには寄るから、そのついでに様子見くらいは行くけどね」 カイはニヤリと笑った。
「……俺も、行く」
ゴウが立ち上がろうとする。
「座れゴウ。お前の巨体で潜入できるわけがない。岩山が動いてると思われるぞ」
シルヴィは、ため息をついてグラスを干した。 「結論として。……我々は、基本的には静観する。師匠も使い魔として同行するらしいし、学園長のヴォルグもこちらの協力者だ。最低限の安全は保障されている」
「でもぉ……」レナが納得いかなそうに唸る。
「アリアが寂しがって泣いてたらどうするのよ」
「その時は」
シルヴィの目が、鋭く光った。
「我々『四天候』の名において、王立マグノリア魔法学園を地図から消滅させるまでだ」
「「「異議なし」」」
三人の声が重なった。 彼らは、本気だった。 もしアリア・ローゼンに不当な害が及べば、この国最強の戦力が、躊躇なく牙を剥く。 そのことを知らずに、学園の生徒たちは、爆弾を抱えた日常を送ることになるのだ。
「ああ、そうだ」
カイが思い出したように言った。
「アリアへの入学祝い、何にする? 俺は、最新の防水ローブにしようかと思ってるんだけど」
「私は魔除けの護符(一級品)よ。あと、いつでも私を召喚できる指輪」
「俺は……最高級の肥料」
「お前ら……」シルヴィが頭を抱える。「もっと、普通の女子高生が喜ぶものを選べないのか」
夜は更けていく。
最強の魔術師たちの、世界一過保護で、世界一どうでもいい会議は、朝まで続いたという。




