間夜3
ツェアドラ帝国皇帝ヴァルドルツィオは、自身の執務室で、腹心であるトゥーベルクから、興味深い報告を受けた。
それと言うのも、隣国であるラージス王国、そのジルクニア辺境伯領において、黒い空が見られたとの事。
「黒い空、な。どう思う?」
「ありえない考えからすると、夜空、かと。」
「ただの雨雲なら、そんな表現をしない。敢えての表現と報告だとしたら…面白い。」
ヴァルドルツィオは不敵な笑みを浮かべた。
「…まさか…」
「ああ、確かめに行くぞ。ジルクニア辺境伯領にな。」
「はぁ…かしこまりました。」
こうして、面白い物好きなヴァルドルツィオと、腹心のトゥーベルクは、少数精鋭の護衛を連れて、ジルクニア辺境伯領へ訪問する事になったのである。
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ジルクニア辺境伯領には、ヴァルドルツィオたち以外に、ラージス王国王太子ヴィラーシュと辺境伯の嫡男リカルドの姿もあった。
その数日後には、色々な意味で有名なヴィラーシュの第1妃、キャロライン妃もやって来た。
ヴィラーシュとリカルドとは、同年代という事で、よく見知った仲だった。
お互いの国に留学したこともあり、幼馴染であるとも言える。
ツェアドラ帝国とラージス王国は、敵対こそしていないが、ライバル関係にある。
それもあって、ヴァルドルツィオとヴィラーシュの関係もそれほど良くはない。
少しでも油断すれば、足元を掬われるため、気が抜けない。
キャロライン妃は、現存する唯一の、闇の適正と加護を持っている。
それが事実かどうかわからないが、闇の魔法を披露している場面に、出会したことがある。
加護はともかく、適正が闇なのは事実であろう。
適正の件があって、男爵家出身ながら、王太子の第1妃となっている。
唯一の闇属性ということで、随分傲慢な態度で他者に迷惑をかけていることも、有名な理由だ。
キャロライン妃とは久しぶりに会ったが、相変わらずの態度に苛立ちが募る。
そんな鬱屈とした数日間に、思いを馳せていると、突如、警笛が鳴り響いた。
『魔獣の領域』から、魔獣が降りて来たようだ。
トゥーベルクと護衛を連れて、自身も城壁に向かった。
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城壁に着くと、辺境伯やヴィラーシュ、リカルド、それにキャロライン妃がいた。
「辺境伯、俺たちも手を貸そう。ここを抜けられては、我が国にも被害が及ぶからな。」
ヴァルドルツィオは、本音を隠しつつ、助力を申し出る。
「…本来なら、ご遠慮申し上げるところですが、今回はそうも言っていられなくなりました。王太子殿下、皇帝陛下、よろしくお願いします。」
辺境伯の言葉から、状況はかなり悪いようだ。
「魔獣は、地竜が3体です。」
竜と名のつく魔獣は、魔獣の中でも最高クラス。
飛竜や水竜でないだけマシであるが、厄介な事には変わりない。
「辺境伯、地竜なんて、私の敵ではございませんわ。私の闇魔法で、鎮めて差し上げます!」
キャロライン妃が、そう、口を挟んできた。
辺境伯が、ヴィラーシュを伺うように、視線をやった。
ヴィラーシュは、渋々頷いた。
ヴァルドルツィオは、面白そうに片眉を上げて笑った。
キャロライン妃は、護衛と共に城壁の上に登った。
ここからは、地竜も『魔獣の領域』も良く見える。
城壁の外では、辺境伯、リカルド、ヴィラーシュ、ヴァルドルツィオ、トゥーベルクが、足止めのために、戦闘に参加している。
キャロライン妃が、自信満々に両手を地竜に向ける。
その手からは、黒い靄が現れ、3体の地竜に飛んで行った。
「ほう…」
誰もが安堵した、その時。
グァァァァーーーー
3体の地竜が苦しみだし、殺気と威圧を込めた目で、キャロライン妃を睨んだ。
「ひっ…」
キャロライン妃は驚きと恐怖で、座り込んでしまった。
「まずいぞ。」
3体の竜が、周囲の騎士を吹き飛ばし、城壁に迫る。
「わ、私のせいじゃないわ!」
キャロライン妃は、自分は悪くないと騒いでいる。
騎士たちは、3体の竜を城壁に近づけまいと、奮闘しているが、凶暴化した地竜に歯が立たない。
誰もが覚悟を決めた、そんな時。
闇が落ちた。
瞬く間に、青空が夜の闇に染まる。
双子月がと、無数の星々が夜空を、周囲を照らす。
誰もがその光景に息を呑み、硬直した。
地竜は、何かに怯えるように、後退りしていた。
地竜と騎士たちの間にできた空間。
そこに、気がつけば、漆黒を纏った少女が立っていた。




