間夜1
ジルクニア辺境伯アーノルドは、執務室で1人、今日の奇跡を振り返っていた。
今日の夕方、見張りの塔から警笛が鳴った。
初めは、1回。
その後、少しして2回。
1回目の警笛を聞いて、準備を行う。
2回目の警笛を聞いてすぐ、防壁へ向かった。
道すがら報告を聞いていると、外が暗くなった。
空を見上げると、今まで生きて来た中で、見たことのない空が見えた。
あれはおそらく、物語で聞くしかなかった夜空なのだと、瞬時に理解した。
急いで防壁の外に出ると、騎士たちが固まっているのが見えた。
普段の緊急時なら、あり得ないことだ。
先に外に出ていた、騎士団副団長のギークと妻の1人であるヴェロニカも、同様に固まって一点を見つめていた。
風に乗って、詩が聞こえる。
その方向を見ると、遠目に黒いドレスを着て、黒いベールを被った髪の長い少女がいた。
こんな戦場に、ドレスを纏った少女がいるなど、違和感でしかない。
だが何故か、詩が終わるまで、その場を一歩も動けなかった。
対峙するフェンリルたちも、大人しくしている。
詩が終わると、空は元に戻り、フェンリルたちも『魔獣の領域』に帰って行った。
ハッと我にかえり、周囲の状況を確認する。
気がつけば、少女は何処からに消えた後だった。
コンッコンッコン。
執務室の扉を叩く音がする。
入室の許可を出すと、ギークたちが入ってきた。
ジルクニア騎士団副団長ギーク、辺境伯第1夫人アナベル、第2夫人ヴェロニカ、第3夫人カミラ。
ジルクニアを支えてくれる者たちだ。
「呼び出してすまないな。今日のことを共有したくて、来てもらった。」
「夜空の件ですね。」
アーノルドは、自分の見たままを報告する。
ギークたちからも、それぞれ報告を聞く。
「夜空、黒い少女、詩、帰って行く魔獣。」
「聞いている限り、黒い少女が全ての鍵を握るのでしょうね。」
「そう言えば、王太子殿下の第1妃に闇の加護を受けた者がいると聞きました。もしや黒い少女も、闇の加護を受けているのでは?」
「ふむ。ありえるな。問題は、何処の誰なのか、敵か味方か、だな。」
「突然現れて消えたと言うのも、何とも不思議ですね。」
「もし、闇の加護が関係しているのなら、また中央が騒ぎますね。」
「ああ。こんな時に権力闘争など、くだらん。」
誰もが、この後の事を考えて、うんざりした溜め息を吐いた。
「今夜中に、王都に通信しよう。その後におそらく動きがあると思うが、気を引き締めて対応してくれ。」
「「「「はい。」」」」
その場を解散した後、アーノルドは急ぎで王都に通信をとった。
間夜…本来なら、男女が会った夜と次に会う夜の間の、会わないで隔てられた夜を指す言葉らしいですが、ここでは間幕として扱っています。




