3夜
上空に転移する。
そこは、まさしく戦場だった。
狂ったフェンリルと、そのフェンリルに引きずられたブラッドウルフ。
まだ死者は出ていないようだが、それも時間の問題だろう。
辺境伯が出てくる前に、終わらせて戻らないと。
辺境伯は優しい方だが、国の権力者だ。
国の権力者は、総じて面倒な存在。
面倒事にならないよう、早く終わらせよう。
人に掛からないように、フェンリルとブラッドウルフを少し威圧する。
魔獣は、例え狂っていたとしても、本能で動く。
私の意図した通り、人と一定の距離をとって、唸っている。
空いた空間に、ふわりと、音もなく降り立つ。
私は誘うように、フェンリルに手を伸ばした。
人も魔獣も、一様に私を警戒する。
さあ、可愛い子よ、愛しい子よ。
怒らないで、嘆かないで。
大丈夫、私はここにいるわ。
さあ、可愛い子よ、愛しい子よ。
お家にお帰り。
今夜の眠りは、私が守りましょう。
さあ、おやすみなさい、可愛い我が子。
静かな詩が、紡がれる。
空が暗く染まり、太陽が隠れる。
双子の月と、星々が夜の闇を照らす。
フェンリルたちは、次第に唸るのを止めて、一斉に伏せをした。
詩が終わると、クーンと甘い鳴声を1つ。
背を向けて、『魔獣の領域』に帰って行った。
闇が晴れ、夜が終わった。
また、太陽が空に現れる。
フェンリルたちを見送っていると、騎士たちが騒めき出した。
よく知る辺境伯の声も聞こえる。
それを横目に見つつ、転移でその場から消えた。
ーーーーー
部屋に戻ってすぐ、魂の中に精霊力を仕舞い込んだ。
久しぶりに使ったから、すごく疲れた。
〈さすが、レイシィ様。〉
〈お疲れ様でした。〉
「疲れた…。信仰も弱いし、光が強い中での行使は、とても疲れるね。あなたたちも、フォローありがとう。」
〈いえいえ。〉
〈お気になさらず。では、我らはこれで失礼します。〉
「ええ、ゆっくり休んで。」
ゼスとジスは、そう言って精霊界に帰って行った。
精霊界も騒つきそうだが、地上にいるよりは、落ち着いて休めるだろう。
少しウトウトしていると、部屋の扉が叩かれた。
ハッとして扉を開けると、侍女ナタリーがいた。
「外は落ち着いたそうよ。通常の動きに戻るよう指示があったわ。」
「ありがとうございます、ナタリーさん。私は、夕食の準備を手伝って来ます。」
「なら、私と同じね。一緒に行きましょ。」
「はい。」
部屋に鍵をかけて、ナタリーさんと並んで歩く。
「今回は、早めに終わって良かったね。数日続いた時は、もう、大変だったわ。」
「そうですね。皆さん、ご無事なら良いんですけど。」
「そこは心配しなくても、良いみたいよ。怪我人はいるけど、重症者や死者はいないって聞いたわ。」
「それは、良かったです。」
ナタリーさんと雑談をしていると、あっという間に、厨房についた。
「じゃ、今日最後の仕事を頑張りますか。」
「はいっ。」
2人で、グッと胸元で手を握り、それぞれの仕事場へ分かれて歩き出した。




