金曜日
大学生活何度目かわからないタコパ。
週三の頻度でタコパに興じていると、もはやタコパというものが何なのかわからなくなってくる。
たこ焼きを作り、酒を飲み散らかし、時にはタバコを吸い、時には深夜映画で涙腺を崩壊させ、時にはシラフに戻って何してたんだ、と呆れる。
何の生産性もないこの集まりだが、何も考えなくていいことは、バカにとって最高の集まりだ。
タコパが何かわからなくなっても、タコパで金が消し飛ぼうとも、タコパという言葉がゲシュタルト崩壊しようとも、俺らがバカである以上、タコパをし続ける。
「ねぇ、ちょっといい?」
会話の先頭に立ったのは、珍しく岸ちゃんだった。
タコパメンバーの中で一番器用な岸ちゃんは、いつもたこ焼きをつっつく役割を担ってくれている。
岸ちゃんがバイトで遅くなる木曜日のたこ焼きは、だいたい形が不揃いで汚くなる。
たこ焼きをきれいに丸める、というさりげないことにも、それ相応の技術が必要だと教えてくれる。
「今度のタコパ、わたしの友達連れてきたいんだけどいいかな?」
岸ちゃんの推薦する友達。
どんな友達かはイマイチわからないが、俺は岸ちゃんの珍しい要求に対して、二つ返事でOKを出した。
ずっと前から気色悪い恋心を全面に押し出すガシオも、今にも首が折れそうな勢いで頷き続けている。
「東尾くんもいいの?」
ぶんぶんと首を縦に振るガシオに、わざわざ岸ちゃんは許可を求めている。
岸ちゃんも、もしかしたらガシオの好意に気づいているのかもしれない。
そういう弄びは岸ちゃんの嫌うところだと勝手に思っていたが、どうやらそうでもないのかもしれない。
ガシオは「もちろんもちろん」と二つ返事どころではない速さでOKを出していた。
岸ちゃんは「よかったぁ」と語尾を伸ばしながらほんわか笑顔を浮かべ、またたこ焼きをつっつき始めた。
ガシオは相変わらず岸ちゃんの華奢な手先を眺めているが、冷静に考えたらただただ気持ち悪いだけだ。
これが恋をする、ということなのかもしれないが、この恋の仕方はどうしても受け入れられない。
ガシオと岸ちゃんをちゃぶ台に残し、金曜日用の500ml缶チューハイを取りに行く。
一人暮らしになってから気づかぬうちに、目も当てられないほど冷蔵庫が汚くなった。
黄色を通り越して茶色になり始めたネギ、50mlぐらいしか残っていないのに一ヶ月以上手付かずのコーラ、蜘蛛が混入した弁当のニュースを見て食べる気が失せてしまった三週間前の幕の内弁当。
ギリギリ臭いはしていないのでセーフ、と思い続けてきたが、そろそろその思い込みにも限界が来たかもしれない。
いつか掃除しよう、と心に決めて、それから何十日も経って、またいつか掃除しようと心に決める。
そんなループで、いつの間にかこんな冷倉庫が出来上がってしまった。
台所まで、たこ焼きのいい匂いが漂ってきた。
岸ちゃんの焼くたこ焼きは絶品なのだが、バイトではレジ打ちをしているらしい。
なんだかもったいないと思いつつ、500mlを四本抱え、肝を物理的に冷やしながらちゃぶ台へと戻る。
「かつきょー、ありがと」
こういうところで意外と気が利くのは、やまこうだ。
トイレから出てきて、ちゃぶ台に向かうより先に俺を呼びながら缶チューハイを受け取りに来てくれた。
ガシオはというと、未だに岸ちゃんの華奢な指先を眺めている。
指先を眺めるのは否定しないが、お前にも手伝えることぐらいあるだろ、と腰を下ろすついでにこめかみをぐりぐりと押し込む。
痛そうにしながらも、やっぱり恋は盲目なのか、岸ちゃんに魂を奪われている様子だった。
缶チューハイが運び込まれ、ガシオはやまこうに、控えめな会釈をする。
なんだか知らないが、ガシオはやまこうがあまり好きではないらしい。
聞くところ、昔彼女を奪い取った男に似ているんだと。
どんだけ自己中だったらそんなことで人を嫌いになれるのかと不思議で仕方ない。
そのせいで、ずっと山下呼びだったガシオを説得してやまこうと呼ばせることには苦労した。
やまこうとガシオが問題なく一緒に帰れるぐらいまで仲良くさせるためにかけた苦労は、計り知れたもんじゃない。
十分良好な関係である今以上に仲良くさせろって言うなら、俺はタコパの長を降りようと思う。
一方の岸ちゃんは、しっかり山下くんと名字呼びにして感謝を深々と伝えている。
こういうところにガシオは惚れたのかもしれないが、それなら自分の立ち振る舞いも考えるものがあるんじゃないかと思ってしまう。
どちらにせよ神様、岸ちゃんにはぜひとも、やまこうのような気の利く男性を与えてあげてください。
岸ちゃんの彼氏がガシオっていうのは、流石に見たくない。
*
「岸ちゃんの友達ってどんな人なん?」
やまこうは新しいタコパメンバーに興味津々といったところだった。
ガシオも一応話を聞いているようだが、意識の七割は岸ちゃんの焼いてくれたたこ焼きの味を覚えることに割かれているらしい。
「真面目、かな」
俺らの大学は、お世辞にも頭のいい大学とは言えない。
聞くところによると語学研究の権威である、藤村教授とやらがいるそうだが、第一印象に「真面目」が出てくるほどの生真面目さんは少ないはずだ。
岸ちゃんが言うには言語学専攻の人だということだ。
俺らのようなバカしてるやつらと同じに見られる、というのはなんだか可哀想にも思えてきた。
「初対面だと緊張するタイプだから、大目に見てあげてほしいな」
どうやら俺らとは正反対のタイプのようだ。
俺らのタコパに来たとして本当に馴染めるだろうか。
一抹の不安が残る新メンバーの話だったが、酒が回り始めると、そんなことはどうでもよくなっていた。
*
「ほんじゃ、おつかれさーん」
やまこうの言葉を皮切りに、三人は各々おつかれと言って、モーターがギャンギャンとうるさいエレベーターから出ていく。
ようやく秋の兆しが見え始めたこの頃だが、それでも夏の暑さは残っている。
じめじめと肌に残る感触の悪い湿度の波から逃げるように、散らかしっぱなしの玄関で乱雑に靴を脱いだ。
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