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第九話 ツンツンツンデレ少女

 何かが、肌を撫でた気がした。

 殺気?……いや、違う。

 これはもっと気持ち悪く、つい最近、近い感覚を味わったはずだ。

 …………あの蟲、達から浴びた視線。

 それに最も近しい。


「ハッ!!」


 その考えが脳をよぎった瞬間、体が勝手に跳ね起きた——はずだった。

 けれど、足元がもつれて、バランスを崩したままベッドの端から落ちる。


「痛ったぁ……」


 床の冷たさと鈍い痛みに顔をしかめていると、頭の上から声が降ってきた。

 

「ちょっと、何してるの? いきなり飛び起きるものだから、びっくりしたんだけど」


 その言葉に反応して、反射的に顔を向ける。

 声のした方——ベッドの脇に立っていたのは、ルリンさんだった。


 ん?

 ベッド……?


「その……どうして私はここで寝かされてるんですか?さっきまでルリンさんの作業場にいましたよね?」


 ランプの灯りが付いている。

 時間は夜だろうか?

 なんで……


「どうしてもこうしても、貴女は3日間の間ずっと寝っぱなしだったからに決まってるでしょ……ってフウカは寝てたから分からないか」

「3日間…………3日間?!?!」


 え?

 やばい……全く理解出来ない。

 ゼロさんといた時間は、体感2時間あるかどうかだ。

 そ、それが3日間……?


 ……いや、良いだろう。

 これはもう過ぎた事でしかない。

 一旦、切り替えるんだ。


 まずはゼロさんに言われた事を思い出し、私が昏睡してた件の認識を聞き出しながら、彼女を注視しよう。


「何?急に考え込んだと思ったら、私のことをジロジロ見出したりして」

「その……私って何が原因で目覚めなかったのか、分かります?」


 そう聞くのと同時にルリンさんは私を持ち上げ、ベッドに座らせてくれた。

 

「それがあまり分からなかった。フウカの事を診た感じだと、脳に何故か疲労が溜まっていたように見えただけ。分かったのはそのくらい」


 いつもと変わらない無愛想な顔。

 嘘を言っているようには思えない。

 なんなら『逆に何で貴女が分かってないの?』とでも言いたげな顔である。

 ……私をどうにかしてやろうと思ってる人の顔には、とても見えない。

 

 それにしても3日間……3日間か。その間飲まず食わずだったと考えると、猛烈にお腹が減ってくるな。


 そういえば、あの魔導書。

 あれの存在があまりに気がかり過ぎる。

 ゼロさんの忠告を信じきっているわけではないが、完全に全ての助言を無視しきって死にました……では笑えない。

 ちょっとルリンさんに聞いてみるのもあり……


「そういえばt…………」


 私は言いかけた言葉を飲み込み、唇を結んだ。

 

「…………?」


 ……よく考えなくても、この話を持ち出すのは無しだ。

 絶対にやってはいけない。

 普通に相手の出方次第でこの質問は死ねる。

 この関係はお互いを人間同士と認識しているから成立していると思って良いだろう。

 

 自分から特大の地雷を踏みに行ってどうするんだ、私は……


「どうして途中で黙ったの?言いたい事があるんでしょ?早く言いなさい」


 落ち着け私。

 まだ何も決定的なことは口走ってない。

 つまりすぐに死ぬような事にはならないんだ。

 冷静に頭の中にあるものを切り替え、話題を逸らそう。

 

 考えろ。

 いま一番大事で、人間が生きる為にやらなければいけない事を……

 

「……ソソソ、ソウイエバお腹減りましたヨネ……」

「まぁそうね。しばらくの間まともに食べてないし」

「デスヨネー。私もすっごくお腹が減ってるので、早速作りに行きたいなって……」

「……そう」


 ルリンさんはそう適当に返事して立ち上がった。


「じゃあ……」

 

 そしてこっちに向き直り、そっと私の鎖骨の中央に細い指を置く。


「…………ッ!」


 指を置かれると同時に、ルリンさんの雰囲気が変わった……ように感じた。

 起きた時に感じた、殺気に近いとても気持ち悪い感覚。

 ドクン、ドクンと、胸の内側を叩くような音がうるさい。


「ど、どうしたんですか? 急に……」


 彼女は私の質問に答えず、そこからゆっくりと、線を描くようになぞっていく。

 胸骨から、腹部の深く、下の方へと。

 言葉もないまま、触れる温度だけが伝わってくる。

 

 大丈夫な筈だ……

 私を喰べるつもりがあるなら、今ここで会話する必要すらない。

 だからこれ以上、鼓動が早くならないで……


「…………」


 そして冷たい指が私の体から離れていく。

 

 あまりに長く感じた時間。

 でも実際はほんの十数秒にも、満たない一瞬の出来事。


「ねぇ、私がいない間に何か()()?」

「何も見てません」

「本当に? 3日前とはまるで、別人みたいな接し方な気がするんだけど……気のせい?」

「……私達は出会ってまだ数日ですからね。3日もお話をしていなければ実質他人……ではなく、ちょっと気まずくなったりもしますよ」


 私は笑顔の仮面をかぶって全力で答えた。

 この隠し事は、絶対に見破られてはいけない。


「そう、まぁいいわ」


 そしてルリンさんのこの一言で、部屋を包んでいた妙な空気が消えた。

 

「あはは……」


 どうやら天はまだ私を見放していないらしい。


 とりあえず一回、ごはんを作ってしまった方が良い気がする。

 普通なら魔族が人の料理を食べるのか?、と疑問に思うところだけど、さっき……というか3日前の様子を思い出す限り大丈夫そうだし。

 自分が食料判定を下されないうちに、早く作るべきだろう。


 私は厨房に向かうため、立ち上がる。


「では、食事の時間にしましょう!」


 あと、自分の胸に焼きつけなければいけない事が、一つある。

 それはルリンさんに対して、恐怖心を抱かないこと。


「え……?」


 むやみに彼女を怖がっていたら、潜在的リスクを増やし、死ぬ可能性が上がるだけだ。

 これには何の意味もない。

 だから普段と変わらない対応を心がけよう。

 生きる為に。


 ――――――ドンッ


 そう考えながら歩いていたら、足がもつれ視界が傾き、バランスが崩れた。


「い、いててっ……」

「なんで自分で歩けないのに、私の支えも無しに歩き出そうとしたの?!いきなり1人で歩き出すものだから、こっちがびっくりしたんだけど!」

「そ、そうですね。ルリンさんの言う通りです。何してるんでしょうね、私は……」


 いや、違う。

 ついさっきは歩けていた。

 でも考えてみれば、アレは記憶世界の出来事だ。

 あっちでは自然に歩けていたので、特に何も思わなかったが、疑問に思うべきはあっちで歩けた理由の方かもしれない。


「でも丁度良かった。あなたが転んで今思い出したの。はい、これ受け取って」


 座り込んでいる私に、何か手のひらサイズの物を手渡してきた。

 形は指輪のように見える。


「……これは何ですか?」

「モノは試しね。それを指に嵌めてから魔力を流してみて」


 指に通し、彼女に言われるままやってみた。

 すると次の瞬間——金属が熱を帯び、微かな振動と共に光が走る。

 形が歪み、細く長く変化していくそれは、やがて一本の杖となった。

 手の中には、さっきまで指に収まっていたはずの指輪の面影すらない。


「す、すごい……!」

「でしょ!フウカをあそこに座らせてる間に作ってたの!」


 ルリンさんは私の驚き具合を見て満足したのか、とても誇らしげである。


 指輪から変形して杖になるとは。なかなか面白い魔道具だ。

 まだ杖があっても歩ける気がしないが、後々大助かりになると思う。

 今の状態だとルリンさん無しでは、何処にも行けなかったし、正直このプレゼントはかなりありがたい。

 

 ……あれ?でもなんかおかしいな。

 

「あの、間違ってたら申し訳無いんですけど……」

「ん?なに?」

「……私の記憶だとルリンさんは()()()()()に行っていた気がするんですが、本当はこれを作ってたんですね……とても嬉しいです!」


 私がそう言うと、その事について思い出したのか、一瞬、彼女の目が見開かれた。

 息を呑むように口元がわずかに開き、視線が硬直した後……


「間違えた……それは部屋から拾ってきただけのゴミ。ちょっと処分に困ってたからあなたに渡しただけ」

「え、えぇ……」


 いきなり言ってる事が矛盾し出した。

 いったいどう言う事…………いや、分かった。

 多分だけどこの人は、褒められるのが苦手なタイプの人種なんだ。

 

 これは丁度良かった。

 この人について理解する為、ちょっとつついてみるのアリかもしれない。

 褒めすぎが原因で私が喰い殺される、なんてことはないだろうし。


「あ、分かりましたよルリンさん!私の為にわざわざ杖を作るって言うのが恥ずかしかったんですね!」

「は、はぁ?!いきなり何を言い出してるの??!」

「隠さなくても良いのに。もう気持ちは充分伝わりました!アレですよね?前回の食事の謝罪を兼ねてるんですよね、これ」

「違うって言ってるでしょ!ねぇ人の話を聞いてる?!それは不要品で処分に困ってるって言ったの!耳ついている??」


 褒め殺しをするつもりが、だいぶ煽りに傾いてしまったけど、大丈夫な筈……たぶん。


 そして彼女の言葉がだいぶ乱暴になりだした。

 人形なので怒りで顔が真っ赤になったりはしないけど、まぁまぁ不機嫌寄りの顔だ。

 

「分かりますよ、分かります。本当は最初に嘘を吐くつもりだったのに、私の表情を見て嬉しくなってしまって、本音が出てしまったんですよね」

「………………」

「屋敷の案内をするのもそういう建m――」


 その先を言いかけた瞬間、彼女の足音が床を叩き、ぐっと距離が詰まる。

 次の瞬間、私は軽々と首根っこを掴まれていた。


「痛い!痛いです!離してください」

「無理。このままフウカを厨房まで連れて行くから」


 ずるずると引きずられてるせいか、床との摩擦が体のあちこちに伝わってくる。

 

「そ、そんな! いつも通り隣で支えてくださいよ!」

「…………」

「分かりました!言い過ぎましたルリンさん!!本当にごめんなさい!!!」

「…………」



 

 結局この日は作った料理を食べるまで、まともに口を聞いてくれなかった。

 でも私は、この人の人間らしい一面を見れて良かった。

 おかげで安心して暫くはここに居られる。

 

 大丈夫、私はまだ生きることが出来るんだ。

あとがきです


最後まで読んでもらえたようで嬉しいです。

続きもお楽しみください。


tips

ゼロのキャラデザ元はまともに会話もできない、とある壊れたロボットのようなキャラクターでした。

でもその元のキャラクターの因子を残すと会話にならないので、かなり弄くり回しましたね。

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