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第八話 白い髪の魔族

 切り替わった先では、空を焦がすほどの濃い煙が立ち込め、瓦礫と化した家々から炎が噴き上がっていた。

 さっきまでの街並みとは打って変わり、いま目の前に広がっているのは、地獄と呼ぶに相応しい風景かもしれない。

 

 私の背後には、結界に守られたルリンさんの屋敷が残っている。

 どうやら魔族達に、これを破る事は不可能だったらしい。

 

「フウカ様は、()()()()()()()()()という話を聞いたことはありますか?」

「私には聞き覚えがありません……人間は魔族の餌でしかない、というのがこの世界の常識らしいですから」


 なんだ、突然。

 場所が変わってから、急に話の方向性が変わった気がする。


「そう、その認識に間違いは無く、食料でしかない人間が魔族化するなど本末転倒。……でも例外は何にもつきものです」

「例外……?」

「魔王は如何なる生物であっても、血を分け与えれば同種へと堕とすことが出来る」

「…………」

「まだ理解出来ていないご様子。ではあちらをご覧下さい」


 私はゼロさんに促されるまま、視線を向けた。


「あれは……」


 かなり遠くから1人、この屋敷に向かって歩いてくるのが見えた。

 

 服がボロボロで白い髪の少女……いや――――――魔族が、酷い足取りでふらふらと進んでいた。

 

 風が吹けばそのまま倒れてしまいそうな、紙のように軽い存在に見える。

 おそらく人の気配を察知して、こっちに近づいているのだろう。

 だけどアレではこの結界を突破して、中にいる人を殺す事は出来ない。

 

 ……でも様子が少し変だ。

 魔族なら全身の肌が赤黒いはず。

 なのに、あの白い髪の少女はだいぶ姿が人間に近しい。

 尻尾がなければ見間違えていただろう。

 ……加護が見誤ることは無く、切らなければいけない対象なのは確定なのだが。


「察して貰えたと思うのですが、あれは人間から魔族へ堕ちた人です」

「そう……みたいですね」

「ふむ?あまり興味が無いようですね。この悲惨な光景や、今の()の姿を見ても動じていない様子」

「それはそうですよ。私の故郷はここじゃない…………主?」


 その言葉を聞き、再び白い髪の魔族を注視した。


 確かに顔や服装、髪飾りは殆ど原型を失ってしまっているが、確かに人形のルリンさんが付けているものと一致する。

 いや、でも…………魔族?


「どうしました?フウカ様。今、貴方様が眼にしているのは正しく、魔王の血を分け与えられた私の主ですよ」

「…………なぜ魔族に?」

「それは主が魔王に負けてしまったからです」




 この人形が言うには、門が開いて魔族が人間を襲い出した辺りで、すぐさま魔王の元に向かって戦いを挑んだという。

 結果は惨敗。

 そのままルリンさんが喰われてしまう事はなく、何故か血を分け与えられ、今の姿になってしまったという。


「とはいえ、ルリンさんが屋敷に戻るのは当然……ですか。自分の家ですからね」


 自分が負けて、周りの人達がみんな死んでしまったとはいえ、屋敷の中には家族が残っている。

 この場合、私だったらどうするだろう。

 魔族に見つからないよう祈りながら、家族と一緒に、人の生活圏を探す旅に出たりするのかもしれない。

 

「私は悲しい。フウカ様が言うように、そんな優しい理由であればどれほど良かったのでしょう」

「それはどういう意味ですか?」

「貴女様はその立場になった事が無いので、理解出来ていないのです……魔族の食欲がどれほどのモノかということを」


 これ以上話をするつもりを無いのか、ゼロさんは視線をルリンさんの方へと向ける。

 私もそれにならって同じ方向を見つめた。


 

 白い髪の魔族はこちらには眼もくれず、私達の横を静かに通り過ぎ、屋敷の庭へと足を踏み入れていく。

 当然、結界を張った本人であるため、それが行く手を阻む事は無い。

 




 ---


 


 □


「………………」

「ルリン?!……本当にルリン? どうしたの、大丈夫?」


 母親はすぐに駆け寄った。

 

 娘――その姿は変わり果てていた。

 けれど、母親は躊躇わなかった。

 

 当たり前と言うべきか、この時代にはまだ魔族というものが何なのかは伝わっていない。

 まだ恐れる対象には、なりえない。

 私と人形の2人は会話をする事もなく、親子の姿を眺めていた。


「…………お腹空いた」


 ルリンの呟きは、小さく、乾いていた。

 それでも母親は微笑んだ。

 

「ううん、駄目よルリン」

「…………」


 母親はそう言い、もう一度娘の姿をじっくりと見る。

 異形の姿。ボロボロの服。血と泥にまみれ、まるで魔物のように変わり果てた娘を前にしても、彼女はただ、娘を抱き締めた。


「早く逃げないと。貴女は凄く頑張ったわ。この国はもう駄目みたいだけど、他でやり直せば……」

「……お腹、空いた」


 もう一度、同じ言葉。

 母親の言葉は届いていなかった。

 まるで、意味を理解していないかのように。


 少女はふらりと身体を傾け、倒れ込むように母親へ身を寄せた。


「…………本当に仕方のない子ね。じゃあ簡単なものを作った後、ここから逃げましょうか」


 母親は小さなため息を漏らしながら、少女の背中をそっと抱き上げた。

 母親は、そこから一歩も動く気配がなかった少女をおんぶした。

 少女は背負われてすぐ、母親の体へと手を伸ばし、感触を確かめるようにペタペタと手で触れる。

 

「………………」

「どうしたのル――」


 その瞬間だった。


 ぐちゃ、と音がした。


 爪が肉を裂く音。

 骨を押しのけ、彼女の小さな手が母親の胸を貫いた。

 指先が何かを掴んだ――鼓動。

 それは、まるで小鳥のように、かすかに震えていた。


 ひと息。


 血が噴き出す。

 体液と肉片が散るなか、少女はそれを口の中に放り込んだ。




 ---




「………………」

「こんなモノのどこに羨ましさがあるのでしょうか! 世界は残酷で、神は私達に試練しか課さない!」

「ルリンさんが家に戻ったのは……本能のまま……お母さんを喰べるため……」

「えぇ、その通り。それ以外の理由はありません。フウカ様はここへ来るまでに魔族の習性を学んでおいででしょう? それに間違いはございません」

 

 私は剣を鞘から引き抜いた。

 鞘走る音が、やけに重く響く。

 脚が重い。

 まるで地面に縫いつけられたかのように、一歩一歩、慎重に足を運ぶ。


 彼女の姿が少しずつ近づき、そして足を止めた

 ほんのわずか、手を伸ばせば触れられる距離。


「美味しい!美味しい!」


 魔族は狂ったように、母だったものの体をバラバラにし、貪り、次々と肉塊を口へ運んでいた。

 

 いや、狂っている。

 親だった人をこんな風に喜んで喰べるなど。

 

「ルリンさん……」


 魔族は私の言葉に耳を貸さない。

 ……当然だ。

 過去の出来事で、ここは記憶の中でしかないのだから。


 私は魔族の首を斬り落とすため、剣を高く構えた。


「フウカ様はここまでの惨状を眼にしても、殆ど動じておられない様子。その心は本当に人と同じモノと言えるのでしょうか?」

「…………人形風情が何を言っているのか知りませんが……私の大切な人は、日本に置いてきた家族だけです」


 そうだ。

 日本へ帰るため……家族の元へ帰るためだけに、ここまで頑張っているんだ。

 例え、帰るための条件が魔王を倒すことから、この世界で生きる人間の一掃に切り替わっても、私はやり遂げるつもりでいる。

 でも理由はこれだけじゃない。


 ルリンさんのこの姿……この光景はあまりに見るに堪えない。

 私はこの最低な舞台を早く終わらせる。

 

「そうですか。それはただの犠牲者だったとしても」

「……私の気持ちは変わらないです」

「それは、自分の命を救ってくれた恩人だったとしても?」

「恩人程度……天秤に乗せる価値もありません」


 剣を振りかぶり、私はそのまま一気に振り下ろす――――――

 

「……私は何をしてるんだろ」


 が、私はその一言を聞き、空を裂くように振り下ろした剣を、ルリンさんの髪に触れる直前で止めた。


「なんで私は……人なんか美味しそうに食べてるの?」

「………………」

「なんで……なんで……なんで……なんで…………」


 1人の魔族が嘆く。

 でも、それに耳を借したりはしない。


「私は…………この世界で生きる人達を救い、魔王を殺して、元の世界に戻ります」


 私は魔族の首を斬り落とした。




 ---




 剣を振り下ろした後、気がつけば例の工房の中だった。


「ここは……元の場所に戻ってきた? ……いや、まだ記憶領域の中の方が高いかな」

「はい、残念ながら……フウカ様とは最後にもう少しお話しさせて頂きたいので」

「…………」


 やっぱりいた。

 まだ私はこの人形の影響下にあるらしい。

 ……それにしても最低な茶番劇を演じさせられた。

 この人の案に乗ったのは、魔王の情報を手に入れるためだったのに……


「どうやらご不満な様子。私はご期待通りのものを提供したはずです」

「ゼロさんが言いたいことは勿論理解しました。ありがとうございます……だけど、それ以上に私は知らなくても良い事に深く首を突っ込んでしまった気がします!……貴女のせいで!!」


 この人形の言いたいのはこうだ。

 ルリンさんの体そのものが魔王の情報源。

 仮にだが、国に戻ってあの外道にルリンさんを引き渡せば、それだけでもしかしたら色々と発展があるのかもしれない。

 その上、魔物に負けたという失態を帳消しに出来、この件に関する罰ももしかしたら無くなるかもしれない。

 ひいては私が日本へ帰れる見込みが高まる。

 

 …………勿論、そんなことはしない。

 論外だ。


 それにしても、これまでの行動で再び疑問に思うが、本当にこの人形はルリンさんが作ったのだろうか?

 少しばかり異質が過ぎると思う。

 

 ……ちょっと思い返してみれば、この人形は自身の役割に管理と……もう一つ、封印と言っていた。

 これが少し気になる。


 もうそろそろ現実世界に戻らないとまずそうだし、最後に聞いておくのはありかもしれない。

 

「ゼロさん。そういえば貴女はここの管理と何かの封印をしているんですよね?」

「はい」

「おそらくルリンさんに関わる事だと思うんですけど、それって聞いて良い事ですか?」

「そうですね。私は最後にその事について話をしようと思っていました」


 人形は静かにそう呟き、こっちの方へとゆっくり歩いてくる。

 そしてほんの一瞬の殺気。

 初日で彼女を怒らせた時に感じたものと、だいぶ近しい。


「――――――ッ?!」


 冷たいものが喉に触れた。


「別に封印について語ることはそれほどありません。ただ一つ、主の抑え切れない食欲を私が管理していただけのこと」

 

 反射的に息を呑むと、金属の刃がわずかに喉仏を押し込んだ。

 

 私は動けなかった……

 動けばすぐに刃を捩じ込まれる。

 そんな距離。


「………………」


 人形の表情からは感情を読み取れない。

 私から見れば特に意味もなく、いきなりこの暴挙に出たとすら思えた。


「生者であるというのは、それ自体がとても不便です。食を抜けば死に、睡眠を抜いても死ぬ……まぁこれについては、時間のない今語る事でもありませんね。話を戻しましょう」


 人形は持っていた包丁を静かに下ろした。

 

「…………なにが、したいんですか……貴女は」

「フウカ様はあの時の主を見て、すぐに首を切り落とすという決断に至りました。それはここが作り物の世界だから、人殺しにはなりえない。そういう思いもあった事でしょう」


 そう、その通り。

 人間だけは殺さない。殺した経験が無い。

 そしてその必要もない。

 私は非道な行いをするつもりはない。


 魔族の存在だけが絶対悪で、私はあの連中に言われるまま正義を執行すれば、故郷へと帰れる。


「では、もし現実であの時と同様に、主が人を殺す化物となった場合、貴女様はどう対応するのでしょうか」

「…………」

「現在の主の封印状況は、もう崩壊寸前です。1日と持たないでしょう。そうなった原因はフウカ様です。主の頑張り次第ではありますが、最悪の場合、貴女様は目覚めると同時に死ぬ可能性もあります」


 どうやらゼロさんが言うには、私のしてきた行いの全てが、悪いことでしかないと言いたいらしい。

 まだ数日。

 それも一緒に花を見て、食事を作り、そして屋敷の中を歩いただけだ。

 

 これの何がどうなって、封印の解けるきっかけとなるのか……全ッ然理解できない。


「なるほど、そうきますか。まぁいいです、それは重要ではないので。ではもう一度聞きます。主が人を殺す化物となった場合、貴女様はどう対応するのでしょうか?」


 ルリンさんが再び人喰いの魔族となる。

 人を食べる生き物、それはもう人間ではない。

 存在する事が悪であり……目的の為、私の答えは変わらない。


 大きな恩があるとはいえ、出会って時間も経っていない人。

 それと比べてこの世界に住む多くの命、そして私の帰るべき故郷。

 こんなの天秤に乗せるまでもない、分かりきった話だ。


「それはさっきと同じです――――――私が殺します」


 ……だけどこれって正直に言って良いことだったのだろうか。

 相手は仮にもルリンさんに作られた人形。

 これはもう言ってしまえば『貴女の主人を殺す』と宣言しているようなものだ。

 

 普通ならこんなの話にもならないが……


「ありがとうございます」


 ゼロさんはわざわざお辞儀までしている。

 

「え?……なんでここでお礼?」

「私はそれを聞きたかったのです。フウカ様、是非自身が言った事を忘れず、実行に移して下さい。私は期待しております」

「………………やっぱり私に人形の言うことは理解できないです」

「理解する必要はありません。私は嬉しい。おかげさまで気分良く、フウカ様を送り返すことが出来そうです」

「そ、そうですか」


 やっぱり分かり合えない生命体のようだ。

 まぁ、仕方ない。

 これでお別れだろうし、ちょっと面白い一度きりの出会いだったと思えば、それほど悪くない。


「では貴女の意識を元の場所に戻します」

「あ、はい……」

「それと忘れてはいけません、フウカ様。今の貴女様はテーブルに並べられた料理も同義。主の気分次第で、いつ、お腹の中に入れられるか分からないということを」

「…………分かってるので早く送って下さい」


 そうだ。

 この人形が見せてきたモノ達……全部を鵜呑みにはしないけど、頭の隅に入れて置かなければならない。

 

 とりあえず現実に戻ったら、あの人の様子を注視するのは決定事項だ。

 起きて即、食材判定を下されないよう、地球の神様に祈るしかない。


 ……周りの景色がぼやけていく。

 もう時間のようだ。


 ゼロさんは一歩下がって、小さく手を振った。


「それではさようなら」


 正直、心を読まれ、後に続く心配の種を提示するだけされてのお別れなので、最低な印象しか無いが……

 

「……一応、ありがとうございます」


 そう私が返事するとゼロさんは、はにかむように唇をゆるめた。

 どこか寂しげで温かさを思う……今まで一番人間味を感じる瞬間だった。


 …………こんな事を考えてしまうあたり、私もどうかしている。

あとがきです


最後まで読んでもらえたようで嬉しいです。

続きもお楽しみください。


tips

恋愛描写メインで作品内で説明もしないからここで情報を出すんですが、No000は元は封印としての役割だけではなく、かなり色々な用途に使うための道具として生まれた人形です。


そしてゼロの中身はルリンの人間として要素・魂・魔術の才能などを混ぜに混ぜ込んだ、実質的な自分の半身です。

ルリンは自分の因子をゼロに詰め込んだ事に気づいていませんが、ゼロはルリンが自分の本体である事に気づいています。

ゼロの願いはルリンに死んでもらい、死体と化したルリンに残るであろう、人間としての残留因子を回収し、新しい生物として再誕することです。

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