表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/19

第六話 もう一体の人形

「外に出ましたけど、今日は花を見つめなくて良いんですか?」


 記憶違いでなければ、起きてる時間のほとんどは、花を眺める事に費やしていると言っていたはず。

 正直、何時間も付き合う気にはなれない習慣だけど、ここはこの人のホームなので、こっちが生活リズムを合わせるべきなのだろう。

 ただの趣味なら切って捨てるけど、なんか違うようだし。


「暫くはその必要もなくなったの」

「?……そうですか」


 良かった……


「どこから行こうかな」

「全部ルリンさんに任せますよ」


 ……実のところ本音を言ってしまえば、別に外の案内なんて必要は無いと思う。

 多分、この屋敷の中だけで充分だ。

 今の私は1人で歩けないのだから。

 こんな体で自分だけでぶらついたりはしない。


「なら、周りに建物がいくつかあるでしょ? 適当に指を指して選んでくれない?」


 いや、そんなことはルリンさんも百も承知だと思う。

 考えられる理由は何か?

 例をあげるなら私が立ち入ってはいけない場所がある、もしくは一人で入っては危険な場所があるとか?


「私の話を聞いてる……?」


 う〜ん。

 それなら『外に出るな』の一言で片付きそうだ。

 

 じゃあ他に挙げるとするなら――――――私のリハビリに付き合ってくれている?

 言葉で言うのが照れ臭くて、『案内』という体で私のサポートをしている……とか?

 

 そう考えると面白いかもしれない。

 特に普段の冷たい態度とのギャップが。


 ――――――ドンッ!


 なんて考えていたら、背中から衝撃が来た。


「なに私の話を聞かないでニヤついてるの? 気持ち悪いんだけど」

「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてました」


 思考に耽っていて気づかなかったが、どうやら後ろから蹴り飛ばされたらしい。

 ……酷い。

 

「どうでも良いから、さっさと指を指して」

「じゃあ、あそこで」


 とりあえず適当な建物を指した。

 屋敷ほどではないけど結構大きくて、見た目では用途がよく分からない古びた建物だ。

 まぁ、それは入ってみてからのお楽しみだろう。


「……作業場ね。あそこには私の作った人形や魔導書とかが置いてあるわ……長いこと顔を出してないけど」

「あぁ……ネタバレ」

「ねたばれ……?変なこと言ってないで行くよ」

 

 


 ---




 私達はその建物の入り口に来た。


「扉は私が開けて良いですか?」

「別に良いけど、開けるなら左手を使ってね」

「はい!」

 

 重々しい黒い扉を押し開けた瞬間、ひんやりとした空気が頬を撫でた。

 視界いっぱいに広がるのは、幾何学的な美しさを持つ本棚の森と、作りかけの人形の数々。

 ルリンさんは作業場と称していたけど……ここは魔導工房と呼ぶべき場所だろう。


「壮観ですね。それと凄く……」

「汚いって言いたいんでしょ」

「え、えぇ。まぁ」


 かなり埃っぽいので、こう思ってしまうのは仕方ない。


「さっきも言ったけど、ここは長いこと使ってないの。汚くて当然ね」

「そうですね」

「とりあえず歩きましょ。私もこの場所を忘れてるから、何か面白い物を見つけられるかもしれないし」


 そうしてゆっくりと工房の中を歩いていく。

 ここには屋敷の中で歩いている人形達や、外で家畜化されている魔物もいない。

 私達の足音だけが中を満たしていく。

 

 そして二人で歩いていくうちに、一風変わった……作業机?のようなものを発見した。


「丁度良かった。フウカをどこに置こうか迷ってたの。そこで座って待っててくれない?」

「置くって……私をここに置いてどこに行くんですか?」

「……ちょっと作業部屋の掃除に行くだけ」

「はぁ……別に良いですけど」


 それって今することなのだろうか?……とも思ってしまう。

 まぁ私も友達が家に遊びに来るとなってやっと、掃除を始める人間だったし、感覚的にはこれに近いのかもしれない。


「じゃあそこで待っててね〜」


 そう言って私を椅子に下ろして行ってしまった。

 結構、自由な人のようだ。

 まぁそれは、料理を1人で全部食べられた時から分かっていた事だけど……

 

「でも、こういう薄暗い場所で一人放置されるの、結構怖いんですよね……」


 仕方ないので気を紛らわせるべく、視線を机に向けた。

 

 乱雑に置いてあるのは魔導書や……これは人体の設計図だろうか?

 そしてそのどれとも違う、古びた革の表紙に金の留め具がついた、一冊の本。

 …………もしかして日記帳だったり?

 

 ありえる……可能性はかなり感じる。

 少し気分が高揚してきた。

 こういうのを見つけると、寂しさや怖さが紛れるので特に良い。

 

 ほんの少しだけ、人の中身を覗いてはいけない、という罪悪感はあるけど……

 ここに置いて行ったのはルリンさんなので、問題はない筈だ。


 そう思い私は本を開いた――――――が。


「あれ? 何も書かれてない」


 気のせいだった?

 私の勘は結構当たるものだと思っていたけど外れ――


「え……?」


 ―――刹那、頭にとても弱々しい何かが流れてくるのを感じた。


 なんだろう、これは。

 なんでいきなりこんな事が。

 魔力というのは分かるけど、何もしてないのに……なんでいきなり。


 いや、違う。

 何もしていないわけではない。

 私は本を開いた。

 つまりこれが発生源。


 最悪だ。

 この本って魔導書だったのか。

 魔力がほとんど感じられなくて気づかなかった。


「やってしまった……だけど勝手に壊すわけにはいかないし」


 まぶたが重い。

 頭の奥がふわりと揺れて、思考がぼやけていく。


「戻ってきたら…………謝らな……いと……」


 意識が、まるで水底に沈んでいくみたいに、静かに遠ざかっていった。




 ---




 微かな光が、閉じたまぶた越しに伝わってきた。

 意識がじんわりと浮かび上がる。


「くっ……ぅぅ…………んんっ」


 どうやら私は眠っていたらしい。

 瞼を開けると、まず目に飛び込んできたのは、机だった。

 そういえば魔導工房に入って、本を開いたらいきなり眠くなったような……

 

 ……あれ?

 ちょっと変だ。


 机に乱雑に置かれていた本達が、綺麗に並べられている。

 それに埃っぽくもない。

 私が寝ていた間に掃除をしたのだろうか?

 ……いや、違う。


 私は体をひねるようにして、周囲を見渡した。


 おかしい。

 本棚はあるけど人形が一つ残らず消えている。

 やっぱりここは……

 

 ――――――……コツ、コツ、コツ。


 誰かが歩いてくる音がした。

 私は即座に音のする方へと振り向くと、人形が立っていた。


「待たせたね。フウカ」

「………………」

「ここの片付けも終わったし、次に行くよ」

「………………」

「どうかしたの? そんなに見つめて」

「……………出会ったのは初めましてですよね?貴女、いったい誰なんですか?」


 目の前で私をフウカと呼ぶ少女も、かなりルリンさんに似ている。

 でも違う。

 

 この人は彼女じゃない。

 この人からは生が全く感じられない。

 人形としての形も似てはいるけど、ルリンさんほどに完成されていない。


「生が感じられない……それに完成されていないとは、とても悲しい表現です。何一つ間違っていないのが特に」

「――――――ッ?!?!」


 心を読まれた!!?

 い、いや。流石に気のせい……


「ではありません……良いですね。それに貴女はとても美味しそうです。特に溢れ出る無限の魔力というのは、理想の食材……」


 そう言いながらスン、とした顔で涎を垂らしている。

 すぐさま自身の腕でそれを拭った。


「人の心を覗くなんて、失礼な事をしてくれますね。貴女は何者ですか? ルリンさんはどこにいるんですか?」

「そう、自己紹介、悪くありません。始まりはそうでないと」


 なんだろう。

 なんか気持ち悪い。

 この人は絶対、ルリンさんが操ってる人形じゃない。

 おそらく別の人がこれを操っている。

 もしくは……


「……申し遅れました。私は(ルリン)が作った自律思考型ゴーレム(AI)最後の生き残り。No.000です」

「それ、名乗ってるんですよね……?」

「名前が呼び辛く感じられたのなら、ゼロとお呼びください。主もそう呼んでいました」

「じゃあそれで呼ぶけど……ルリンさんはどこ?」


 ……どうやら、この人形はルリンさんが動かしている訳ではなく、勝手に自分で考えて動くロボットのような物らしい。

 だけど屋敷内で動いている人形達も、勝手に動いて……


「いえ。あれらはもう、自分で思考することを許されない木偶の坊。命令されないと動くことは叶いません」


 …………はぁ。

 頭の中で疑問に思ったことは答えてくれたけど、肝心なルリンさんの居場所を聞いても、答えてくれないな。

 なら別の事を聞くことにしよう。

 作られて動く人形なら役割がある筈だ。

 

「なるほど。それでゼロさんはこんなところで何をしているんですか?」

「そう、私の役割。それは貴女をここに招いた理由にも繋がります」

「…………」

「私の役割、それはこの……」


 彼女は本棚の前に立ち、手を伸ばすことなく、ただ細く息を吐いた。

 すると、その気配に呼応するように数冊の本がふわりと浮かび上がり、まるで意思を持つかのようにそれらは宙を舞い、私の周囲を巡り始める。


「主が手放した記憶の管理と――――――封印です」

「管理と封印……?」

「えぇ。では、少しばかりお時間を頂きましょう」

あとがきです


最後まで読んでもらえたようで嬉しいです。

続きもお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ