第四話 私のご飯を勝手に食べないで!
時は次の日の朝、寝室で。
「もう一度外に行くよ!」
私が目覚めたタイミングで、バタンッ!と勢いよくルリンさんが扉を開けて入ってきた。
昨日の夜の雰囲気を感じさせない勢いで……
「あの、本当に申し訳ないんですけど……」
「なに?」
「お腹が空いて力が入りません……」
まず仕方ないとはいえ、昨日から何も食べていない。
1日の間何も食べてないと、流石に活動するのはキツイ。
昨日は食事について考えるだけで吐き気がしたというのに……どうやら人間は三大欲求に勝てないようだ。
一応、私の空間魔法内に食料は入れてあるけど、使うのは最終手段にしたいと思っている。
これを食べてしまうと、この迷宮を抜け出す時に困る可能性がある。
とりあえず義肢をある程度、動かせるようになるまではここにいるつもりなので、出来ればルリンさんの食料を分けて欲しいけど……人形って何か食べたりするのだろうか?
「あぁそんなこと。別に食べ物くらいいっぱいあるから」
「そうなんですか!!」
良かった!
人形でも食の営みというものがあって。
そして何故かこっちに汚物を見るかのような視線を送るルリンさん……?
「なにヨダレなんか垂らしてるの、汚い」
私はそう言われてすぐ、腕で口元を拭った。
「し、失礼しました!」
どうやら思った以上に空腹が限界らしい。
涎が垂れてくるレベルの空腹なんて、始めてだ。
迷宮探索中は気を入れ過ぎて、まともに食べてなかったというのも理由のうちにあるかもしれない。
「お腹が空いたのは分かったから、部屋を汚さないで。早く行くよ」
「はい!」
そうして私達は部屋を出た。
再び二人で長い廊下を歩いていく。
勿論、支えられた状態でだ。
腕の動きには多少慣れてきたけど、足が全然駄目で自分一人では歩けない。
この状態になってから一日しか経ってないので、当然といえば当然かもしれない。
そして当たり前のようにすれ違っていく、ルリンさんと同じ顔の人形達。
昨日の今日なので、実は夢なんじゃないかと思っていたが、全くそんな事はなかった。
これについての詳細は、いつ話してくれるんだろう。
――――――ぐぅぅぅぅ……
……あれ?
よく考えれば昨日、食堂に案内をしてもらっていない気がする。
いや、私がお腹は空いてないと答えたから、要らないものと判断されたのかもしれない。
この屋敷の中を歩き回るだけでかなり時間をかけてしまったし。
――――――ぐぅぅぅぅ……
そんな事を考えながら歩いていた。
「その音、静かな廊下だとよく響くのね。止めてくれない?」
「うるさくて申し訳ないとは思うんですけど、これはもう生理現象なので……」
「はぁ……もうこの扉を開けたら食堂だから」
---
扉を押し開けると、そこには思いのほか質素な食堂が広がっていた。
並んでいるのは素朴な木製のテーブルと椅子。
壁には質のいい布が掛けられているものの、過度な装飾はない。
窓際には食器棚が置かれ、銀食器がきちんと並べられている。
部屋にはしっかりと調理場もある。
「……思ってた以上ですね……」
私はこの世界に来てから、まともな料理を全く見ていなかった。
なので基本的にこの世界の料理は食べず、調味料から自分で色々考えて作っていた。
私達を召喚した城の人達も、食べ物については融通を利かせてくれなかったので、本当に悪く言って動物の餌としか言えない物しか食べてない。
「いったい何と比較したの?」
「いえ、そういうわけじゃなく……純粋に凄いなって」
もはや感動と言ってもいい。
これは料理出来る人の設備だ。
遠目に見ても調理器具はしっかり揃っているように見える。
「えっと、ルリンさんの手料理、楽しみです!」
ここまで良いモノがそろっているのだ。
どんな料理が出てくるんだろう?
もう期待しかない。
「何言ってるの? 私が作るわけないじゃない」
ん?
どういう事だろう。
思っていた答えと真逆のものが返ってきた。
いや、確かに考えてみれば、ルリンさんには多くの使用人となる人形達がいる。
あれだけの人がいるのだから、自分で作ったりする方がおかしいか。
「そ、ソウデスヨネ……」
人の温かくて美味しい手料理が食べれると、結構期待していたけど仕方ない。
でも、おかしいこの部屋には常駐している人がいない。
そんな事を思っていると、ルリンさんは何も言わず1人で冷蔵庫の方へ歩き出した。
そして何かモノを一つ取り出して、こっちに歩いてくる。
「はい、これ」
そう言って手渡してきたのは生肉。
え?
生……肉……?
なんで手渡しで?
「これは……いったい……何ですか……?」
「貴女の言う食べ物だけど。もしかして違った?」
「いえ、確かにこれは……食べれる物ではあります。ですが何でこの状態で?」
「そんなのそのまま食べるからに決まってるでしょ。食べ物なんて焼こうが煮ようが、味なんて変わらないんだから」
焼いてすらない肉。
何も工夫されていない食材。
充分な調理器具が揃っているが調理せず、食器に盛り付けるわけでもなく……
これが別種族との交流か。
「一応聞くんですが、この整頓された調理器具達はなんですか? 料理するための道具ですよね?」
……というか今気づいたけど、器具に使われた形跡が全くない。
「そうだけど……これ説明する必要ある? お腹空いてるんでしょ。そんなの気にしてないで早く食べたら?」
「説明してください!」
それにこれをこのまま食べるなんて選択肢は無い。
「何でそんな食い気味なの……はぁ、仕方ない」
---
私の勢いに押された彼女は、とても面倒くさそうに説明してくれた。
話自体は「食生活に何の関係が?」と思うほど昔に遡ってしまう。
ルリンさんはとある理由で地上に居られなくなってから、この地下迷宮に新しく家を作ったという。
元々住んでたところを基に、見様見真似でこの屋敷を建てたというのだから、かなりのお金持ちだったようだ。
この家を作るときに当然、その他の設備や調理器具も合わせて色々と作ったらしいが……
「自分で何を作っても味が感じなくて」
「味を感じない……?」
「まぁもちろん、私の料理の腕が壊滅的に悪いというのもあるだろうけど、それなら何を食べても問題ないと思ってね」
という事らしい。
うん……何だろう。
まともに説明を受けた気がしない。
まず、とある理由って何だろう?
多分その辺りに出会った当初、怒りを買ってしまった理由の一端があると思うけど……
ここで話さなかったという事は、余程隠したい事らしい。
まぁでも問題ない。
今はその隠し事はさほど問題ではなく、味を感じないのだから、この食生活も仕方ないと納得できたのでよし。
とりあえず、何を口にしても味覚が反応しない馬鹿舌と、鉄壁の胃袋を持っているのは分かった。
「分かったでしょ? ……一応、生肉が嫌なら果物もあるけど……」
……?
私の今の反応から、生肉が嫌いで文句を言っていると思われたのだろうか?
ありがたい心遣いだけど、心外だ。
というか始めからその二択なら、果物を持ってきて欲しかった。
……いや、人の家に来てこの考えは、図々し過ぎるかもしれない。
お腹が減りすぎてイライラしてるのかも。
「いえ、それよりも厨房と食材を借りて良いですか?」
「良いけど、自分で作るの?」
「はい。ルリンさんの分も作るので、期待して待ってて下さい」
味覚がおかしい人の口に合う料理なんて知らないけど、人形の体でどうやって食べるのかは気になる。
……一応、他の使用人さん達の分を作っておくのもありかもしれない。
私達だけ食べるのもアレだし。
「私の食べる必要性がどこにあるのか分からないけど……そんな大口を叩くのなら、ほんの少しだけ楽しみにしておこうかな」
料理の腕に自信があるわけではない。
絶対お母さんが作った方が美味しいし。
でも、くよくよと心を沈めた状態で作った物を出すくらいなら、自信満々な方がきっと美味しくなる。
だから言う。
「きっと涙が出るほど美味しいですよ」
私は厨房に向かって歩を進め――
――――――ゴンッ!!
ようとしたら、上手く足を動かすことが出来ず、盛大に転けてしまった。
「ねぇ、何やってるの?」
視線が痛い。
もう本当に恥ずかしい。
おまけにここからSOSを出さないといけない。
「しゅみましぇん。本当に申し訳ないんですが手伝って貰っても……」
「はぁ……分かったから。もう一緒にやるよ」
「なんか、出来上がったのは良いけど……数が多くない?」
「そんな事ないですよ」
私は今かなりお腹が空いてるし、ルリンさんがどれだけ食べるかも分からない。
残ったら後で食べるのもありだ。
それに伝えてないけど、一応他の人形達の分もある。
もちろん私達が優先だけど。
ちなみにテーブルに並べられているのは焼きたてのパン、オムレツ、鯛(近い姿をした魔物)のねぎクリームソース、サバ(同様)のトマトソース煮。
他にも色々作ってしまったが、量が足りないよりはマシだろう。
「では、そろそろ食べますか」
料理を並べ終えたので、私はエプロンを外して席へと向かった。
ルリンさんも静かに椅子を引いて向かいに座る。
なんだろう……広いテーブルのせいで、なんだか距離が遠く感じてしまう。
私はフォークを手に取ったばかりの彼女に、じっと視線を送ると……
「…………今度は何?」
「視線に気づいてくれてありがとうございます!」
そう言って私は席を立ち、彼女の隣の椅子を引いた。
隣に腰を下ろすと、彼女は少し驚いたように目を瞬かせた。
「え?本当に何してるの?」
「いや、広い席で向かい合って座るのは、なんか寂しいなって思いまして」
「やってる行動も言ってる意味も分からないんだけど、寂しいって……あなたは子供なの?」
「う〜ん、ギリギリ子供だと思いますよ? 今年で15歳なので」
地球基準だと子供だと思う。
この世界だと分からないが。
「それに私が作った料理を、ルリンさんが食べるのを間近で見たいので」
「……それで気が済むのならもう好きにして、いまだになんで私が食べる必要性があるのか、全く理解できないけど」
フォークを手に取ると、彼女は一口分だけ丁寧にすくった。
とても生肉を素手で食べている人物とは思えない所作である。
それを静かに口へ運ぶと……
「――――――っ!」
フォークの動きが止まり、僅かにまつ毛が震え出したように見える。
もしかして不味かったのだろうか?
「あ、味はどうですか〜……」
私がそう聞くと同時に、別の品をまた一口分だけすくい、すぐに口へ運んでしまった。
どうやらこっちの質問は聞こえていないらしい。
まぁ不味いと評されても、私の料理で味覚が戻ったと思えば納得出来なくもない。
そんな飲み込み方はしたくないけど。
そしてルリンさんが次々と色んな品に手を出していってる最中に……
――――――ドンッッッッ!!!!
という突然の大きな物音。
背後から響いた大きな物音に、私は思わず肩をすくめ、そのまま勢いよく振り返ると―――そこには例の人形達が数名並んでいた。
「え、いきなりなんですか?」
私達でどれだけ食べるか分からなかったから、ルリンさんに人形達の分がある、という提案もしていないのに……
突然、部屋の扉を開けて入ってきた。
いや、別に料理とは全然別件の可能性がある。
「あのルリンさん?さっきから黙ってますけど、何か反応欲しいな〜……なんて」
じゃないと、私が食事に手をつけ辛くて仕方ない。
「ルリンさん……?」
再び名前を呼ぶと、持っていたナイフとフォークを置き……
「静かにして!」
「ひゃ、ひゃい!!」
怒鳴られてしまった。
……あれ?
何か怒らせるようなこと……したっけ?
「それとこれ全部、【私】のところに持っていくから!」
「は、はい!………………ん?……え?」
【私】のところに……持っていく……?
その言葉に対して私が疑問を抱き、ひとときの間、思考に耽ろうとした瞬間。
人形達が配膳台車を用意し、次々と料理をそれに乗せていく。
「ちょちょっちょっっと待ってください!!」
「待たない」
「いーや、待ってください!私、まだ味見分しか口につけてません!!」
「…………」
私がそう言ってもルリンさんの人形達は、料理を大急ぎで台車に乗せていくを止めない。
それからとうとう、私の分を含めた全てを運び終え、台車を持って部屋を出て行ってしまった。
そして出入り口の扉の前で。
「じゃ、すぐ戻ってくるから」
「ちょっと待ってください。何か一言で良いので説明して下さい!私が!納得いく理由を!!」
「無理」
「だったらついて行きます!どこに行くのか知りませんが!」
ルリンさんが部屋から出たので、それに続き私も出ようとした刹那、部屋の扉が突然、ひとりでに閉じてしまった。
「ルリンさん!開けてください!!ルリンさん!!!」
扉を蹴破ろうともしたけど、ピクリともしない。
これは頑丈とかそういう次元じゃない。
結界を張られてしまった。
ガチガチである。
「あ〜もう。また作り直しですか!もう〜〜!」
もう仕方ない。
お腹が減った状態で考えるのも億劫だ。
空腹だとイライラしてしょうがない。
先の話と途中の気になった点は、後でゆっくり考えよう。
とりあえず今はここにある食材で、自分の分を作ってしまうのが先だ。
…………そういえば自分だけだと、まともに体を動かせないという問題もあった。
「はぁ…………」
1人でする食事はとても寂しく、味気ない。
あとがきです
最後まで読んでもらえたようで嬉しいです。
続きもお楽しみください。
Tips
ルリンのキャラデザ元は崩壊スタ◯レイルのヘ◯タ人形です。
私の1番の推しキャラです。
ちなみにマダムより人形の方が私は好みです。