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第十八話 世界で一番愛してる

 私は、隠し扉の奥へと続く、薄暗い廊下を静かに歩いていた。


 足音すらも飲み込む静寂。空気が重い。


 ……嫌な感じだ。ひどく不気味。


 私がここへ来たことは、もうルリンさんに知られているはずだ。

 扉をくぐった瞬間に襲いかかってくるくらいは覚悟していた。

 けれど――何もない。


 殺気も、気配も、待ち伏せも。


 なら彼女は、いま部屋で何をしている?

 あれほどの魔力を吹きこぼしておいて、いまだ理性を保てているというのか?


 まぁ……でも大丈夫。

 きっと土壇場でも上手くやるし、何もかも成功する。


 私はルリンさんがいるであろう寝室の扉を開けた。




 

 ---



 

 ギィ、と軋む音とともに扉が開いた。


 そこにいたのは、膝をつき、うずくまるルリンさんだった。


 床一面に広がる血。

 私が男に操作されていた時に流したモノ。

 その中心で、彼女は震えながら、血を手ですくい――必死に舐めていた。


 手のひらに、爪に、口の端に、濃い赤がべっとりとこびりついている。


 私の姿に気づいたのか、ルリンさんはゆっくりと顔を上げた。

 けれどその瞳は、焦点が合っていない。虚ろで、どこか遠くを見ているようだった。


「……どうして……戻ってきたの……?」 


 掠れた声が、ぽつりとこぼれる。

 それはまるで、自分を責めるようでも、私を拒絶するようでもあった。


 言い終わるや否や、彼女の身体が閃光のように跳ねる。


 一切の予備動作もなく――視認すらできない速さで、ルリンさんが飛びかかってきた。


 避けられなかった。……いや、私は避けなかった。


 そのまま、柔らかな体当たりを受けるように床へと倒され、ルリンさんの体重がのしかかる。

 腕を掴まれ、押さえつけられた。

 凶暴な力。爪が肌を裂くほどに喰い込む。


「…………ッ……」


 息が詰まる。

 血のにおいが、吐息に混じる。


「ねぇ……なんで戻ってきたの……」


 嗚咽まじりに、彼女が顔を近づける。


「私は、フウカのこと……喰べたくないのに……! こんなに我慢してるのに……! フウカがここに来たら……もう何の意味もないじゃない!!」


 叫びは悲痛で、切実だった。


「……大丈夫ですよ」


 私は、その痛々しい声に微笑みを返す。

 

「何が……」

「……お腹が減ったんですよね?ではそのまま食べちゃって下さい」


 一瞬、ルリンさんの瞳が揺れた。

 その言葉が信じられない、と言うように。

 

「…………」

「あぁ、でも一つお願いがあります。私は逃げも隠れもしないので、その拘束は緩めて欲しいです」


 私には考え……やりたいことがある。

 生き残る可能性があるかと言えば、そこまで高くも無いけど、やれるだけの全てをやって死ぬのならそれも悪くない。

 

「…………家族に会いたいって言ってたでしょ。……それも叶わずにここで死ぬんだよ?」

「全然構いません」

「……何も出来なくなっちゃうんだよ?!……それに……私は……」


 多分……きっと、私は彼女の気持ちを理解出来ている。

 だって私も同じだから。

 でも伝えるタイミングは今じゃない。

 もっとベストな瞬間がある。

 

「……何を躊躇っているんですか?」

「――――――ッ――」

「見れば分かりますよね?私は剣を携えてここに来た……つまり貴女を殺しに来たんです」


 私は嘘を吐き、彼女が私に手を出すよう誘導する。


「そんなわけ…………」


 ルリンさんは極度の飢餓で、おそらく現状の把握を何一つ出来ていない。

 私が一度部屋に入った理由、

 血溜まりがそこに出来ている理由、

 そして再び顔を出したわけも……

 なら、この状況を利用させてもらう。


 彼女を怒らせ私を食べるよう促す。

 

 自分を殺そうとしたんだからやり返しても良い、という言い訳作りをさせる。


「私は魔族を狩るために生きる人間ですよ。そんな人間が絶好の機会を目の前に、見逃すわけないじゃないですか」

「うるさい……」

「今回ここに来た人達は、私がルリンさんを殺すために呼んだメンバーです。私が失敗した時に討ち漏らしがないよう……」

「黙って…………」

「それに私は――」

「うるさい!うるさい!!うるさい!!!」


 悲鳴のような絶叫と共に、ルリンさんの身体が激しく震えた。

 彼女は、迷いのない獣の目で、ゆっくりと、だが確かに私の首元へと顔を近づけてくる。


 そして――牙が皮膚を裂き、肉を引きちぎった。


 熱と痛みが一気に押し寄せ、意識が一瞬遠のく。

 血が喉元からあふれ、肩を伝って滴り落ちる。

 視界はぐらりと揺れ、世界の輪郭がにじむ。


 さらにもう一度、牙が深く突き立てられようとしたその瞬間。

 私は、両腕を持ち上げ、彼女の背中を――優しく、けれど逃がさぬように、しっかりと抱きしめた。


「――――ッ……!?」


 ルリンさんの身体が、雷に打たれたようにビクリと硬直する。


 私は、こめかみを彼女のそれにそっと擦りつける。

 ぬくもりを感じたくて。恐怖や飢えよりも先に、確かにここにある感情を、彼女に伝えたくて。


「……大好きです、ルリンさん。誰よりも貴女を……愛しています……」


 さっきの戦闘で負った傷が、まだ癒えていない。

 喉の奥が焼けるように痛み、息を吸うたびに胸の奥が軋む。

 それでも、伝えなければいけなかった。


 血の泡が口元を濡らし、嗚咽混じりに、私はかすれた声を絞り出す。


「……伝えるの、遅くなりました。信じてなかったと思いますけど……さっきのは、ほとんど……嘘です」


 ルリンさんの牙が首から離れる。

 けれど彼女は、私の上から離れようとしない。

 肩にかかる体温が、わずかに震えている。


「……でも、殺しに来たのは……本当で」

「………………」

「結局、私は……貴女を殺すことが、できませんでした」


 私の言葉に、ルリンさんの肩がわずかに揺れる。

 顔は伏せられ、前髪の影に隠れて表情が見えない。


 ただ――その沈黙が、彼女の中で何かが確かに揺れていることを教えてくれた。


「…………それだけじゃないでしょ……フウカは、本当は何しに……ここへ来たの」


 掠れた声だった。

 恨みでも責めでもない。ただ、ぽつりと零れる、心の底からの問いかけ。


「ありのままの気持ちを伝えたくてここに来ました。さっきも言ったように、ルリンさん――貴女を愛してます」


 声にした瞬間、張りつめていた何かがふっと緩むのを感じた。

 傷ついた身体を引きずるようにして、私は上体を起こす。


 覆いかぶさるルリンさんの顔は、長い前髪に隠れていて、何ひとつ表情が読めない。

 ただ、熱い息遣いだけが私の頬に触れていた。


 私はそっと手を伸ばし、彼女の頬にかかる髪を指先ですくい上げる。

 やわらかく、濡れていた。

 ――涙のせいだった。


「…………なんで今言うの……それ」

「伝えたかったからからとしか……」


 まぁそれ以外にも、彼女の衝動を抑えるタイミングを狙ったというのもある。

 それに私の体を一口食べてもらった方が、後から罪悪感を突いてこっちの要望を通しやすい。

 

「…………私、また人を喰べちゃった」

「でも死んでないですし、一口だけで抑えられたじゃないですか……」

「関係ない……! 一口でも、止めたつもりでも……私は、フウカが言った通りの化物だよ……!」


 吐き出すような声だった。

 自分で自分を罰するために、敢えて言葉を鋭く尖らせている。


「…………」


 私はその言葉を否定しなかった。

 だけど、それでも。


「フウカの気持ち、凄く…………嬉しい。だけど私なんか――」


 その続きは、言わせなかった。


 私は静かに顔を寄せ、ルリンの唇を塞いだ。

 抗うようにわずかに震える肩。

 けれど、それもすぐに力を失う。


 優しく、そして深く。

 私は舌を差し入れ、彼女の迷いを探るように絡め取る。

 舌先が触れ合い、じわりと熱が広がる。


 そのまま私は、彼女の舌をそっと噛んだ。

 逃げられないように、軽く痺れるような痛みを与えて――

 ルリンさんの喉が微かに震える。


 私は唇を離し、額を重ねて囁いた。

 

「他に言いたいことは、ありますか?」


 彼女はわずかに躊躇いながら、小さく頷いた。


「…………罰を与えてほしいの。そうじゃないと……自分が許せない」


 涙のにじんだ声。

 それでも私は、微笑を崩さない。


「まだそんなことを言うんですね……」

「……内容は、フウカが好きに決めていいから……どんな痛みでも、受けるから……」


 内容を好きに決めていいと彼女は言った。

 なら……

 

「それなら遠慮なく、罰を与えます。――覚悟してくださいね」


 私はルリンさんの体をそっと抱き上げた。

 驚きの声を上げる彼女を、優しくお姫様抱っこのままベッドまで運び、そっと寝かせる。


「な、なに……えっ?」


 動揺する彼女に、私は淡々と微笑を浮かべたまま言う。


「実は、ルリンさんが私を一口食べるまで待っていたのには、理由があるんです」

「……どういう意味?」

「それは弱みにつけ込んで、こっちの要求や想いを伝えるためでした。ちょっと予想外の形ですが、思った以上の成果になりそうで私は嬉しいです」

「な、何を言ってるの……!」

「ルリンさん。あなたの罰は――私に大人しく抱かれることです」


 彼女は、顔を赤く染めて言葉を失う。


「ふ、ふざけないで! 女同士なんだよ!? それに私がそんな……辱めを……」

「罰の内容は、好きに決めていいって言いましたよね?」


 私はそっと彼女の髪を撫でた。

 震える肩に、静かに手を添えて。


「今さら逃げられませんよ。もう、覚悟を決めてください」


 そして私は、自身の血だらけの上着を外に放り投げ、彼女と肌を重ねた。

 始めは戸惑っていたようだけど、途中からはもう流れに身を任せてくれた。

 私も初めての経験だったけど、まぁ……お互いの愛を確かめる事が出来て、本当に良かったと思う。

 ルリンさんが平常時だと絶対にこんな真似は出来ないから、チャンスを作れて良かった。

あとがきです

ファーストキスは血の味だったみたいですね。


一応次回はR18パートです。

内容が気になる方はここから下のあとがきを読まずにURLから飛ぶか、私のプロフィールから探してください。


R18リンクです

https://novel18.syosetu.com/n0512kl/19




ルリンから主人公にR18的に手を出せない設定があります。

ルリンは自身の魔族としての魔力を扱えてないので、興奮状態で主人公に触れるなどすると傷つく...というのが理由でルリン側は触れません。

なんなら、あまりの快楽でルリンが本能のままフウカにしがみついて、その行為のせいでフウカが自身がS◯◯中だというのに傷だらけになる。

言ってしまえばルリンのための超介護S◯◯のような描写にするつもりだったんですが、まぁ書かなかったですね。


これは次回の話にも繋がりますが、わざわざS◯◯する理由もあります。

理由はルリンの魔族としての本能、食欲を性欲に一時的に上書きして、ある一定のラインまでルリンを理性的な状態まで戻し、ルリンに尻尾を使ってもらい主人公の魔力を食べてもらうためですね。

魔族としての衝動が強い状態でやると、いくら何でも確実に死ぬ、とフウカが判断して、S◯◯するのに至りました。


一応tips

突然ですが、外で待機してるメンバーの現状を話しますね。


一時的に人質とされていた本居ですが、主人公が屋敷の中に入った後に、すぐゼロと意気投合して2人で雑談し始めます。本居が外から持ってきた食料を2人で分け合いながら雑談をしているところでしょう。


そしてゼロは結界内の状況の全てを見ているので、勿論屋敷の中で起きてる情事も把握しています。


屋敷の中でいきなりS◯◯が始まった事を確認したゼロは、本居に千里眼の能力で屋敷の中を確認するよう言うわけですね。

言ってしまえばメイン2人の情事は、外にいる2人の食べ物のつまみと化してしまったのです。


夜桜さんは他人の能力を6割程度しか使えないのでルリンの部屋の結界を中を覗くことは出来ないし、戦闘で疲れてるので周りの音を完全無視しておねんね中です。

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