第十七話 殺し合い
外へ出ると地上のメンバーが立っていた。
「おい1番、命令通りに殺してきたんだろうな?」
「はい。少し抵抗されましたが……」
そう言って私は監視官に近づきながら、自分で切った体を大きく見せる。
「何とか殺す事に成功しました。全て監視官様のおかげです」
「そうか。……ではここですべき事は全て終わった。すぐに迷宮の外へ出るぞ」
「はい」
「1番、貴様の失態は大きい。国に戻ったら覚悟しておく事だ」
慢心しているのか、状況を想定していないのか。
まだ刻印が消失した事に気づかれていない。
なら――ここで楽に殺せる。
……などと考えていると、聖也くんの顔つきが変わり……
「――――――ッ!?。本居!!今すぐ後ろに走れ!!!!」
「えぇ?!うん、分かった!!!」
彼の指示で本居さんが全速力で、ここから離れていった。
「な、何をしている2番、20番!」
「状況が見えていないのか馬鹿野郎!!」
「貴様、口の聞き方が――」
「フウカの刻印はとっくに消えてんだろうが!!!」
「――ッ!?」
気づくのが早いな、流石は幼馴染。
よく見ている。
だけど関係ない。
バレてしまったのなら、先手を取らせてもらう。
私は迷いなく、腰の剣を抜いた。
一閃――鞘走る音が空気を裂く。
狙いは、目の前で油断しているあの男の首一つ。
その喉元へ刃が届く寸前――
キィン、と金属が悲鳴を上げた。
私の刃は、聖也君の剣に阻まれていた。
交差する鋼と鋼、火花が散る。
瞳が交わる。
彼の目には怒りも恐れもなく、ただ静かな覚悟が宿っていた。
「監視官様、お前も邪魔だ。どっか行っててくれ」
「き、貴様がいつ裏切るかも分からん!【命令だ、2番。私を守りながら戦え】」
焦りに満ちた声。
まぁ私だけでなく聖也君まで失うとなったら、この男は良くて死刑、悪くてモルモットだろうし……そう言う指示を出すのも仕方なく見える。
「……くそったれが。なら少し離れてろ!」
聖也くんは毒づきながらも一歩、男の前に出て盾となるように構えた。
剣を握るその腕に、ほんの僅かだが躊躇が見える。
「聖也君も大変みたいですね。一応言っておくんですが……その男を引き渡してくれたら、貴方達を見逃しても良いですよ?」
……数あるストックの内選んだのは、構えからして私と同じ剣神か。
まぁそうしないと私と拮抗なんて出来ない。
私がいない間に実験を経て、能力が変化している可能性もある。
話し合いで解決するにせよ、殺すことになるにせよ……慎重にいかなければ。
「……随分な話だな。これはいったいどういうつもりだ。操られてるわけじゃないだろ?」
彼の問いに、私は軽く肩をすくめて応じた。
「まぁ、そうですね。言うなれば家族のためでしょうか?」
「家族のためだと? なら、尚更おかしな話だ。お前の家族は日本にいる。何をどうしたらこんな状況になるんだよ」
「違いますよ聖也君、新しい家族が出来たんです。とても大事な人……何よりも優先すべき人だと、貴方達のおかげで理解出来ました」
言葉を交わすその瞬間、私はすでに動いていた。
腰の剣を抜き放ち、迷いなく踏み込む。
狙いは聖也くんの喉――その一点。
だが彼もまた、寸分の迷いなく剣を構えていた。
鋼が激突するが……
体勢が崩れるどころか、一歩も退かず、私の刃を真正面から受け止めた。
「驚いたか? これでもフウカがいなくなってから暫く、お前の代用品として使われていたからな。模造した加護でも、剣神の動きだけは大分慣れてきた」
……付け足すなら、私が長い事前線から離れていたせいもあるか。
るんるんで屋敷を飛び出してきたというのに、思ったより苦戦する。
「こんな事なら俺が殺しにいけば良かった。後で恨まれるのが嫌で、フウカにやらせたってのに……」
「それはありがたい気遣いですね。確かに聖也君があのまま進んでいたら、私は一生貴方を許しませんでした。それが例え刻印絡みだとしても」
聖也君や本居さんごと、あの監視官を殺しても良いと今でも思っているけど……その気遣いが見えるとやりにくい。
「……殺し合いは想定していたが、まさかこうなるとは思ってなかったな。……仲間を殺してみんなを裏切り、お前からすればそれがハッピーエンドになるのか?――ふざけやがって」
その声には、怒りでも絶望でもない――ただ真っ直ぐな苛立ちが混ざっていた。
彼は今の私以上に、故郷へ帰りたいという願いで動いている。
だからモルモットとしての役割を飲んでくれた。
そんな聖也君からすれば、今の状況は飲み込めないだろう。
「私はみんなの囮となった日、あの時点でもう自分を優先して生きると決めました。私は自分の判断でよくここまで引っ張って来れたと思いますよ。実質的な犠牲者は私と聖也君だけですから」
「で、結局何がしたいんだ、お前」
「貴方達を殺し、ここで静かに生活する事でしょうか? ……最低でも後ろで震えている男一人殺せば、反逆の印として十分じゃありませんか?」
「……そんな思い通りに運ばねえよ。俺達がいなくなった後でも他にここを訪れる奴はいる。それこそあの包帯男が近づいて来たら、俺達はどうなるか分からねえ」
確かに言う通りだ。
この場で監視官を殺したとして、それで国が私の存在を“切り捨ててくれる”保証はない。
裏切り者、もしくは敵という認識にアイツらは思うかもしれないが、それでも私の肉体を付け狙ってくる可能性がある。
そしてあの院長の存在。
アイツだけは、この状況を想定していてもおかしくはない。
なら、どうするか……
「2番!何を遊んでいる!!早くその裏切り者を殺せ!」
監視官の怒鳴り声が響く。
焦りと恐怖が混じった声色だ。
「…………ッ……。それは……」
「早く【裏切り者を始末しろ】」
ビクリと聖也君の体が震えた。
……やられた。
あの男、また刻印を行使した。
もう、悠長に言葉を交わしている時間はない。
「だ、そうだ。すまないが、俺は自分の夢を諦めるつもりはない。お前も今を守りたいんだったら、ここで俺を殺すことだな」
剣を構えた聖也君の瞳は、まっすぐに私を見据えている。
哀しみでも、怒りでもない。
――ただ、覚悟だけがあった。
「……私は最初から覚悟してますよ」
刹那、空気が震えた。
私は地を裂く勢いで踏み込み、瞬間、重力を断ち切るように跳躍する。
風を裂いて斬撃が振るった。
斜め上から一気に落とす、“殺し”の太刀。
だが、それは寸前で受け止められた。
甲高い金属音。
剣と剣がぶつかり合い。
その一撃に力負けはしていない。
だが――
聖也の足は動かず、肩もぶれない。
二合目、三合目――交差するたび、ほんの僅かずつ後手に回される。
踏み込みが読まれている。フェイントも効かない。呼吸のリズムさえずらされる。
「やりづらい……」
息が乱れる。
心臓の鼓動が耳の奥でうるさくなる。
焦りが、体の動きを鈍らせる。
「どうした、もう終わりか?」
嘲るような聖也の声と同時に、彼が動く。
攻めに転じた瞬間、その踏み込みは風のようだった。
視界に捉えたと思った時には、もう目の前にいた。
剣閃が横薙ぎに迫る。
避けきれない。
――でも、それなら。
私は逆にその勢いに身を預けるように踏み込む。
身体の軸をひねり、刃の軌道を見切って――カウンター。
「……っ!」
手首のスナップと重心移動、全てを一点に乗せて聖也の剣を叩き落とす。
火花が散り、金属音が鋭く空を裂いた。
聖也の剣が弾かれて宙を舞う――
その直後だった。
まるでその一手すら計算の内だったかのように、
聖也の拳が、風を切って私の腹部に突き刺さった。
「――――がっ……ッ!」
息が漏れる間もない。内臓を直接殴られたような、鈍い衝撃。
身体が浮き、背中から壁に叩きつけられた。
石壁が砕け、骨の軋む音が自分のものとは思えなかった。
膝から崩れ落ちる。
口の端から、熱い液体が逆流する。
「……げほっ……かはっ……!」
喉の奥を焼くような灼熱が込み上げ、血の塊が唇を濡らす。
視界がぐらつき、真っ赤に染まった床がにじんで揺れた。
息を吸うたびに肺が軋み、まともに立っていられない。
「...フウカも覚えているだろうが、これはあのデブ野郎の怪力だ。……俺の能力は色んな状況で応用が効いて、自分でも便利だと思うよ」
剣を引きずる音と共に、聖也君がゆっくりと歩み寄ってくる。
その足取りには迷いがなく、無慈悲な処刑人のような静けさがあった。
――けれど。
唐突に、彼の歩みが乱れた。
片足がふらりと空を踏み、バランスを失ったように膝が沈む。
「……っ、く……」
顔を上げたその表情には、汗と混じった鮮血がべっとりと流れていた。
鼻と口からは止めどなく血が垂れ、右目からも一筋の紅が頬を這う。
内側から身体が壊れていっているのが、素人目にも分かるほどだった。
――無理をしている。
それを見て、私は口元を歪める。
歯の裏に残る鉄臭さを吐き出すように、かすれた声で告げた。
「……自分の身の丈に合った動きを……した方が良いですよ」
お互い、満身創痍。
だけど私は剣神としての加護に、無限の魔力という特性も併せ持つ。
それもあって肉体の治癒力は圧倒的にこっちが上。
この戦い、私の勝ちだ。
私は血に濡れた剣を杖にして、ぐらつく膝を無理やり押し上げるようにして立ち上がる。
その瞬間だった。
聖也君が、ふいに剣を手放した。
金属の音が床に響き、彼は両手を静かに、頭上へと掲げる。
降参のポーズ。
「……何のつもりですか?」
私は訝しむように眉をひそめた。
問いかけに、彼は無言で片方の指だけを立てると、ゆっくりと空を指し示した。
嫌な予感が背筋を這う。
私はゆっくりと振り返った。
――空に浮かんでいたのは、無数の人形たち。
人の形をしたそれらは、音もなく、滑るように宙を漂っている。
「ルリンさん……?」
いや、そんな筈がない。
まだ起きてくるような時間では、無かったと思うが……
そして一体の人形が、本居さんを抱えて降りて来た。
「時間切れでございます、フウカ様」
聞き覚えのある、静かな声。私は目を細める。
「……その呼び方、貴女は……ゼロさん、ですね?本の外にも出て来られるなんて……」
「気になることはありましょうが、今はゆっくり問答を交わしている時間はございません」
ゼロ――いや、人形の口がそう動いた瞬間。
屋敷の中から、爆風のように魔力が吹き出した。
空気が震え、全身の毛穴が一斉に総立ちになる。
「ッ……!」
その場にいた全員が、一歩退く。
息を呑み、肌を刺すような威圧感に目を見開いた。
これは――いま目覚めた。
「……ルリンさんが起きたってことですか」
「いいえ」
ゼロの声は、静かに、しかし確実に告げる。
「そんな生易しいものではありません。この殺気――君の悪さにお気づきでしょう? 主はもう限界なのです。制御も、理性も。今にも“空腹”を満たすための行動を始めるでしょう」
「……みたいですね」
私は剣を握り直し、深く一つ息をつく。
揺れる魔力の波の中で、ただ一人、地に這いつくばっていた男――監視官へと歩みを向けた。
その男は私の姿に気づいた瞬間、青ざめた顔を引きつらせた。
そして、尻もちをついたまま、震える声を上げた。
「や、やめろ! 俺に近づくな……!! 故郷に……日本に帰れなくなってもいいのか!!」
懇願の声。だが私の足は止まらない。
ただ静かに、確かな歩調で、剣を持って男に近づく。
「2番、な、何をしている!!」
監視官は焦りのあまり、聖也君に向かって怒鳴る。
「なぜ剣を取らん!! この裏切り者を止めろ!!!」
だが、聖也君は応えなかった。
すでに刻印は、ゼロによって完全に消されている。
命令に縛られる理由も、従う義務も――もうどこにもない。
本居さんを人質に取られた彼は、沈黙のまま剣を握り返すことはなく、手を上に上げたまま佇むのみ。
「や、やめろっ……やめろおおお!!」
監視官はもがくようにして、地面を這う。
足をばたつかせ、背を地につけたまま、必死に後ずさる。
それでも私は止まらない。
「……そのうち、貴方達全員を殺しに行きますよ」
その言葉と同時に、剣閃が走った。
風を切る音すら届く間もなく、銀の刃が振り下ろされる。
一瞬。
何もかもが止まったかのような静寂のあと――
彼の首が、鮮やかに宙を舞った。
そのまま地に転がった肉塊から、血が音もなく噴き出す。
ほんの少し間が空き、聖也君がゆっくり口を開いた。
「んで、俺たちも殺すのか?」
「しませんよ。貴方達も刻印が消えたんです。折角の自由、満喫したらどうですか?」
「……はぁ、暫く何も考えたくないな。このありさまじゃあ逃げることも出来ねえし……俺はここで少し寝かせてもらう」
聖也君はそう言って、地面に寝転んでしまった。
「ゼロさん」
「はい」
「私はすぐにルリンさんの元へ向かいます」
「それがよろしいでしょう」
「……私が見ていない間に、この2人がここから逃げ出したとしても、そのまま見逃して大丈夫です」
「かしこまりました」
さて……
色々あったけど、もう一度ルリンさんのところに向かうか。
この気味の悪い感触。
下手したら命が無いかもしれない。
だけど、なんだろう。
不思議と自分が死ぬ未来が全く見えない。
「限界が来た理由は、フウカ様が主の前に一度立ったのが原因です。それも血の匂いまで残して」
「それ……今、言います?」
本当にこういうところは人間っぽい。
「……とりあえず、私は行かせてもらいますね」
ルリンさんのところに向かう。
時間が許すなら、お風呂にでも入ってから行きたい。
この血の匂いが染みついた状態で行くと、ルリンさんが苦しむだけだろうし。
「まぁ、なるようになるでしょう」
私はそのまま、急いで彼女の所へ向かった。
あとがきです
最後まで読んでもらえたようで嬉しいです。
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