第十五話 最低な再会
窓の外は、すっかり夜に染まっていた。
寝る時間ではあるけど、私は何故か落ち着く事が出来ず、厨房でおやつを作り間食を摂っていた。
……とうとうルリンさんは半月に一度、起きてくるかどうかになってしまった。
もう、いつ目覚めなくなってもおかしくないフェーズになってるのかもしれない。
そんな考えが頭の中を残留しているのもあって、私は寝付けなかった。
――――――トントン。
扉の向こうから、控えめなノック音が響く。
私はすぐさま立ち上がり、ためらいもなくドアノブに手をかけて開けた。
「ルリンさん!お腹が空いたんでs――あぁ……」
厨房の外でノックしていたのは、掃除担当の人形だった。
人形は私に向かってお辞儀をして、中へと入り、自分の仕事をし始める。
「はぁ……」
何してるんだろ、ほんと……
今のルリンさんは、自分が使う機体に花飾りを着けてないし、まずノックなんか絶対しない。
……私はなんでこんな事をしてるんだろう。
1番心配するべきなのは、ルリンさんが死ぬことによって起きる共倒れだというのに。
……本当に、この迷宮へ入ってから自分が、どんどんおかしくなっている気がする。
「……人形さん。私に何をするのが正解なのか、教えてくれませんか?」
誰でも良い。
現状を打破する方法を知りたくて、モノを言わぬ人形に質問した。
だけど返事は返ってこない。
そればかりか……
――――――ガタンッ!
「――――――ッ?!」
人形の動きも急に止まった。
まぁ、これは時々起きる。
でも問題はそれだけじゃない。
……おそらく今、このタイミングで結界内に何人か、生きてる人間が侵入した。
割と距離が離れてるのもあって、そこまで完全に感知できないが……一人、私と同じくらいの魔力総量を持った人物がいる。
「……これはある意味、天啓と言えなくもないですね」
話がどう転ぶか分からない。
だけどこれは、私が生きて地上に戻れるチャンスが出来た……かもしれない。
侵入者がどういう目的で、ここに入ってきたのかにもよるけど、大きなチャンスには変わりないだろう。
……いつも持ち歩いている剣は、あいにく自分の部屋に置いてある。
「……一応、護身のため。料理包丁をお借りするとしましょう」
これでも何かあったら、代わりに活躍してくれるだろう。
私は人のわずかな気配を辿り、静かに外へと歩き出す。
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外に出ると、知っている家畜達の気配が少し減っていた。
うちの魔物達はそこまでやわじゃないはずだけど、こんな事を出来る人達に覚えがある。
そんな相手はやっぱり……
「まぁ、貴方達ですよね」
「……よお。久しぶりだな、フウカ。元気そうでは……無さそうだが」
聖也君の視線が一瞬、私の手足をなぞる。
しかし何も言わず、静かに目を戻した。
「…………」
「一応、宣言通り迎えにきた。結構遅くなったけどな」
「みたいですね」
久しぶりの幼馴染との再会。
私はどんな顔をすれば良いか分からない。
それに……
「……連れてきたクラスメイトは本居さんだけですか。あの子は能力的に仕方ないとはいえ、後ろの人達を連れてくる必要はありましたか?」
少し変だ……
本居さんがかなり後ろで縮こまってる。
あの怯えよう。
周りに魔物達に対してかと思ったが、もしかして隠し扉の先にいる、彼女の存在に気づいているのだろうか?
「あぁ、これな。俺も必要ないと思ったんだが、まぁ……仕方なかったってやつだ。今の迷宮の難易度的にもな」
彼がそんな説明をするなか、ドカドカと足音を大きく鳴らしながら、研究員が前に進み出てきた。
そして白い法衣の男が私に話しかける
「もう良いだろう、2番。1番が魔族に操られているという線が無いことは、充分に理解させてもらった」
「そうっすか……」
「…………」
やっぱり分かっていたようだ。
本居さんがコイツらに報告したのだろう。
私の今を知らないのだから、まぁ仕方の無いことだ。
「おい、1番。貴様はこんなところで何をしている。自分の役割を忘れたのか?それとも故郷へ帰るという夢は、もうどうでも良いのか?」
「もちろん覚えています。役割も……故郷へ帰りたいという希望も、変わっていません」
「なら、なぜここから出ない!何故ここにいる魔族を始末しない!? 貴様になら出来るだろう?!」
……確かに今の私なら出来るかもしれない。
ルリンさんは弱っている。
隠れている場所も知っている。
夢を諦めてないならば、ルリンさんの死体を手土産にコイツらの元に戻れば、厳罰を免れることも出来るかもしれない。
だけど…………それは出来ない。
「彼女を殺すことは出来ません……」
「…………」
「何を言っているんだ!!相手は魔族だぞ、それを滅さないだと?!……おい1番、貴様は本当に操られていないのか??」
「もちろん操られてなどいません。まずは落ち着いて、私の話を聞いて欲しいです」
私は研究員達に今までの経緯を説明した。
みんなに生き延びてもらうために、私が囮となったこと。
死にかけているところに、彼女が助けに来てくれたこと。
彼女は魔族になってしまった元人間、ただの被害者で、悪い人ではないということ。
他にも私の希望通りに事を運べるよう、自分が今出せる最善の会話を試みた。
しかし相手は、魔族という脅威を悉く潰してくるよう、刷り込み教育を受けた大人。
神の奇蹟を信じ、そしてそれの体現者である私達が、魔族の存在を是としようと……結果は変わらない。
この世界から見る私の存在は勇者でもあり、奴隷でもあるのだから。
「馬鹿な戯言を並べるのも良い加減にしろ!!!」
怒声が屋外を裂いた瞬間、目の前の男が怒りに任せて手を伸ばす。
反論も、逃げる間もなかった。
次の瞬間、私は首を掴まれていた。
「――――――うぅぅっ……」
ひやりとした手のひらが喉元を圧迫し、空気が一気に細くなる。声にならない呻きが漏れた。
「どうやら本当に自分の立場を忘れてしまったようだな!貴様は天上の御方から賜った道具に過ぎない!知ってるか?、道具は人に意見をしないんだぞ??」
「…………うぅ」
男は私の首を絞めながら、撫でるように触れる。
何かを確かめるように。
触れ方には、ぞっとするような冷たさと狂気が滲んでいた。
「……あぁ、そうか。忘れてしまったんだな、隷属刻印がどんなモノだったのか。……これを使うのは私も心苦しいが、致し方ない……」
その一言で、背筋が凍る。
何をされるのか、わかってしまった。
だから私は必死に叫ぶように謝罪する。
「っ?!すみませんでした!!!!どうかそれだけはお赦しください」
だが男の祈りのような呟きは止まらない。
「【神よ……身の程を理解しない咎人に罰を……】」
直後、雷のような衝撃が首元から身体中に走った。
「いやっ……い゛やぁあああっ……!!」
視界が白く染まり、喉が焼けるような悲鳴が漏れる。
体中の神経が一斉に軋み、内臓が捻じれるような感覚が襲ってくる。
これは痛みではない――苦痛そのものだ。
何もかもが遠くなっていく感覚の中で、私はその場に膝をつき、そして、くずおれるように床に身を投げ出した。
「気分はどうだ。思い出してくれただろう?」
「…………」
「返事はどうした?」
「…………はい」
「分かってくれたようで何よりだ。さて、もちろんここに魔族を残すなどという選択肢はない」
……もう研究員達に逆らう気力が湧かなかった。
次に命令されることも大体予想できる。
「では2番に中にいる魔族を殺してくるよう頼むか?」
そんなあまりに最低なことを研究員が呟いた。
私はその発言を、手持ちの包丁で否定すら出来ない。
「……フウカは長い間、魔族を討伐していないと思われます。俺ではなく、彼女にリハビリさせるのがよろしいかと」
研究員は少しの間、思考に耽り、決断する。
「ふむ。確かにその通りかもしれないが、モルモット如きに意見を許した覚えはない。お前は少し無駄口を叩きすぎた。戻ったら覚悟しておけ」
「…………」
そして男は私に視線を向けた。
「……聞いていた通りだ、1番。だが、私も外道ではない」
わずかに口元を歪め、彼は穏やかに続けた。
「自分の意志で命を奪うのは、少々忍びないだろう?」
その言葉に、私は答えられずに沈黙する。
「だからこそ、これは“慈悲”だ。ありがたく思うといい」
そう言って男は魔力を纏い始めた。
私の刻印に語りかけるために。
「……はい。ありがとうございます、監視官様……」
男の瞳に感情はなかった。
ただ命令を下す機械のように、淡々と告げる。
「――【1番よ。中に潜む魔族を、殺せ】」
私は男の命令に従い彼女を殺すため、料理包丁を片手に、屋敷の中へと向かった。
あとがきです
最後まで読んでもらえたようで嬉しいです。
続きもお楽しみください。