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第十一話 地上に戻るため、再び迷宮へ

 3ヶ月ほど経った。

 今はもう杖が無くても余裕で歩けるようになり、剣も振るう事ができる。

 時々、結界を乗り越えて襲いかかって来る魔物をしばきながら、リハビリをしていた。

 もう苦戦の苦の字は無い。


 それからルリンさん。

 

 彼女は結局、体調が悪化する一方のようで、今はもう3日〜5日の間に一度顔を出す程度だ。

 何がどう悪いのか、詳しいことは分からない。

 まぁでも、しっかりと一緒に料理はするし、お話や魔術の軽い稽古などもつけてもらってる。

 

 ……ここで過ごした日々は……まぁ、楽しかったのかもしれない。

 これからあの連中の元に戻ることを思うと、憂鬱な気分になってしまうほどに、だ。

 考えても仕方ない事だけど……


 一応、あの魔物に襲われた後もゼロさんを探したが、見つけ出す事はできなかった。

 というか逆に見つけてはいけないものを見つけてしまった気がする。

 それはおそらくだけど、ゼロさんの本体が潜んでる隠し部屋だ。

 かなり巧妙に隠されていたけど、廊下を歩いてた時に偶然、今まで無かった部屋が一瞬だけ姿を現していた。

 

 すぐに消えてしまってまともに確認もしてないけど、私の直感にハズレは無いだろう。


「って、何考えてるんだろ……私。今からまた迷宮に潜るっていうのに」

 

 再び迷宮に足を踏み入れる。

 地上に戻る前にルリンさんへの挨拶も考えたけど、やっぱりしない事にした。

 というより、ここを出る日についても全く伝えてない。

 

 最近は会える時間も限られてるし、この手のお別れの話を、楽しんでくれている?ルリンさんにするのは申し訳なかった。

 

 ……楽しんでくれたかな?


 恩を受けるだけ受けて、何一つ返せてない罪悪感と自覚はある。


「……最後だしやっぱり一度直に会いに行くくらい……」


 と、ほんの一瞬だけ考え、すぐに頭を横に振った。

 

 流石に良くない。

 死亡リスクはあるし……例え死ぬ事はなくて、普通に起きてる彼女と会話する事が出来たとしても、円満の別れになる可能性は限りなく低い気がする。

 それに今の私の立場だと、魔族は確実に殺すべき対象だ。

 ルリンさんを目の前にして、衝動的に斬りかからない保証は無い。

 

 ……やっぱり無しだ。



 

 

 ということで、最後に部屋の片付けの時間である。

 私物はもちろん全部仕舞った。

 置いていく物は無い。


 そして借り物である形状変化する指輪。

 ルリンさんを含む他の人形達全員が、身に付けている、特殊な魔道具。

 これ実は、ここの結界を抜け出すのに必須道具っぽいのだ。

 一体どういう条件を組み込んでるのか分からないが……これ無しだと、時々起きる魔術の綻びを利用して進むしか出来ないようで、そんな機を狙ってる時間が勿体無い。

 なのでこれは借りパクさせて貰う。


「ルリンさん……本当にごめんなさい」


 この場にいないルリンさんに向かい、手を合わせて謝った。


「あとは……これ」


 ……初日から机にずっと放置されている髪飾り。

 これも思い出の品として、持っていかせて貰おうかな。

 人形達はみんな付けてるし、きっと私に渡すために置いていたんだと思う。

 私には絶望的に似合わないと思ったから、一回も身に付けなかったけど、一度くらい使った姿を見せてあげた方が喜んでくれたかもしれない。

 まぁ、素直に喜ぶ姿なんて殆ど見たことないけど。


 部屋の掃除も終わったので、荷物をまとめて屋敷を出る事にした。




 ---



 外に出て結界を抜け、再び迷宮へと戻ってきた。


 ……さて、仕方ないとはいえ、ここからは初めてのソロ迷宮探索だ。

 正直、かなり怖い上に心細い。


「一度死にかけてるので、尚のことではあるはずなんだけ……ど!!」

 

 ――――――グォォォォォオオオ!!


 迷宮に入って早々、結構な頻度で襲われる。

 私自身、割と狙われやすい体質なのは理解しているけど、これは思った以上かもしれない。

 …………そしてやっぱりとても奇妙だ。


 迷宮内の空気中に含まれる、魔力の密度が薄過ぎる。

 そして以前、工房で戦った魔物同様、明らかに弱体化している。

 例えるなら討伐対象がライオンから猫に格下げしたようなものだ。

 

 これならまだルリンさんの魔物の方が何十倍も強……


「あれ?なんで結界内にいる魔物は、家畜の癖にあんなに強いんだろ……?」


 まぁ、好都合な事には変わりない。

 これなら早めに地上に戻る事ができる。

 不安材料を挙げるなら、迷宮の外に出てから妙に手足が重い事。

 そして周りの魔力密度が薄いせいで、私の存在が酷く目立つのが、言ったところだろう。


 出来れば迷宮内で、生きてる人と出会うことが一番望ましい。

 今、自分がどこを歩いてるのか分からないから、案内が欲しいところだ。




 ---




「ふぅ……ようやくこの場所まで来れましたね」


 私達を蟲の巣窟に飛ばした転移トラップの近くまで、なんとか数日かけて辿り着く事が出来た。

 だけど正直、迷宮に入ってからまともに休めていないのが、あまりに痛手だ。

 

 前回はクラスのみんなだけで構成されたパーティーで、安全マージンを取り余裕を持って行動できたけど、今はそんな事をする暇は一切無い。

 半時以上の深い睡眠は、死につながるも同義だろう。

 

 でもここまで来れば、あとは来た道を戻るだけの筈。

 なのに体が異常に重い……というより義肢の動きが鈍くなり始めている?

 これは恐らく休憩云々とは関係ないと思うけど……原因は分からない。


 大声を出して助けを呼びたいが、それで近づいて来るのは、私を食べ物と認識した魔物くらいなものだろう。

 この地点まで来ても、誰1人として人間を見かけていないのだから、希望はかなり薄い。


 なら、ここで待つべきか?

 私達の首に施された魔術の効果が、聞いた通りなら、あの結界を出た時点でこちらを捕捉して、救出隊を出してくれるかもしれない。

 あの連中なら私を取り戻す為に、躍起となる気もするけど……後がかなり怖くもある。

 これにもあまり期待できない。


 ……考えている時間が無駄だ。

 もう出口までの道は分かっている。

 後は進むだけ。




 ---




 地上まであと数時間ほど走り続ければ出られる。


「くっ……!」

 

 つまりすぐそこまで見えているのだ。

 だというのに、今まで私を支えてくれていた義肢の機能が完全に停止し、立ち上がる事が不可能になった。


「なんでこんなところで止まるんですか!……早く動いて!あと少しなのに!!」


 目の前や後ろに魔物達が迫ってきている。

 どれだけ斬り殺しても、減ることを知らない害獣達。


 睡眠時間を極限まで減らし、食を殆ど抜き、神経をすり減らしながら、やっとの思いでここまで進んでいる。

 もう本当に疲れてるんだ。


 ――――――其処彼処から判別がつかない程に魔物達の雄叫びが響く。


 左腕と右足は頼りにならない。

 私は躊躇わず、剣の柄を口にくわえた。

 唇を切って、血の味が広がる。

 それでも、私の目は逸らさなかった。

 

「そこを退けぇ!!!!!!!」


 跳ね上げるように踏み込み、私は剣を振りぬいた。

 口で握るには重すぎるそれでも、私の意志だけは折れなかった。

 剣の刃が魔物の喉を裂き、血飛沫が宙に散った。


「まだ……まだだ!!」

 

 ぐらつく体を無理やり支え、私はさらに踏み込む。

 もう左手も右足も使えない。それでも、頭を振り絞るようにして剣を振る。


 目の前に飛びかかってきた別の魔物の腹を、斜めに裂く。

 続けざま、横から迫った影に体を捻って剣を叩きつける。

 振り抜いた勢いでバランスを崩し、地面に転がりそうになりながらも、残りの手足で獣の如く必死に立ち直った。


 牙を剥いて突進してきた魔物の頭蓋に、今度は跳ねるように飛びかかり、剣を叩き込む。

 鈍い感触とともに、獣の悲鳴が響き渡る。


「…………はぁはぁ……まだ、まだいけます」


 それでも出口との距離は、手足が動いてた時と比べれば、全くと言って良いほど進んでいない。

 まだ動いてくれてる生身の手足も、限界が近くなってきた。

 余力があるのは、淀みなく溢れ出す自分の魔力だけ。

 これが原因で魔物を惹きつけているのだから、全く持って恩恵を感じない。


 ……いい加減、私も疲れてきた。

 ここから脱出できた後も、きっと忙しいだろう。

 国の連中に良いように使われながら、必死に実験と訓練を耐える生活に逆戻りなのだから。


 そう。

 私は家に帰る為だけに、まだまだ苦労するんだ。

 なのに……


「貴方達は……どうしてそうも私の邪魔ばかりするんですか!!!!!いったい誰のせいでこんな目に……」


 恨み言を吐いても、目の前の肉塊や害獣達には伝わらない。

 受け止めてくれる相手がいないので、当たり散らすだけ無駄なのは分かっている。

 それでも止められなかった。


「……私はただ……普通に生活したかっただけなのに…………」


 もう助けを叫ぶ元気も、剣を振るう気力もない。

 どうしようもない。


 魔物達は私が限界だと分かり、一歩ずつ慎重に近づいて来る。


「お母さん…………お父さん……会いたいです」


 こんな状況で涙も流れない。

 私は最期を悟り、自分の手のひらを見た。


 ……自分の指をよく見ると、嵌めていた指輪が淡く光っていたのに気づく。


「…………」

 

 それに何か願うこともなく、乱暴な彼女の事を思い出した。


 魔物達が近づく足音を横に、私は眼を瞑る。


 そのときだった。

 

 指に触れていた冷たい金属――指輪から、熱があふれ出す感覚があった。

 次の瞬間、瞼の裏に、目が焼けるような強烈な光が差し込んだ。

 何かが弾ける音。

 そして――眩い光が私の体を丸ごと包み込んでいった。


 ふわりと、体が浮かび上がる。

 重力からも痛みからも切り離される感覚に、私は戸惑いながら身を任せた。

 光の奔流が、私を、どこか遠くへと連れ去っていく。

最後まで読んでもらえたようで嬉しいです。

続きもお楽しみください。

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