第三十九章 ただそこにいるだけで
視点が時々変わります。見づらいとは思いますが、ご容赦ください。
左足を一歩前に出す。
松葉杖の乾いた音が砂利道に響く。
補装具で覆われた足を引き摺るたび、体のバランスが不安定になる。
それでも前へ進む。
松葉杖が砂利に引っかかり、足がもつれる。
支えを失った体が前方へ傾いた。
「悠人くん………!」
麻衣子さんの叫びが響き、僕の体が地面に崩れ落ちる。
砂利が舞い上がり、倒れた右手が無意識に地面をつかもうと動く。
麻衣子さんが駆け寄ろうとしたが、手を挙げて制止した。
本当は痛いけど、つらいけど。格好が悪くても、見せたい。彼女に。
「……僕を………起こさないで.............ください.........っ」
「でも……!」
麻衣子さんはその場で足を止め、見ていられないという顔で僕を見つめる。
けれど自分の力で立ち上がりたいという僕の意思を彼女は察してくれた。
両手を地面について体を起こそうとする。
後遺症の残る右足は、バランスをとるのが難しい。
やや動かせる左足に全体重をかけ、肩に力を入れて震えながら上体をゆっくりと引き上げる。
松葉杖に体を預けると、再び息を整えた。
額から汗が流れ落ちる。
シャツの襟元も汗で濡れ、濃い色に染まっている。再び歩き始める。
(僕は……自分の力で………紗月さんの元に行く)
その意志が身体を前に推し進める。
私の胸が締め付けられるような思いだった。見ていることが出来ないほどに胸が痛々しく、居ても立っても居られなかった。
「悠人くん……!」
動かない指先に力を込めた。車椅子の操作スティックを押し込む指先は硬直しており、思うように動かない。それでも必死にスティックを押し続けた。
「私も……行かなきゃ」
指先に痙攣が起きてもスティックを離さない。
電動車椅子の動きは遅かったが、確実に彼との距離を縮めていく。
二人の視線が交わる。
その瞬間、何かが通じ合った。
私たちの間にあった距離と時間が、ゆっくりと解けていくようだった。
悠人くんが全身の力を振り絞り、松葉杖を突きながら最後の一歩を踏み出す。
そして、私の車椅子のアームレストにしがみつくように手を置いた。
「紗月さん……」
その一言は、彼の全ての思いが詰まった言葉だった。
彼の手に自分の手を重ねようとする。
悠人君が私の手を取り、自分の手に重ねる。
外気に触れて冷たくなっているはずの彼の手は、私の手には不思議と暖かった。
麻衣子は少し離れた場所でその様子を見守りながら、小さく微笑んだ。
彼女の瞳には光るものが滲み出す。彼女は溢れ出るそれを拭うことはなかった。




