第三十八章 エスコート
続きです。
「悠人くん……どうして私がここにいるって」
彼は一瞬だけ視線をそらし、松葉杖を握り直した。
「……最初は、千夏から聞いたんだ。けど……その時は、どうしても会いに来られなかった」
落ち着いた声で、言葉を選ぶように喋る姿を私は見守る。
「怖かったんだ。紗月さんに拒絶するんじゃないかって思って……それに、何を言えばいいのか分からなくて」
彼の握る松葉杖の手がわずかに震えている。
私はその言葉を受け止めていた。
「でも、最終的に背中を押してくれたのは、麻衣子さんだった」
悠人君がそう続けた時、私は驚いて、麻衣子さんの方を向く。
「麻衣子さん・・・・・・が?」
麻衣子さんは一瞬だけ目を伏せ、小さな深呼吸をして私と向き合った。
「紗月ちゃん、黙っていてごめん」
麻衣子さんは穏やかに慎重に言葉を続ける。
「悠人くんには何度も会いに行くよう頼んだの。でも、彼自身がどうしても勇気を持てなかった。それで……」
麻衣子さんは言葉を一瞬だけ切った。
その表情には、罪悪感と少しの迷いがにじんでいるように見える。
「それで、あなたの携帯を通じて、私が紗月ちゃんに会ってほしいって頼んだの」
「そう.........だったんだ」
「勝手なことをしてしまって......ごめんなさい、紗月ちゃん。私は...ヘルパーとして許されないことをしてしまった」
麻衣子さんを責めるつもりは無かった。
これは私のせいだ。私のふがいなさに麻衣子さんが動いてくれた、それだけのことだ。
「私は、ずっと見てきた。紗月ちゃんがどれだけ悠人くんを大切に思ってきたか。そして、別れたことでどれだけ辛い思いをしているのかも」
麻衣子さんの言葉が静かに、しかし力強く私の心を温める。
「紗月ちゃんが悠人くんを気遣う気持ちは分かる。でも、それで自分が傷ついてしまうのなら、本当に正しい選択だったのか、もう一度考えてほしかった」
その言葉に、胸が締め付けられるようだった。
自分の選択が、他人にどんな影響を与えたのかを改めて考えさせられる瞬間だった。
「麻衣子さんが背中を押してくれたのは確かだけど、ここに来るって決めたのは僕自身だよ」
悠人くんのその声には、これまでの迷いや葛藤を超えた意志の強さが宿っていた。
「紗月さん、僕はあなたにもう一度会いたかった。ただそれだけなんだ」
その言葉を聞いた瞬間、胸に温かな感覚と痛みが同時に押し寄せてくる。
私が二度と彼と会わないという選択をしたこと。それがどれほどの過ちであり、どれほど彼の事を傷つけたのか。けれどもそんなことをした私に彼は再び手を差し伸べてくれた。
「誰が僕に何を言おうと、僕がこの場所に来た理由は変わらない」
その言葉には、彼が持つ精一杯の思いが詰め込まれていた。
私を見つめる、まっすぐで真剣なそれでいて包んでくれるような優しい眼差しからは強い想いが伝わってくる。
静寂が、公園全体を包み込んだ。
木々が風に揺れ、その音が耳に優しく届く。
鳥のさえずりが遠くから響き、まるで三人の間に流れる空気を埋め合わせるかのようだった。
静かに息を整え、再び悠人くんを見つめる。
「……ありがとう、悠人くん」
麻衣子さんは肩に手を置き、わたしに寄り添うように微笑む。
悠人くんは松葉杖を握り直し、わずかに笑みを浮かべた。
その姿は下を向いて恥ずかしそうな顔をしていた出会ったばかりの時とは少し、違って見えた。




