第三十六章 またいつも通りの朝
続きです。
朝日がカーテン越しに部屋へ柔らかく降り注いでいる。
ベッドの上に横たわったまま、瞼の向こうに感じるその光にわずかに眉を動かす。
しかし、体を起こすどころか手も足もほとんど動かせる部分が以前より減っていた。
全身を覆う補装具が、私の身体にさらに、必要になっていた。
肘や手首が外れたり曲がりすぎたりするのを防ぐための肩から手首にかけてのジョイントフレーム、
それから痙性を緩和するため細い指先に取り付けられたスプリングサポート。それが私の硬直した関節を支えている。
股関節は現在の病状により常に開脚状態を維持する必要があった。これを支える開脚補助フレームが装着されていた。太ももの内側に脚の負担を軽減する柔らかなパッドが配置され、安全な角度で固定されている。膝から足首にかけては、頑丈なプラスチック製ギプスが脚全体を支え、つま先はフットサポートにしっかりと収まっている。
「おはよう、紗月さん」
麻衣子さんが部屋に入ってきた。彼女の穏やかな声が朝の静けさを優しく破る。
「……おはよう……」
声に力が入らない。なんとか麻衣子さんの方を見ようと目を動かす。
麻衣子さんはそっとベッドサイドに腰を下ろした。
「ゆっくり準備を始めましょう。今日は、外が気持ちよさそうね」
麻衣子さんは、電動リフトを準備し始めた。
リフトは私の体を持ち上げ、電動車椅子へと移動させるためのものだ。
「それじゃ、少しずつ動かしていくね」
麻衣子さんの声に合わせてリフトが動き出すと、紗月の体がゆっくりと宙に浮かんだ。
「……っ、ん……」
硬直した関節や筋肉にわずかでも力が加わるたびに走る痛み。私は静かに息を吐くことで耐えようとする。
リフトが車椅子の上で止まり、麻衣子さんが慎重に体勢を調整していく。股関節を安定させるためのパッドを再確認し、胸部の固定ストラップを優しく締め直す。
「きつくない?」
麻衣子さんに尋ねられ、ほんのわずかに首を振った。
車椅子に落ち着いた私は麻衣子さんに連れられてダイニングテーブルの前に移動した。テーブルには、湯気の立つスープと柔らかなパンが用意されている。
「今日はトマトベースのスープにしたよ。紗月ちゃん、好きだったよね」
麻衣子さんがスプーンを手に取り、そっとスープをすくって私の口元に近づけた。わずかに口を開け、慎重にスープを受け入れる。口の中で味が広がる感覚は、私にとって少ない楽しみの一つだった。
「……美味しい……」
かすかな声でそう言い、微笑む。
その顔に、麻衣子さんは安心したような表情を浮かべた。
食事を終えた後、麻衣子さんが新聞を広げ、天気予報を私に教えてくれる。その横で、静かに目を閉じた。
頭の中に浮かぶのは、悠人との思い出だった。
初めてSNSで知り合い、対面したときの緊張。彼の優しさに触れるたび、自分の苦しみが和らいでいったこと。そして、最後の旅行での笑顔――その記憶が心を暖かく包んだ。
「紗月ちゃん?大丈夫?」
麻衣子さんの声で目を開けると、彼女が心配そうに覗き込んでいた。
「……ごめんね、少し考え事をしていただけ」
私の返事に、麻衣子さんはそれ以上何も言わず、ただそばに寄り添った。
すみません……終わりまでのつもりでしたが、色々あって今日はここまでにしたいと思います。四十章くらいでラストになります。




