第三十三章 かつての友
アップする時間が飛び飛びになってしまいますがご容赦ください。続きです。
悠人の話です。
電動車椅子のモーター音が、僕の耳元で規則的に響いている。
舗道に揺れる木漏れ日、カフェから漂うコーヒーの香り。
すれ違う人々の笑顔や軽やかな笑い声。
それらすべてが、遠い世界の一部だった。
春の日差しは暖かいはずだったが、身体が凍えて冷え切ったままに感じる。
気が付くと、誰かに動かされているかのように僕は街を彷徨っていた。
なぜ自分がここにいるのか、それすらも良く分からない。
寝巻のジャージ姿にキャップを目深に被って、ぼんやりと操作レバーを前に倒し、歩道の段差に体を揺らす。
《私たちはこれからは別々の道を歩いた方が良いと思います》
その一文が胸を刺すたび、電動車椅子を操作する手に力が入らなくなる。
ふと、前方に見覚えのある姿が目に飛び込んできた。
「……千夏?」
明るいラベンダー色のニットに白いパンツを合わせた松葉杖をついた女性が、街路樹の下に立っている。肩までの髪は艶を保ち、耳元ではシンプルなシルバーのイヤリングが揺れている。
その隣には短髪の男性がいた。彼は頑丈なデザインの車椅子に座っており、そのフレームは使い込まれた痕跡が見て取れる。
二人は落ち着いた様子で何かを話していた。
親しげに話す様子は彼女が幸せになったことに安心する一方、僕の胸を容赦なく抉る。
千夏がこちらに気づくと一瞬驚いたような表情を見せる。
「・・・・・・悠人くん?」
呼びかけられたその声に、僕は顔を上げることが出来なかった。
千夏は何も言わず、僕を見ているようだった。
感じたことのない疲れと無力感。答えるべき言葉も浮かず、ただ僕はそこにいた。
「誠司、ちょっと待ってて・・・・悠人くん、なんか、あったの?」
千夏は悠人にそう聞きながら隣の男性へと視線を向けた。
誠司と呼ばれた男性は、千夏の言葉に頷き、悠人を観察するような目つきで見つめた。
「知り合いかい?・・・・・・込み入った話なら、場所を変えたほうがいいな」
その声は低く落ち着いていたが、僕のことをどこか探るような響きもあった。
「ついてきて」
千夏は松葉杖をつき直し、悠人を促すように顎をしゃくった。誠司はゆっくりと車椅子を動かし、道を先導する。
三人が辿り着いたのは、誠司がよく利用するというバリアフリー対応のカフェだった。広々とした店内には木目調のテーブルが並び、温かみのある照明が穏やかな雰囲気を醸し出している。
誠司は店内の奥へ進み、静かなテーブル席に車椅子を寄せた。千夏は松葉杖を壁に立てかけ、椅子に腰を下ろす。
僕も電動車椅子を操作して席についたが、下へ向けた顔を上げることはできない。
千夏と車椅子の男が一体どういう関係なのか、僕が聞く前に千夏はあっさりと男が恋人であると答えた。
「……あなたにはもう関係のない事でしょ」
「そっか………」
千夏が腕を組み、じっと見つめる。
「...何があったの?」
その問いに、視線を落としたまま答えた。
「……紗月さんから別れたい、って言われたんだ」
千夏の目が驚きで見開かれる。誠司も一瞬眉を寄せたが、その表情をすぐに引き締めた。
「何よそれ..............どういうこと?」
「分からない。ただ……もう僕と会いたくないって」
力なく答える僕に、千夏は苛立ちを隠せない様子で息を吐いた。




