第三十章 お願い
紗月と悠人、二人の時間の続きです。
降り続く雪の静けさと障子越しの白い明かりが、部屋の隅々まで柔らかく広がり、二人だけの空間を優しく照らしている。
「……悠人くん」
紗月さんが静かに僕の名前を呼ぶ。その声は小さく、震えていたが、それでも確かな勇気が込められていた。
「どうしたの?」
僕が答えると、紗月は一瞬視線を泳がせ、そして僕の方を見つめ直した。
「もっと……近くにいてくれる?」
その一言に、胸が高鳴る。
紗月さんの声は弱々しくも少し上ずっていた。
その言葉が放たれた瞬間に僕たちの間に漂っていた静けさがまるで音を持ったかのように感じられた。
「……うん」
その願いに応えるように僕は体を動かした。
紗月さんに近づくたびに、布団と補装具が擦れる音が静寂の中に微かに響く。
僕たちの肩がかすかに触れ合う距離に近づいたとき、そっと息を呑む音が聞こえる。
その呼吸音が耳にも届いて、僕の緊張感がさらに高まる。
「これで……いい?」
小さな声で尋ねると、紗月さんが頬を赤らめて小さく頷く横顔が見えた。
その顔には微笑みが浮かんでいたが、少し不安も感じているように思った。
「ありがとう……悠人くん。」
紗月さんが小さく、そして艶やかな声で囁く。
「……手、握ってくれる?」
その問いに、僕は胸が高鳴る。
紗月さんの勇気に答えたい、そんな思いと僕自身の思いを重ね、頷いた。
「.................................はい」
彼はそっと手を伸ばし、紗月さんの手に触れた。
その手は冷たく、硬直していた。
指先の関節が微かに変形しているのが、触れるだけで分かる。
(紗月さん、こんなに頑張ってきたんだ……。)
胸が締め付けられる思いだったが、その感情を表情には出すまいとした。
ただ、そっと彼女の手を包み込み、自分の体温を伝えるように優しく握りしめた。
「ちょっと冷えちゃってますね。温かくなるまで……こうしてて...いい...ですか?」
「……うん。ありがとう」
紗月さんの声はどこか照れくさそうだったが、顔には微笑みが浮かんでいた。
「悠人くん……」
紗月が小さな声で名前を呼ぶと、悠人は顔を少し上げた。
その瞳が不安げに揺れている。
僕は紗月さんの気持ちを確かめるように少し待っていた。
「……キスして」
その言葉に、僕は小さく頷いた。
「……うん」
ゆっくりと顔を近づけた。
二人の鼻先が触れるほどの距離になり、紗月さんの吐息が肌に微かに触れた。
その瞬間、緊張と安堵が同時に押し寄せてくる。
二人の唇がそっと重なった。
紗月の唇の確かな温もりがそこにあった。
瞳を閉じ、彼女の全てを受け入れるようにその瞬間を味わった。
キスが終わると、二人はしばらく見つめ合ったまま何も言わなかった。
紗月さんの瞳に涙が浮かんでいた。
「……ありがとう、悠人くん」
紗月さんが小さく呟く。
僕はそっと彼女の手を握り直した。
「僕の方こそ……ありがとう」
窓の外では雪が降り続けていた。
障子越しの明かりが二人の影を畳の上に映し出し、その影がゆっくりと重なって一つになる。
部屋に満ちる静けさは、二人だけの永遠の瞬間を祝福しているようだった。
その旅行が終わり、紗月さんとの連絡が途絶えた。
今日はここまでにしたと思います。明日で終わりまで上げられるかと思います。




