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RE:HUB  作者: 歪んだ部屋
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第二十九章 思い出作り

悠人と紗月、麻衣子の話です。

 冬の冷たい空気が駅構内を漂う。

 ホームから響いてくる人々の足音やアナウンスの声。

 僕は改札口の近くで彼女を待っていた。


 明るい色のタイルと、白い鉄骨で支えられたガラスの吹き抜けの屋根。

 開けた改札の前で、電動車椅子に座りたたずむ僕に対する瞬間的な目線。

 けれども今の僕は、嬉しさと緊張からくるナーバスな感情によってそれはまったくの意識の外だった。


 久しぶりに美容室に行き、荒れた髪を整えてもらった。

 退院したとはいえ、まだまだ一人で身支度をするのは難しく、母の手を借りながら濃紺のダウンジャケットに黒いスウェットパンツを着けて首には母から無理やりシルバーのネックレスを掛けさせられた。


 膝の上にかかったグレーのブランケットの下には右足のギプスは外れたものの、スウェットの下には相変わらず両足に膝から足首にかけて黒い補装具が伸びている。それを覆い隠すように新しく買った青と白の入り混じったデザインのバスケットシューズを履いた足をフットレストに乗せた。


 ふと息を吐き、改札の方へ目を向ける。そこで、静かな聞き慣れたモーター音が聞こえてきた。


「おまたせしました...悠人さん」


 声のする方を見ると、そこにはリクライニング式の電動車椅子に乗った紗月さんと、その隣で彼女を支える麻衣子さんの姿があった。


 淡いラベンダー色のコートの下に柔らかなベージュのニットセーターを着て、ウール素材のフレアスカートを合わせた装いは、彼女の儚げな美しさを引き立てている。白いスカーフを首に巻いて髪はサイドにまとめ、小さな花模様のヘアピンが留められていた。


 ダークグリーンのロングコートを着た麻衣子さんは紗月の隣に寄り添うように立っていた。紗月の医療用品や防寒具が詰められている白いトートバッグを肩に掛け、足元には動きやすさを重視した黒いスニーカーを履いている。


「ごめんね...待った?」

 紗月さんが微笑みながら声をかけてくれたので、僕は嬉しくなり自然と笑みが零れる。


「ううん、僕も今来たところだから」

 僕たち三人は列車に乗り込み、紗月さんの予約した目的地へと向かう。


 車内で紗月さんはリクライニングをさらに倒し、肩に掛けたストールを整えながら車窓を眺めていた。麻衣子さんが細やかに彼女の体調を確認するたび、紗月は「ありがとう、大丈夫だよ」と微笑みを返した。


 僕はそのやり取りをそっと見守りながらも、紗月さんに何度か話しかけた。


「景色、すごく綺麗ですね。雪がこんなに積もってるのを見るの、久しぶりかも」

「本当……まるで別の世界みたい」


 紗月さんは窓の外を見つめながら静かに答える。

 そんな彼女に僕は少し見惚れてしまう。


 三人が泊まる温泉旅館は、山間にひっそりと佇む木造の建物だった。

 入口にはスロープが設置され、車椅子でもスムーズに移動できるよう配慮されていた。

 僕と紗月さんの泊まる部屋は、和室を改装したバリアフリー仕様の二人部屋だった。畳の上には薄いフローリングが敷かれ、車椅子の移動がしやすくなっている。大きな窓からは雪に覆われた庭園が見え、障子を通して柔らかな光が差し込んでいた。

 部屋に入ると、自分の車椅子を操作して部屋の奥へ進んだ。紗月さんも麻衣子の補助を受けながら、電動車椅子を動かしてベッドの近くに止めた。


「本当に...素敵な部屋ですね」

 僕が素直に驚くと、紗月さんは微笑みながら頷いた。


「うん、ここならゆっくり過ごせそう」

 麻衣子さんは荷物を整えながら「何かあったらすぐ呼んでくださいね」と声をかけると、隣の部屋に戻っていった。


 二人っきりになると、静かな時間が流れた。

 僕は、その状況が気恥ずかしくなってベッドに横になる紗月さんを見つめながら話を切り出した。


「こうして二人で過ごすの、初めて...です...ね」

 紗月さんは少し照れくさそうに笑いながら、静かに頷いた。


「悠人くん、会ったばかりの頃の事って覚えてる?」

「会ったばかりの頃……?」


 僕が首をかしげると、紗月さんは僕とのこれまでの思い出を一つ一つ語り始めた。初めてSNSでメッセージを交換したとき、初めて会ったときの緊張感、そして二人で過ごした数々の時間。


「悠人くんがいたから、私、本当にいろんなことが変わったの」

 紗月さんの言葉に、少し照れくさくなって頭を掻いた。


「僕もですよ。紗月さんがいなかったら、きっとずっと自分の殻に閉じこもったままだったから」


 二人は、暖かな部屋の中で静かに思い出を語り合いながら、少しずつ心の距離を縮めていった。

 窓の外では、雪が静かに降り積もっていた。紗月さんはふと窓辺に目を向け、優しい笑顔を僕に向けた。


「悠人くん、ありがとう」

「急にどうしたの?」

「うん......ただ、感謝したくて」


 僕は紗月さんのその言葉にほんの僅かに違和感を感じる。

 しかし彼女の笑顔に見惚れていた僕はすぐにそれを忘れ、ただ彼女を見つめていた。


 夜は深まってくる。

 旅館の一室に訪れた静けさは、雪が降り続ける外の景色を切り取ったように穏やかだ。

 障子越しに映る雪明かりが畳に優しい陰影を落とし、その淡い光が二人の顔を照らしている。


 紗月さんはベッドに横たわって呼吸を整えながら視線を天井に向けていた。

 彼女の体はリクライニング式の電動車椅子から特注のベッドへ移されている。ラベンダー色のパジャマに身を包んだ彼女の柔らかそうで艶やかな髪は、サイドにまとめられて軽くほつれている。


 僕は紗月さんの寝ているベッドの近くに体を慎重に横たえたばかりだった。

 電動車椅子はベッドのそばに停めてある。

 膝から足首にかけて装着された補装具が、時折小さな音を立てる。

 僕たちは間を空けてはいたものの同じベッドに横になっている。

 間に空いたその距離は、僕たちの間に漂う緊張感がさらに引き立ててしまっていた。


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