第二十七章 変な男
場面が変わって、千夏の話の続きです。
章が飛んでました.......ばばばば
冷たい冬の夜、千夏は指定されたホテルのエントランスに立っていた。ホテルのロビーは白いタイルが無機質な光を反射し、静けさの中にどこか息苦しさを漂わせている。フロントスタッフの気配を感じながらも、千夏はスマホを握りしめ、緊張した表情で短いメッセージを確認した。
『604号室』
その一文が画面に表示されている。彼女は深く息を吸い込み、エレベーターのボタンを押した。
赤いコートに包まれた体を軽く震わせながら、黒いワンピースの裾を整える。低めのヒールのショートブーツのその内側には膝から足首にかけてカーボン製のしっかりとした作りの膝の補装具が歩行を助けるたびに軽い音を立てる。
右手に握る黒いアルミ製の松葉杖が硬い音を響かせる。その音がエレベーターに乗る瞬間の沈黙に溶け込み、彼女の心臓の鼓動を早めていた。
指定された部屋のドアをノックすると、数秒後にゆっくりと開いた。
「............千夏さん?」
「そうよ」
低い声とともに現れたのは、黒いフード付きパーカーを着た男だった。年は20代から30代半ばといったところか。真ん中で分けられた耳たぶくらいの長さの黒い髪は綺麗に整っている。少し神経質そうな顔をしているが、引き締まった顔は悪くない。笑顔を浮かべてはいるが、若干緊張しているようだ。
膝には防寒用の薄手のブランケットが掛けられており、彼が乗る車椅子の金属部分が無骨に光を反射している。フレームはマットブラックに塗装され、タイヤの側面には独特なスパイク模様が刻まれていた。
悪趣味な椅子。千夏は心の中で彼を嘲る。
「……入るわよ」
千夏は一瞬だけ彼を見つめた後、松葉杖をついて部屋に入った。
「適当に座ってくれ」
男は車椅子を軽く操作し、彼女のためにスペースを空けた。
千夏は補装具をつけた足をゆっくりと動かし、椅子に腰を下ろした。座る際、補装具がカチリと音を立てるたびに、彼女は視線を伏せたまま無表情を装っていた。
「ここに来た理由は......分かってるよな」
千夏は彼の冷たい声に目を向けた。
「まあね」
その返答に、男はわずかに目を細め、車椅子を前に進めた。
「思ったより綺麗な子でびっくりしたよ」
「……」
「じゃあ、さっそく始めるか」
その言葉が部屋の中に落ちると、空気が一瞬固まったように感じられた。千夏は奥歯をかみしめ、シャワーを浴びせててくれるように、と言おうとした。
「と、思ったんだが」
男は声のトーンを変え、静かに続けた。
「君を見た瞬間に気が変わった」
「?......どういうこと?」
千夏の声には、怒りと困惑が入り混じっていた。
「君が俺と同じ障碍者だって分かった瞬間、冷めた。期待させておいて悪いけど、やめよう」
「はぁ?」
彼女の声には鋭い怒りが混じり、右手が杖を握り締める力を強めていた。
「お互い様じゃない!何よ今さら、何が冷めただって?」
その言葉に、男は一瞬だけ視線を落とした。
「……今まで僕は同じ障碍者とやったことはない」
「は?」
「僕は下半身を動かせない。つまり、君を満足させる自信が無くなったんだよ」
千夏は彼の言葉に眉を寄せた。
「何言ってるの?そんなの……やってみなきゃわかんないでしょ」
男は車椅子の操作を止め、冷静な声で答えた。
「まあ、それは言い訳だ。実は他に理由がある」
いちいち勿体ぶったその言葉は、千夏の怒りをさらに掻き立てた。
「なんて言うか…君がやりたそうに見えないんだ」
「はあ?!」
杖を突き、足を前に踏み出す千夏。その動作は補装具によってぎこちなかったが、彼女の目には激しい怒りが宿っていた。
「いい加減にして!帰る」
男は彼女の怒りを静かに受け止めるようにしていたが、その目にはわずかに揺れがあった。
「まあ、落ち着けって。ちょっと話せないか。うまく言えないが、どうも君は無理しているようにしか見えないんだ。・・・・・・何があった?」
その言葉に、千夏は動きを止めた。
「……あんたに心配される筋合いはないわ」
男は彼女をじっと見つめたまま何も言わなかった。
千夏は睨み返そうと彼の顔を見つめ返す。
彼の見つめるその顔は軽蔑の目でも哀れみの目でも無かった。彼は真剣な表情を彼女へ向けている。今までの軽薄な態度は消え、鋭く見つめる眼がそこにある。
千夏はいつしか、その眼に囚われてしまった。
冷たい夜風のように、二人の間には深い静寂が訪れていた。
何故このタイミングで千夏の話になるんでしょうか?
何でなんだろう…




