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RE:HUB  作者: 歪んだ部屋
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第十九章 彷徨う

続きです。

 夜の街は、冬の冷たさに包まれていた。

 暗く湿ったアスファルトが街灯の光を反射し、どこか無機質な空気が漂っている。

 人々は肩をすぼめながら急ぎ足で通りを歩き、雑踏のざわめきが行き交う車の音に溶け込んでいく。


 千夏はその街を、松葉杖を突きながら一人で歩いていた。

 右手に握られた松葉杖は、何度も使い込まれた跡が残っている。

 グリップ部分は少し擦り切れており、手に汗が滲むたびに滑りそうになる。

 左手にもう一本の杖を持ち、その二本の支えで体を動かしていた。


 杖が地面に触れるたび、カツン、カツンと乾いた音が響く。

 その音は人々のざわめきにかき消されることなく、冷え切った空気の中に鮮明に響き渡っていた。


 細身のジーンズを履いた彼女の脚の膝の周辺にはサポーターが見え隠れしている。

 その下には足首をしっかりと固定するための補装具が装着されており、動くたびにわずかに軋む音がした。


 黒いダッフルコートに肩をすぼめて寒さをやり過ごす。

 コートの裾が風に揺れ、巻かれた灰色のストールも彼女の動きに合わせてふわりと踊る。


 千夏は、歩みを進めながら周囲の視線を感じ取っていた。

 脚が不自由なものに対する無遠慮な視線。しかしそれを今、彼女は特別な快感へと替えていた。


(見てる。私のこと……)


 彼女は内心暗い笑顔を浮かべていた。

 ふと立ち止まり、わざと疲れたように小さく息を吐いた。

 松葉杖を握る手をわずかに緩め、肩を落とす。

 それだけで、彼女の周りにいる男性たちの視線が、ほんの一瞬だが向けられるのを感じた。

 千夏はその視線を逃さなかった。


「ごめんなさい……通りづらいですよね」

 そう言って、控えめに微笑む。

 その微笑みは、どこか儚げで、守ってあげたいと思わせるような力を持っていた。

 その中身にどす黒い炎が燃えている事も知らず。


 その場を通り過ぎる男性の一人が、思わず立ち止まり声をかけた。


「大丈夫ですか?手伝いましょうか」

「本当ですか?すみません……少しだけ。あっ!」

 千夏はそう答えながら、わざと松葉杖を少し不安定に突き、バランスを崩しそうになる仕草を見せた。


 その瞬間、男の手が彼女の腕を支える。

 その触れられた感覚が、彼女に小さな満足感を与えた。


 千夏がこうした行動を取るようになったのは、悠人に告白を断られたあの日からだった。


(僕には……他に想っている人がいる)


 悠人の言葉は優しく、真剣だった。

 それだけに、彼女にとっては救いようのない絶望をもたらした。


(私じゃ、ダメなんだ)


 彼の心に届かない自分を思い知らされた千夏は、自暴自棄になりそれ以来、夜の街へと足を運ぶようになった。

 彼女の歩く姿、杖の音、そして儚げな表情。

 それらはいつしか彼女にとって、男性を引きつけるための手段になっていた。


「疲れちゃったみたいで・・・・・・すこし、あそこで休憩・・・・・・・・しませんか?」


 その夜も、千夏はスーツ姿の男性と時間を過ごした。

 ホテルの一室で、彼女は松葉杖を壁に立てかけると、コートを脱いでベッドに腰掛けた。

 男性は彼女の不自由な体を気遣うように接してきたが、それは欲望に塗れた優しさだった。

 ただ空虚だった。


(私は温もりが欲しい……ただ、それだけ)


 男性の手が千夏の肩に触れ、胸へと伸びた瞬間、彼女の心は深い虚無感に襲われた。

 唇を交わし、ベッドへと倒れこむ。

 ジーンズのボタンが外され、欲望のまま伸びていく手を彼女は享受した。


 その夜が終わり、千夏は再び一人で松葉杖を突いて朝の街を歩いていた。

 杖を突く音が寒々しい通りに響く。その音を聞くたび、彼女の心は重く沈んでいった。


(何をしたって、この虚しさは消えるはずがない。けど)


 彼女は何度もそう思った。

 しかし、その一方で、また夜の街へ足を運ぶ自分がいることも分かっていた。

 自分が壊れつつあることを理解していた。

 それでも、身体の不自由さや松葉杖を突く姿が、他人の視線を集め、同情を誘い男を操る力を持っていること、それを利用する事がやめられなかった。


 彼女の心の奥底では、悠人への未練が燃え続けていた。それが心に浮かぶたびに、偽りの温もりで何度も殴りつけ、それを消そうと、破壊しようとしていた。

彼女の行動については、悠人が全ての原因というわけではなく、会う前の事情も起因していますが

それについては機会があれば語りたいと思います。

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