第十七章 身勝手
続きです。悠人と千夏の話です
冬の午後、病室の中は静かだった。
窓越しに薄ぼんやりと差し込む、曇りがちな空から漏れる淡い光。
その冷たい日差しが、白い壁と天井を柔らかく染めている。
僕はベッドに横たわっていた。
右足は膝下から足首まで真っ白なギプスに覆われ、ベッドのフレームに取り付けられた装置で高く吊られている。横には黒い電動車椅子が置かれている。座面には厚めのクッションが敷かれ、背もたれには彼の動きを支えるための調節可能なサポートが取り付けられている。
病院指定の淡いブルーのパジャマは、一日ごとに綺麗なものへと取り換えられ、身体も看護師さんが拭いてくれるので清潔感は保たれている。
長引く入院生活に疲れが出始めていた。あまり鏡を見ないので自分がどんな顔をしているか分からない。
髪は伸びてきて、目に少しかかるようになってきた。気になるので切ってもらえるか頼んでみようかな。
(紗月さん……大丈夫かな)
心には、いつも紗月のことがあった。
手術が無事に終わったと聞いたものの、その後の状況は分からない。
不安と心配が僕の胸の中で渦巻いていた。
静まり返った病室に、扉をノックする音が響いた。
「大崎くん、入ってもいい?」
千夏の柔らかな声が聞こえた。
「……うん」
返事をすると、扉がゆっくりと開いた。千夏が松葉杖をつきながら、慎重な足取りで病室に入ってきた。
彼女は白いタートルネックセーターにベージュのロングスカートを合わせていた。その控えめながらも上品な服装が、彼女の清楚な印象を引き立てている。ポニーテールの黒い綺麗な髪は丁寧に整えられ、前髪に留められたピンクの小さなヘアピンが、冬の柔らかな光を受けてきらりと輝いた。
左手で突いた松葉杖で千夏は慎重な動きで病室の中央に進むと、ベッド脇の椅子にゆっくりと腰を下ろした。
「ひさしぶり......だね。調子はどう?」
千夏が尋ねると、僕は自嘲気味に右足を震えながら指さした。
「見ての通りだよ。これじゃあ......何もできない」
苦笑いを浮かべたが、無力感が漂う様子は隠しきれていない。
「痛みは?」
「うん、痛み止めのおかげで今は落ち着いてるよ。でも……動けないのが、なによりも..................辛い」
疲れが混じった声しか出ない。
「……そうだよね」
千夏は僕の言葉に頷きながら、そっと視線を床に落とした。
「大崎くんがすごく頑張ってるのは知ってる。こんな状況でも前に進もうとしてるの、本当にすごいと思う」
彼女の言葉は穏やかで、心からの励ましが込められていた。
それを聞いた僕は、彼女の眩しさにすぐに目を逸らした。
どうして千夏はこんなに冷たい僕に、こんなに優しくしてくれるんだろう。
千夏はしばらく黙っていたが、少し息を吸い込み、意を決したように言葉を続けた。
「ねえ、大崎くん……ずっと言いたかったことがあるの」
その声は少し震えていたが、彼女の表情には真剣な思いが浮かんでいた。
「私、大崎くんのことが好き」
その言葉が病室の静けさを切り裂いた。
なんとなく彼女の想いに気づいてはいた。
彼女の優しさ、彼女の気遣い。それがなければ今の悠人は無かったのかもしれない。けれど。
悠人の頭の中には、紗月の顔が浮かんだ。手術前の不安そうな表情、リハビリを頑張る彼女の姿……紗月に向ける想いが胸を締め付けた。
(紗月さん……)
悠人は少し口ごもりながら答えた。
「千夏……ありがとう。でも……」
いつか、言わなければならないと思っていた。それを今伝えるべきなのかは僕には分からなかった。
僕は本当に、最低な奴だ。
「僕には……他に想ってる人がいるんだ」
千夏の表情が一瞬曇った。しかし、彼女は気丈に微笑みを浮かべた。
「.................そうなんだ」
その声はかすかに震えている。
千夏はゆっくりと松葉杖を手に取った。その姿を目で追うことが出来ない。
「うん。分かった」
彼女は振り返り、柔らかく微笑んだ。
その笑顔には切なさと優しさが同居していた。
「ちゃんと元気になってね。私、いつだって応援してるから」
「千夏……」
悠人は千夏に何と答えればよいか分からなかった。
どうしてよいか分からずただ俯いていた。
千夏が病室を出ていくと、扉が静かに閉まった。
千夏が去った後、病室には再び静けさが戻った。
悠人は天井を見つめながら、深く息を吐いた。
(気持ちに応えられなくてごめん。でも)
その言葉は静まり返った病室に吸い込まれていった。
何しに来とんねん!!




