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RE:HUB  作者: 歪んだ部屋
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第十四章 もし私が

続きです。

 手術室の中、紗月は目を閉じたまま静かに横たわっていた。周囲には医師や看護師たちの低い声や機器のモニター音が響き、冷たく研ぎ澄まされた空気が漂っている。

「これから麻酔が効いてきます。安心してくださいね」

 麻酔科医の落ち着いた声に、かすかに頷いた。意識が深い闇に引き込まれていくのを感じる。

「悠人くん……また会えるよね……」

 心の中でそう呟くと、次第に全ての音が遠ざかり、感覚が溶けていく。


 目を覚ましたとき、紗月は穏やかな日差しが降り注ぐ場所に立っていた。

 鮮やかな青空の下、どこまでも続く石畳の道。周囲には色とりどりの花が咲き、行き交う人々が楽しげに話している。

「ここ……どこ?」

 自分の足元を見下ろした。履いている白いスニーカーの感触が足に心地よく伝わってくる。高校生の時に買った夏物の水玉模様のワンピースを着ている。買ってから何年も経っているはずなのに不思議と違和感はなかった。洗ったばかりのいい匂いがする。

 細くて華奢な手が、力強さを取り戻していた。それは当たり前のもののはずなのにどこか違和感がある。

 ふと目の前に広がる光景に引き込まれた。

 商店が立ち並ぶ通り、カフェのテラスに座る人々の笑い声、風に揺れる木々の音──それは、どこか懐かしく、それでいて初めて見る光景だった。

 石畳の道を進むと、道端にしゃがみ込んでいる男の子が目に入った。短い黒髪に柔らかな表情、膝の上にスケッチブックを広げ、何かを熱心に描いている。不思議と引き寄せられるように彼に近づいた。

「何を描いてるんですか?」

 思わず声をかけると、男の子は顔を上げた。その瞳は深い茶色で、驚きと柔らかな笑みを浮かべていた。

「あ、これですか?」

 彼はスケッチブックの中を見せる。そこには目の前に広がる町並みが繊細に描かれていた。

「すごい……綺麗ですね。本物みたい」

 口に手を当てて驚いた声を上げると、彼は少し照れたように笑った。

「そう言ってもらえて嬉しいです。まだまだ未熟、ですけどね」

 その謙虚な態度に思わず笑みを浮かぶ。

「私、秋山紗月っていいます」

「僕は大崎悠人です」

 名前を交わした瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。初めて会ったはずなのに、どこか懐かしい感覚。

「この辺りに住んでいるんですか?」

 悠人が尋ねると、腕を後ろに組んで少し上を向いて答えた。自然と笑みが浮かぶ。

「いいえ。ただ、この町がとても素敵で……なんとなく歩いているだけなんで」

「僕の家の近くにもっといい場所があるんです。そこまで少し一緒に歩きませんか?」

 彼の誘いに、少し驚いたが、嬉しくなって頷いた。

 並んで石畳の道を歩き始めた。

 カフェのテラスから漂う甘いパンの香り、通りを飾る花の色とりどりの美しさが会話に彩りを添える。

「悠人さんは、いつからこの町に?」

 紗月が尋ねると、悠人は肩をすくめた。

「えっと、五歳とか六歳くらいだったかな、あはは.........正直よく覚えていないんです。でも、来た時からこの町が好きで、よくスケッチを描いているんです」

「そうなんですね……あの、こんなこと急に言われて変に思うかもしれないんですけど私たち、以前どこかでお会いしませんでしたか?」

 その言葉に、悠人は少し真剣な表情になりながら頷いた。

「うん、あの.........実は僕もそう思っていました。なんか不思議な感じです」

 その言葉に、紗月は小さく頷き、二人の歩みは自然に続いていった。


 しかし二人が歩いていると、空が次第に灰色に染まりはじめる。

 晴れ渡っていた青空がゆっくりと曇り、急速に町並みの明るさが失われていく。

「あれ、雨……かな?」

 紗月が不安そうに呟くと、悠人は何かを察したかのようにぴたりと立ち止まり、先程あった柔和な笑顔は消え、硬い面持ちで彼女に向き直った。

「.........もしかしたら、この時間が終わりに近づいているのかもしれないな」

「え?終わりって……どういうこと?」

「えっと、それは.........」

 悠人の言葉に紗月は戸惑いを隠せなかった。悠人はなんとか彼女を安心させようとしているのかぎこちなく微笑んで彼女の手を取る。

 冷たい風が吹き始める。美しかった景色は急に黒ずみ始めた。

「僕は.........何を言ってるんだろう...........何で.......自分でも分からない。あっ、でも!一つだけはっきりと言えることがあるんです」

 悠人は紗月に向き直り、何かを伝えようと紗月の目を力強く見据える。その顔に紗月は少し息をのんだ。

「君と僕との絆はもう消えたりしない」

 その言葉に、胸の奥が締め付けられるような感覚を覚える。

 雨が降り始めた。濡れたワンピースが肌に張り付いていく。水滴の滴るぬかるんだ地面をただ見ていた。

 私は気づいてしまった。私の生きている場所は、ここではないことに。

「.........ずっと、こんな風に一緒に歩いていられたら良かったのに……」

「きっと、またこうして歩ける日が必ず来ます。それまで............」

 悠人の言葉に、紗月は涙をこぼしながら頷いた。

 次の瞬間、世界は光に包まれ、悠人の姿も町並みも消えていった。

「悠人くん……!」


 彼の名前を呼ぶ声が、自分の声なのかも分からないまま、意識が覚醒する。

 手術室の天井がぼんやりと見え、機械の音が耳に響いてくる。

(手術は……終わったのかな……)

 眠気が襲い、再び静かに目を閉じた。


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