第十二章 もう一度だけ
内容を直していたら、間違えて更新を押してしまい、全て吹っ飛びました。おーい……(泣
冬の夜、病室の天井は無機質な蛍光灯に照らされ、どこか冷たい印象を与えていた。電動ベッドをゆっくりと操作して上体を起こし、深く息を吐く。動きづらい補装具の重みが、体だけでなく心にも圧し掛かっているように感じる。
「……怖いな」
呟く声は部屋の静寂に吸い込まれ、誰にも届かない。目を向けた先には、サイドテーブルに置かれた悠人くんからの贈り物──小さな銀のブレスレットが輝いていた。
手を伸ばそうとしたが、動きの制限された腕は思うように動かない。指先に触れるのが精一杯だった。それでも、冷たい銀の感触が少しだけ気持ちを落ち着かせる。
そんなとき、スマートフォンが振動し、画面に「悠人くん」の名前が浮かび上がった。
「……悠人くん?」
「こんばんは。眠れそうですか?」
「眠れないね……やっぱり怖いよ」
「今病院の近くに来ています。面会時間、まだありましたよね」
「え?」
驚いて、思わず体を起こし直した。
「どうして……」
「紗月さんに伝えたいことがあって」
「でも……無理しなくても……」
「無理なんかじゃないですよ」
彼の声の温かさが、私の不安を少しずつ和らげていく。
「わかった……待ってるね」
病室のドアがノックされ、ゆっくりと開いた。モーターの低い音とともに、悠人くんが電動車椅子を操作して入ってきた。冬の夜風を受けた深い青のマフラーが首に巻かれ、膝の上には小さなリュックが乗せられている。
「あの、こんばんは」
「悠人くん……」
悠人くんは車椅子のスピードを緩め、慎重にベッドの隣に寄せた。モーター音が止まると部屋は再び静寂に包まれる。
「……調子はどうですか?」
彼が尋ねる。むりやり少し笑って答える。彼に出来るだけ心配をさせたくなかった。けれども、今は彼に縋りたかった。
「正直、すごく怖いよ。手術が失敗したら……動けなくなるかもしれないってどうしても考えちゃう。そうしたら私は…」
悠人くんは私の話を何も言わず聞いていた。私が話し終えるとリュックから小さな包みを取り出し、彼女の目の前に差し出した。
「これ、紗月さんに渡したくて」
「……え?」
驚いて手を伸ばそうとする。けれども腕が震えてしまう。補装具が動作を邪魔する。
「ごめん……私……」
「そのままでいいですよ」
悠人くんは優しく微笑みながら包みを開け、中から手作りのメッセージカードを取り出した。それを私の膝の上にそっと置く。
「これ……悠人くんが書いたの?」
「はい。気持ちを伝えたくて、下手ですが手書きしました。その方が気持ちが込められるかなって思って…」
カードに目を落とし、慎重に指を動かしながら文字を追った。
(紗月さんへ。
僕はずっと、自分の体に負けそうでした。でも、紗月さんが頑張る姿を見ていると、僕も前を向けたんです。
明日の手術は怖いかもしれない。でも、紗月さんなら絶対に乗り越えられると信じています。どんな結果でも、また一緒に笑える日を作りましょう)
涙が零れ落ち、シーツに落ちていた。悲しい顔はみせたくなかったのに。
「悠人くん……ありがとう。本当に、ありがとう」
涙を拭いながら小さく笑みを浮かべる。
悠人くんが柔らかに微笑み返してくれる。
しばらくの沈黙のあと、思いついたように悠人くんが尋ねた。
「紗月さん、手術が終わったら何がしたいですか?」
「……外に出たいな。本物の海とか、夜景とか……行きたい場所がいっぱいある」
「全部一緒に行きましょう」
「本当に?」
「もちろんです。僕も、紗月さんと一緒に外の世界をもっと見たいですから」
ふと窓の外に目をやった。冷たい空気が漂う冬の夜だが、その先には広い世界が広がっている。その世界に出られる未来が、少しだけ現実味を帯びて感じられた。
「ホントはこのまま一緒にいたいんですけど、面会時間が終わっちゃうので帰ります。名残惜しいけど」
悠人くんが静かにそう言うと、寂しい気持ちをこらえて少しだけ頷く。
「本当にありがとう。悠人くんが来てくれたから、不安が少し和らいだよ」
「僕も、紗月さんに会えてよかったです」
悠人くんは電動車椅子のスイッチを入れ、静かに操作して部屋の出口へ向かった。その背中に向けて、私はできるかぎり力強い声を投げかける。
「必ず、無事に戻るから!」
振り返った悠人くんの顔に穏やかな笑みが浮かんでいた。
「待ってます」




