第十一章 クリスマスの一時
続きになります。
冬の冷たい朝、早めに目を覚ました。手術を控えた紗月とのクリスマスの約束。僕が何よりも待ち望んでいた日だった。
なるべく最高の状態で彼女に会いたい。
そう自分に言い聞かせながら、いつもより丁寧に体を整える。
右足は相変わらず補装具で固定されている。普段は車椅子での生活が中心だが、今日は少しでもいい姿を見せたいと思い、松葉杖も準備した。
紺のコートを羽織り、黒のニットとスラックスを合わせた装いは、何となく自分の雰囲気に合っていると思った。母が選んでくれた深い青色のマフラーを巻き、車椅子の膝には、慎重に包んだ小さなプレゼントが置かれている。
靴は、リハビリ用のブーツを履いた。頑丈で支えが効く一方、どこか重々しいその靴は、嫌いだったが、これが無ければ今日はだめだった。
「紗月さん、喜んでくれるといいな……」
静かに呟くと、準備を整えた車椅子を操作し、公園へと向かった。
クリスマスの夜、公園はイルミネーションの光で彩られている。木々に巻きつけられた電飾が冷たい空気にきらめき、大きなクリスマスツリーがその中心にそびえている。
約束の時間より少し早く到着した。自分の車椅子を慎重に動かしながら、待ち合わせ場所であるツリーの近くで静かに待つ。
「寒くないかな……」
そう呟きながら、行き交う人々の幸せそうな声に耳を傾ける。カップルや家族たちの笑い声、遠くから聞こえるクリスマスソング。それらが、心に少しずつ緊張と期待を混ぜていく。
遠くから「悠人くん!」という声が響くと、不安な気持ちがぱっと吹き飛んだような、そんな気がした。
白いコートを羽織り、赤いチェック柄のブランケットを膝に掛けた紗月が、電動車椅子を操作して現れた。リボンで控えめにまとめられた髪が、クリスマスの光の中で柔らかく揺れている。
「紗月さん!」
軽く手を振り、彼女を迎える。
「こんばんは、悠人くん。待たせちゃった?」
「いえ、僕もさっき着いたところです。寒くなかったですか?」
「ううん、平気。でも……悠人くん、今日の服、すごく素敵だね。似合ってる」
紗月の言葉に、少し顔が温かくなる。
「紗月さんも、とても綺麗ですよ。そのリボン、すごく似合ってます」
紗月さんのはにかんだ笑顔が見えた。とても素敵な笑顔。
二人で並んで車椅子を進め、大きなクリスマスツリーの前で止まった。
「こんな綺麗なイルミネーション、初めて見るかも」
紗月さんが見上げながら、小さく呟いた。口調は落ち着いていたが少し弾んだ彼女の声には、心からの感動が滲んでいた。
「僕もです。こうして紗月さんと一緒に見られることができて、本当に嬉しいです」
その言葉に、紗月さんはまた柔らかな笑みを浮かべた。
「クリスマスみたいなこんな時に外に出るのって、やっぱりちょっと怖いけど……今日は来てよかった」
「怖いって?」
「こういう時って人がいっぱいいるから、人の目が、気になっちゃうんだ。どう見られてるんだろうって。でも、悠人くんといると、そんなのどうでもよくなる」
僕はその言葉を聞きながら、じっと彼女を見つめていた。
「僕も同じです。紗月さんがいるだけで、車椅子に乗っている僕が自分のままでどうでもよくなる気がします」
クリスマスツリーの下、二人で静かに輝く光を眺めていた。冷たい空気の中、ツリーから漏れる暖かい光が僕たちの顔をそっと照らしている。
「紗月さん、これ……」
自分の膝に乗せていた小さな包みを、慎重に手に取った。麻痺の影響で指先は細かな動きが難しく、プレゼントを持ち上げる動作さえも注意深く行わなければならない。
「え……プレゼント?」
紗月さんは驚いたように目を見開き、補装具で固定された手を慎重に伸ばして受け取ろうとする。しかし、スムーズには動かない手首に少し焦りを感じたのか、僕はそっと手を差し出す。
「そのままでいいですよ。僕がここまで持っていきますから。」
「ありがとう……。」
偶然に指先が触れあったとき、ほんの少しだけ弾かれた様になった。二人で少し笑ってしまいそうになる。
紗月は手元に来た包みを見つめ、ぎこちない手の動きでゆっくりとリボンを解いた。開ける動作に手間取っている。
「ごめんなさい、もっと簡単に開けられるようにすればよかったですね……」
「ううん、大丈夫だよ」
すこしぎこちなく笑いながら、紗月は手元に意識を集中させる。ようやく包みが解け、中から輝く銀のブレスレットが現れた。
「……すごく綺麗」
彼女は目を輝かせながらそれをじっと見つめていた。
「手術のときも、これを見て少しでも安心できればいいなと思って……」
僕がそう言うと紗月さんは顔を少し下げた。目が少し潤んでいる様に見える。
「悠人くん……ありがとう。本当に素敵。私にこんなに似合うもの、あるなんて思わなかった」
彼女はそれを腕につけようとしたが、補装具に阻まれてうまく手を動かせない。何度か試したあと、少し困ったような表情で顔を上げた。
「ごめん……自分じゃつけられないみたい」
「僕が、やってみましょうか」
慎重に車椅子を寄せ、彼女の手首にブレスレットを巻こうとする。しかし、僕の指先の動きも完全ではないため、留め金を扱うのに苦労する。
「少し時間がかかっちゃいますけど……」
「ううん、悠人くんがつけてくれるの、嬉しい」
指先を何度も確認しながら慎重に操作し、ついにブレスレットを留めることができた。
「……つけられました」
「ありがとう、悠人くん」
紗月さんは輝くブレスレットを眺めながら、嬉しそうに微笑んだ。
「実はね……私も用意してたんだ」
紗月さんが自分の膝の上に置いていたバッグから、丁寧にラッピングされた小さな箱を取り出した。しかし、腕の麻痺で少し重いものを持つのは難しいため、バッグの中で何度か手が滑る。
「……少し待ってて」
そんな彼女の様子を黙って見守っていたが、彼女の動きがさらに苦しそうになると、そっと声をかけた。
「紗月さん、僕が手伝いましょうか?」
「……うん、お願いしてもいい?」
彼女の頼りない手からバッグを受け取り、箱を慎重に取り出して彼女に渡した。
「ありがとう。これ、悠人くんに」
紗月が渡した箱を悠人が開けると、中には濃紺のマフラーが入っていた。
「これ……紗月さんが作ったんですか?」
「うん。手がこんなだから、時間かかっちゃったけど……」
紗月さんが少し恥ずかしそうに顔を伏せた。
「すごいです。紗月さん、こんなに綺麗に作れるなんて」
そう言いながら、慎重にマフラーを首に巻いた。
「暖かい……本当にありがとうございます」
「よかった……使ってくれたら、嬉しいな」
紗月さんの言葉に、僕はしっかりと頷いた。
ツリーの輝きが二人の顔を照らす。
イルミネーションの光が周囲の空気を温かく包んでいた。
「悠人くん、今日は本当にありがとう。私、すごく楽しかった」
「僕も、紗月さんと一緒にいられて嬉しいです」
「手術は怖いけど、今日こうして悠人くんと笑えたから、大丈夫な気がする」
紗月がそう呟くと、悠人は静かに頷いた。
「紗月さんが頑張っているから、僕も頑張れます」
僕たちはしばらくの間、静かにツリーを眺めていた。冬の澄んだ夜空。街の灯りを掻い潜って、星が瞬くように見えた。
「これからも、一緒に頑張ろうね」
「はい」
冬の澄んだ夜空に、白い息がゆっくりと浮かび上がり、消えた。




