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RE:HUB  作者: 歪んだ部屋
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第十章 吹雪の下山

続きです。

 冬の冷え込みが本格化する朝、悠人はリハビリセンターに向かっていた。冷たい風が頬を刺すが、心の中は熱を帯びていた。

「紗月さんに……手術前に少しでも元気を届けたい」

 この数週間、自分を追い込むようにリハビリに励んでいる理由はその一心だった。次に会う日が決まったとき、紗月の不安そうな声が電話越しに耳に残り続けていた。それは、ただ静観しているだけではいけないという衝動を呼び起こした。

「彼女の為に、僕だって……きっと」

 リハビリセンターの入り口に到着すると、深呼吸をして気持ちを引き締める。車椅子から自力で松葉杖に体重を移すと、両手にぐっと力を込めて立ち上がった。足を支える補装具が軋む音が響くが、それに構う余裕はなかった。

「今日の目標は、自力での歩行距離を少し伸ばすことです。無理をせず、少しずつやりましょう」

 リハビリ担当の理学療法士がそう声をかける。黙って頷き、目の前に敷かれた歩行用のマットに視線を固定した。

 松葉杖を前に出し、体重を慎重に移動させる。補装具で固定された右足を一歩前に出すが、その動きはぎこちなく、わずかに足元が揺れる。左足を追従させるのも、全身に力を込めなければならない。

「大崎さん、ゆっくりでいいですよ」

 療法士の声が聞こえるが、頑なに前を向いた。

「大丈夫です。もう少し行けます」

 その声には決意がこもっていた。

 一歩、また一歩。汗が額を伝い、補装具の中で足がしびれる感覚が襲う。それでも進み続ける。

「紗月さんに……頑張れば少しでも希望を持てるんだって所を、見せたい」

 だが、右足が急にふらつき、支えきれなくなった体が松葉杖に倒れ込むように傾く。

「大崎さん!」

 療法士が慌てて支えるが、苦笑しながら首を振る。

「すみません……大丈夫です。」

 浅く息をつき、もう一度立ち上がる準備を始めた。

「悠人くん!」

 千夏が、突然、リハビリ室に松葉杖を突いて足を踏み入れてきた。どうやら悠人のリハビリの様子を廊下から見ていたようだ。

「千夏、どうしたの?」

 身体を支えられて松葉杖を直しながら、普段と変わらない声で尋ねる。

「どうしたのじゃないよ! そんな無茶して……もう少し自分の体を大事にしてよ!」

「無茶なんかしてない・・・・ただ、僕にできることをやってるだけだ」

 できるだけ冷静に答えたが、逆にそれが千夏を苛立たせたようだった。

「できることって……体を壊すまでしてどうするの? わたしは、悠人くんのために言ってるんだよ!」

「大丈夫だよ・・・・心配はいらない」

 それだけ言うと、再びリハビリに意識を向けた。唖然とする千夏に背中を向けると、千夏は諦めたように杖を突きゆっくりと部屋を出ていった。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 千夏はリハビリ室を出ると、廊下のベンチに座り込んだ。

「どうして……どうしてあんなに無理をするの……」

 悠人に対する心配で胸が締め付けられる一方で、悠人の言葉や態度はどこかよそよそしいように感じられる。それは、彼女を苦しめていた。

(どれだけ心配しても……あなたは結局、私に振り向いてくれない)

 うつむいて自分の膝下の補装具に目が向けられる。リハビリセンターで悠人と出会って以来、彼に惹かれている自分に気づいていた。彼の静かな優しさ、不器用ながらも真摯にリハビリに向き合う姿。それらは、憧れと愛情を同時に呼び起こすものだった。

 だが、気づいていた。悠人の目の奥には、自分がどれだけ手を伸ばしても触れることのできない何かがあることを。

「悠人くん……何のために、あんなに頑張ってるの」

 それが自分のためではないことは、明らかだった。

「どうして教えてくれないの……」

 胸の中に湧き上がる感情が、自分でも整理できないほど複雑だった。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 リハビリを終え、汗だくのまま車椅子に戻り深く息をついた。補装具を外した足が痛みで鈍く痺れ、全身が疲労で重く感じられる。それでも、達成感があった。

「少しずつだけど……進んでる」

 松葉杖を手に取りながら、目を閉じた。紗月の不安そうな顔が浮かび、その表情を少しでも笑顔に変えたいという想いが胸を熱くした。

(次に会うとき、僕が少しでも強くなっていれば……紗月さんの支えになれるかもしれない)

 そう呟きながら、ふと窓の外を見る。冬の空に広がる灰色の雲。その下で、冷たい風に揺れる木々が見えた。

 自分に今必要なのは道を照らす太陽ではなく、共に励ましあうことのできる存在だった。それは理屈ではなかった。

 千夏は、ますます心の中が絡まり始めていた。

 彼がなんのために頑張っているのかなんて、もう関係ない……。その目には、自分の想いに立ちふさがる何かへの嫉妬と、想いを寄せる者への執着が混じり始めていた。

「彼が幸せになるなら、それでいい……なんて言えるほど、私は大人じゃない」

 悠人の優しさも、頑なさもすべて含めて自分のものにしたいという欲望。それが自分勝手であることを理解していながらも、千夏はそれを止めることができなかった。

「悠人くん……あなたを苦しませるものがあるなら」

 それは純粋な愛情ではなく、次第にねじれた思いへと変わっていこうとしていた。

今日はここまでにしたいと思います。早ければ明日続き上げます。

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