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6.女神ミースの祝福

 その日の夜遅く、エルダーは離れの椿姫の客室でソファに座らされていた。


「な、な、何がどうして……」

 拉致同然に監禁状態の自室から運ばれたエルダーは、未だに何が起きたのか良く分からず呆然としていた。忍びの隠形の技は、見慣れていない人間にとっては夢か魔法のように感じられても不思議はない。

「身代わりは陽炎が務めているから騒ぎになる心配はないよ。それより事件のこと、私たちにも話して欲しい」

 服をはぎ取られて代わりに浴衣を着せられたエルダーは、困ったように視線を逸らした。

「誰にも何も話すなって、言われてるんだ」

「そうだろうね、だからこちらもこんな強引な手を使わせてもらったわけで。だけどここに監視の目はないし、自分の意思での沈黙じゃないなら話しても構わないでしょう?」

「……どうせお前たちは、俺が母上を毒殺したと思っているんだろう?」

「やっぱり、やったの?」

「やってない!! だから王位継承権だって、剥奪されることはないし」

「なるほど、国の判断では君が犯人ではないという結論に達したわけだね。だったら、話してくれても」

「それは……」

 躊躇っている様子のエルダーに、椿姫はもう一押しするように頷いて見せた。

「興味本位で訊いているわけじゃないんだ。私も招請されてここに来た以上、叔母様に何があったのかちゃんと知りたい。そうしないと国に帰ることもできないから」

「まあ、それもそうか……おまえは親戚でもあるわけだしな」

 あのオクロックという近衛隊長に相当一方的にやりこめられたのか、エルダーは自身の言葉で話をできる機会を持てたことについては前向きなようだった。椿姫のかける穏やかな声音も手伝って、徐々に口を開き始めた。


***


「あの日、母上から話があると言って呼ばれたんだ。それで部屋に行ったら、母上は先にテーブルに着いていて」


 あの場を用意したのもワインを持ち込んだのも女王であるベアトリクス自身だったという。給仕も侍女も立ち入らせずに、手ずから二つのグラスにワインを注いだ。

「コルクを抜いたのもご自身ですか?」

 不意に口を挟んだ陽炎に、エルダーは戸惑いながら頷いた。

「すると、最初から別の誰かの手で毒が入れられていたとは考えにくいですね。やはり、開栓してから混入されたと考えるべきでしょうか」

「と言うことは、やはり」

「うん……二人のどちらかがボトルに毒を入れたということになる」

「だ、だから俺はやってないって!」

 気色ばんだエルダーに、雛芥子が冷静に告げる。

「だとしたら、消去法で女王陛下ということになりますが」

「……」

「私をわざわざ呼び寄せていた叔母様が、突然無理心中を図ったなんてあまりにも不自然だ。けれど、エルダーにそこまで強い動機があったとも思えない。だとしたら、答えは一つだね。毒を入れたのは叔母様で、エルダーに対して明確な殺意があった」

「そうだ……それ以外には考えられない」

「あのボトルは、特徴的なデザインだったしね。何かの記念に作られたものかな?」

「良く見てるな。あれは母上が即位された記念にその年に作られたワインだ。市中にはいっさいで回らず、城内でのみ振舞われたうちの王室セラー保管分だよ。俺もはっきり覚えているわけじゃないけど、残りはせいぜい数本だったと思う」

「それを叔母様自ら? ふうん……」

「なんだよ?」

「いや、ちょっと不思議な感じもするけど相応しいワインが他になかったのかな。それより考えられる動機は?」

 実の母親が自分を殺す動機。酷なことを尋ねているのは承知の上で、椿姫はエルダーへの追求を続けた。

「恐らく、女系の伝統を守り国内の争いを避けるためだったんじゃないか。血統の正当性だけを掲げ、俺の後ろ盾となって押し立てる改革派を排除しようとしたとか」

「なるほどね、だけどまだ一つだけ分からないことがある。叔母様は一体何故、自分で仕掛けた毒を飲んで亡くなったんだろう?」

「……」

 押し黙るエルダーの前で、椿姫は言葉を続けた。


「叔母様には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それについて君は心当たりがあるんじゃないのか、エルダー」


「……おまえはすごいな、椿姫。たったこれだけの情報で、そこまで辿り着くなんて」

「いや、それは――」

「ええ、姫様は極めて論理的思考の持ち主ですから」

 こちらの過去については敢えて伏せようとする雛芥子の意図に気付き、椿姫は黙ってエルダーの言葉を待った。

「確かに、母上は自ら毒のグラスを煽った。けれどそれは死ぬためじゃなく、俺に安心して酒を飲ませるためだったんだ。何せご自身も――俺だって知らなかったんだ。まさか、『女神の祝福』が継承されていたなんてこと」

「……なんて?」

「聞き慣れない言葉だよな、当然だ。ローズハイムには、女王が必ず先代から受け継ぐ必要がある特異体質が存在する。それが『女神の祝福』と呼ばれているものだ。女王の資格、証明と言っても良いほど不可欠な資質で、王族と要職にあるものにとっては周知の事実だ」

「女神っていうのは、ローズハイムの唯一神のこと?」

「そうだ、だからより正確には『女神ミースの祝福』だな」

「信仰の対象の名を持ち出すなんて、よっぽどだね。一体どんな資質?」

「俺もすべてを知っているわけではないけれど、大きな特徴としては毒がまったく効かないそうだ。どんなに強力な毒物でも、その力が無効にしてしまう。だからローズハイムの歴史上、女王の毒殺はこれまで一度もなかったと聞いている」

「こんなことはあり得ない……か。ナーシサス宰相があれだけ取り乱していた理由がようやく理解できたよ。それじゃエルダー、君もやっぱり叔母様と同じ毒を飲んだけれど、その女神の祝福のおかげで助かったということ?」

「……そうとしか、考えられない」

「眠っていた理由については?」

「無毒にするとは言っても、毒の程度によっては分解の過程で体に負荷がかかることもある。その副作用で強制的に入眠したんじゃないかな。目を覚ました時には体の不調はまったく感じなかったし」

 雛芥子と目を合わせて、椿姫は軽く頷いた。自身が過去に経験したことと、確かに符合している。エルダーの説明通りなら、椿姫もまた女神の祝福とやらを継承していることになるだろう。

「もう一つ教えて欲しい。その女王にとって不可欠な筈の資質が、肝心な時に失われた理由は? さっき君は、継承という言葉を口にしたね。それが理由?」

「――そうだ。女神の祝福は破格の能力ではあるが、一生所有できるものではないんだ。子供を生んでその子に継承された場合、母親からは失われる。そうやって、新しい国主に受け継がれて行くことになっている」

「? だったら三人も子供を生んでいる叔母様は、自分が無毒体質ではないことくらいとうに分かっていただろうに。となると叔母様は、本当は心中するつもりだったのかな?」

「いや、そうじゃないんだ。母上はご自分に祝福が留まっていると考えていたに違いない。何故なら一親から女児一人にのみ受け継がれるはずの限定的な体質で、妹二人はどちらも継承していないことを知っていたから。まさか男の俺になんて、誰も考えなかったとしても無理はないんだ。現に俺自身、こんな状況になってさえ未だに信じられない気持ちでいる。そもそも継承が、目に見える形で分かるものではないからな」

「それじゃ姫君の継承の有無については、どうやって?」

「命に別条がない程度に希釈した毒を与えて、その変化を確認するんだ。女児が十歳になったら行う儀式で、『選定の儀』と呼ばれている。二人ともその場で吐いたり、体調を崩して寝込んだためにどちらも継承者ではないことが確認された」

「……壮絶だな」

「他国からはそう見えるかもしれないが、ローズハイムにとっては重要な儀だ。でもその結果のせいで、あの二人のどちらも次期後継者として据えるわけには行かなくなった」

「つまりそれが理由で、二人とも他国へ嫁がされたということか」

「そうだよ。女王にならないなら、直系の血族を国に残していたところで争いの種にしかならないからと。おまえの母親もそうだった」

「国内で貴族に嫁ぐといった選択肢はないの?」

「他国への嫁ぎ先が決まらない場合は、十八歳になった時点で寺院に出家させられる。国内で血を残すことは昔から歓迎されていない……血統は王室のみであるべきと考えているんだろうな」

 エルダーの説明で、自分の希望がかなり望み薄になったことを椿姫は自覚していた。

「そこまで絶対なら、君の場合は祝福を継承している時点で、男でありながら最も王位に近い存在になったということだよね? これまで重要視されてきたのは実のところ性別ではなく、その絶対の資質を受け継いで行くことなんだから」

「……そういうことになるかな?」

「そういうことになるよね。だって、妹二人は既に他国の后で継承権は持たない。王子として容認されている上に、絶対の資格を持っている。決まったようなものだ」

 そこで椿姫がため息を吐くと、エルダーは首を傾げた。

「何でそんなに落胆しているんだ?」

「いやぁ、何でもないよ。それより……そろそろ陽炎を呼び戻そうか」

「承知」

 雛芥子は身を翻すと、瞬時に部屋から消えた。

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