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4.眠れる王子の目覚め

 眠れる王子――エルダー・ロウが言い知れぬ悪夢から目を覚ますと、そこは拷問部屋だった。もとい、彼の自室であったが、見知らぬ三名に悪夢の続きさながらに無表情に三方を囲まれていた。

「うわっ……」

 思わず仰け反った勢いで椅子から倒れ掛かったところを、見慣れぬ黒と白のメイドの衣服に身を包んだ若い娘にすんでのところで救われる。伸ばした腕の俊敏な動きに、綺麗に巻かれた黒髪がふわりと揺れた。

「お目覚めになられましたか、殿下。何かお飲みになりますか?」

「え? あ、ああ……じゃあブランデーを」

「お酒はいけません、紅茶にいたしましょうか?」

「私は緑茶が良い雛芥子、甘味もつけて」

「かしこまりました」

 中央の髪の長い娘の一声に一礼したメイドが給茶のために席を立った。自分への質問の意味はあったのかと憮然としながら、残った二名に不信そのものの視線を向ける。一人は服装も椅子にゆったりと腰かけた物腰も一流で、貴族か他国の王族を予感させる。もう一人はまるで従者というよりは暗殺者のようで、黒を基調にした服装と、殺気にも似た気配がちくちくと感じられる。しかしどちらにも見覚えはなかった。確かうっすらとした記憶では、母に呼ばれて共に広間にいたはずなのだが。記憶をたぐりながら沈黙を守るうち、ワゴンを押して先ほどのメイドが現れた。慣れた手つきで湯気の立つ深い緑色の茶を茶器から茶碗に注ぐと、音もたてずに順番にテーブルに並べた。隣には桜の花を模した色鮮やかな菓子と、楊枝が添えられる。それを見て、確か蒼月の伝統菓子だったことを思い出す。

(では、この者たちは蒼月の……)

 髪の色や雰囲気に納得して淹れられた茶をすすると、ふだん飲みなれない味であったにも関わらず、心に沁みわたるようにほっとした。大きくため息をついてカップを置くと、三対の視線がより間近で食い入るようにこちらを眺めていた。

「ち、近い! 何だよ……」

「飲んだ」

「飲みましたね」

「差し詰め、警戒心ゼロといったところですね」

 納得するように頷き合う三人に、まずいものでも入っていたのかと慌てて口を押さえるエルダーに、メイド――雛芥子が代表して首を振った。

「ご安心ください、それは蒼月より持参した、女王陛下に献上する予定であった最上級の茶葉です。品質に何も問題はありません」

「だ、だったら何で飲んだとか何とか……」

「目を覚ました時から自分の置かれた状況がまるで分かっていないくせに、我々の素性を確かめもせず見知らぬ相手の出した茶を毒見もさせずにいきなり飲むなど、王族としてあるまじき行動だと思っただけの話だよ。ましてこの状況下においてはなおさらに。将来の死因は、八割方毒殺かもね」

「な、なな……っ」

 十代と思しい少女に一方的にやり込められながら、涙目で睨み付けた相手の顔に、エルダーは不意に幼い少女の面影を見出した。

「椿姫……?」

 途端にぴくりと、半眼でこちらを見据えていた少女が表情を動かす。

「どこかで会った?」

「やっぱり椿姫なのか? 昔、母親と一緒に里帰りを兼ねて一度うちへ来たじゃないか、その時に一緒に遊んで……」

 途中まで懐かしそうに語っておきながら、エルダーは急に語尾を濁らせた。椿姫はと言うと、どうにも身に覚えがないと言うように首を捻っている。

「確かに、うっすらとだけど姫君二人とは遊んだ記憶がある。どちらも私より年上で、人形遊びをしたり、髪をお互い結ったり。でも男の子は見かけなかった筈だけどな」

「む、昔の話だから……記憶が曖昧なんだよ」

「いや、さすがに王子がいれば覚えていると思う。しかも本人がはっきり遊んだ、と言っているのだし」

「と……遠くから見ただけだった、かな? 何しろ昔の話だし」

「お待ちください、姫様。今の姫様の記憶には矛盾がございます」

「矛盾?」

「はい。従弟様方の年齢ですが、上のエルダー様から二十三歳、長女で真ん中のフローレンス様が二十歳、そして次女で末娘のマルガリート様が――確か十六歳です」

「……あれ?」

「はい、姫様が現在十八歳ですので、お一人は年下ということになりますが、先ほど姫様は『どちらも年上だった』と」

「確かに。子供の頃の二つ違いは体格もだいぶ違うし、自分が九つの時に七つの子供を年上とは思わないだろうね。すると、私が遊んだあの二人のうち一人は……」

 テーブルに顔を伏せたエルダーを全く憐れむでもなく、雛芥子はずばりと言った。

「女装したエルダー様だった、ということになりますね。魔除けの意味で男の子に女装をさせる、という習慣もあると聞き及んでおりますが、十四歳まで続けているのはかなり珍しいかと」

「なるほど、解けてしまえば単純明快だな。では改めて……久しぶりだね、従兄弟殿」

「あは……あはは、そうだよ、あの時一緒に遊んだのは俺だよ、笑いたければ笑えよ!?」

「いや、別に面白くもなんとも……話の続きをしてもいいかなあ?」

 椿姫に真顔で返され、口調まで開き直って変えたエルダーは死にたいような気分を味わった。

「いいさ、どうせ、どうせ……女系の国の王家で、男に生まれることの苦悩なんておまえたちに分かるわけがない……」

「男尊女卑の思想が多い中、この国や性別に拘らず国を継げる蒼月は非常に珍しいと言える。そんな他の国々で女子として生まれ道具として扱われる人間の気持ちも君には理解できないだろうね。同じことだよ、何も特別に不幸なわけではないさ」

「……おまえは、ずいぶんとシビアに育ったんだな」

「お蔭さまで。それより実の母親が毒を飲んで亡くなったこと、いいかげん事情を聞いてもかまわないかな?」

 椿姫の焦れたような言葉に、エルダーは表情を一変させた。

「母上が……亡くなられた?」

 驚愕の言葉は、芝居であるのかどうなのか即座に判断することはできなかった。

「君が寝ていたのと同じ部屋で床に倒れていたんだけど、さきほど医者が遺体を検分して毒による死亡で間違いないと断定した。現場は密室で被害者の他に中にいたのは君一人。ということになると、どう考えても犯人は」

 ぴたりととエルダーの顔の中央を指さすと、相手は慌てて両手を動かした。

「ちょ、ちょっと待て、俺じゃない! 俺はただ……」


「お待ちください」


 扉を大きく開ける音と共に発せられた鋭い声に、全員が背後を振り返った。

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