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3.招かれざる客と惨劇

 旅立ちから三日後、ようやくローズハイム城門に辿り着いた一行は開門要請をしてから割と長いこと待たされていた。

「あちらからの要請だったというのに、妙ですね」

 陽炎が外を窺おうとすると、ぎしりと音をたてて門が開いた。椿姫も同様の疑念を抱きながらも、じっと座ったまま馬車が動くのを待ち、馬車の小窓からそっと景色を眺めた。

(歓迎というムードじゃないな)

 急な対応に追われているような様子に、違和感を覚えているとようやく事態が動いた。

「これは遠いところをようこそおいでくださいました、椿姫様」

 白く美しい外壁が特徴の王城、ホワイト・ヴェルムの前で、宰相のナーシサスが膝をついていた。

「出迎え、大儀」

「は……しかし、突然のご来訪に城中もいささか戸惑っておりますが」

「突然?」

 椿姫が訝ると、横に控えていた雛芥子がスッと進み出て代わりに口を開いた。

「突然、とは異なことを。こちらは貴国の女王陛下の招請に応じ、協議に一日とかけずに迅速に参ったのです。それをまるで勝手に押し掛けたように仰られるのは、一国の王女に対し、いささか無礼ではありませんか?」

「招請……と仰られたか? それは……」

「それこそ、ここで立ち話しするような内容でもないでしょう。ともあれ中へ案内してもらえませんか。そちらも先ほど言われたように、私も皆も長旅で少々疲れております」

 椿姫の皮肉な物言いに慌てて頭を下げると、ナーシサスは立ち上がって一同を城内へと招いた。それから部下に指示を出し、馬を休めさせたり馬車を納める手配など一通り伝えさせることも忘れなかった。

 特別な来賓用の離れに一行を通し、メイドを使って収納や身分別に個室の案内を済ませると、ナーシサスは椿姫の射るような視線をおどおどと受け止めていた。

 窮屈な靴を脱ぎ、ゆったりとソファーに腰かけながら、椿姫はさきほどのやり取りで腑に落ちなかったことを言及して行く。

「それでは、あなたは一国の宰相でありながら、女王陛下の親書について何も知らなかったと?」

「恥ずかしながら、全く」

「事情はどうあれ、私は実際叔母であるこの国の現女王の要請に応じてここに来ています。あなた方の戸惑いも分からなくはないですが、こちらも遊びではありません。正式な書状もお見せしたことだし、ともあれ陛下に取り次いでいただきましょう」

「陛下は……その、今は少々、立て込んでおりまして、恐れながらお目にかかることは難しく」

 友好国の王族の来訪以上に優先する事態など通常ではありえない。しかも女王自身が自筆で呼びつけているのだ。当人が会わない道理がない。ということは――

(通常ではない何かが起きている、ということか)

 何か嫌な予感がする。自分の今後以上に叔母の身の上を危ぶんだ椿姫は、意を決して立ち上がった。

「今すぐ、叔母様にお会いする……陽炎」

「はっ」

 瞬時に主の意を汲み姿を消した、この青年が城内の全ての部屋と人物とを把握するのに実に三十分もかからないことなど、ナーシサスには到底信じられないだろう。そして今必要としているのは女王の存在ただ一人。予想通り、陽炎は数分で椿姫の横に音もなく戻った。扉の開く気配もなく現れたり消えたりする目の前の人間を気味悪そうに眺めていたナーシサスは、次の瞬間、その言葉に耳を疑った。

「王族専用の居住区内の、リビングにおられるようですが、どうやらすでに息がないかと」

「ば、馬鹿な! 一体全体、何の話を……」

「行ってみれば分かることです。せっかくだからあなたに案内していただきましょうか?」

「い、いや私は……」

「嫌なら良いです、陽炎」

「はい」

 椿姫と雛芥子の後に、ナーシサスは転がるようについて行った。各所の警備兵は己の国の宰相の決死の形相に黙って一行を通し、いくつもの階段や長い廊下を通って一際立派な両開きの真紅の扉の前で陽炎は立ち止まり、椿姫に対して膝を折った。

「こちらです、姫様。部屋の外から様子を窺ったに過ぎませんが、部屋には気配として二名。しかしうち一人は、生者の鼓動を感じません」

「生きている方が、叔母様の可能性は?」

「残念ながら、残ったのは男のようですので」

「なるほどね……開けて」

 無念そうに眉をひそめると、椿姫は扉の解放を促した。

「お、お待ちください。こちらには確かに、陛下と殿下が。しかし指示があるまで誰も通すなと、厳しく申し付かっておりまして……いかに椿姫様とて、そのような無体は」

「残念ながら死者には永久に指示は出せないよ。いいから、扉を開けなさい」

 重ねての指示に、陽炎が止める間もなく扉を大きく押し開けた。慌てたナーシサスとその様子につられ扉を守っていた衛兵二名が制止をかけたが、三人はそれを振り切って室内に押し入った。


 足を踏み入れると、そこには最悪の光景が広がっていた。

 豪奢な絨毯の上に、現女王ベアトリクス・ローゼンヴェルムが仰向けに倒れていた。目を見開いたその青白い顔からはすでに生気が感じられず、口の端から血の筋が喉元に向けて伝っており、絶命しているのは明らかだった。


 ローズハイムの一同が呆然とする中、陽炎はいち早く倒れたベアトリクスに駆け寄り、脈をとると首を振った。それから部屋の中央の倒れた椅子と、琥珀のテーブルを挟んで反対側の椅子に座り、テーブルに突っ伏している人間を雛芥子が確認した。

「こちらは眠っているだけのようです。この方が、王子殿下ですか?」

 ぐい、と襟周りを猫の子のようにひっつかみ、軽々と持ち上げると無理やり顔を上げさせる。細腕からは信じられないような対応に、それでもそのことに驚いている暇はなかった。

「そ、そうです。その方がエルダー・ロウ殿下です」

 テーブルの上に、グラスは二つ。片方には半分以上、もう片方にはわずかに、恐らく中央のワインボトルから注がれたであろう赤い液体がそれぞれ残っていた。ホワイトヴェルム城と王冠が記されている、華やかなラベルが印象的だったが、雛芥子に制され椿姫は触れることは諦めた。

「このボトルは、すぐに調べさせた方が良さそうですね。直ちに専門の機関を呼んでください」

「……まさか、毒殺だとでも?」

「見た限り、それが妥当なようですが」

「……ない」

「え?」

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「ナーシサス殿?」

「あり得ない、あり得ない……」

 ひどく取り乱して独り言を言い続けている宰相の姿を、椿姫たちは哀れむように眺めた。

「とにかく調べてみなければ何も分かりませんね。死因を確定して、それからこちらの殿下にもお話を伺うべきでしょうね」

 女性の手で片手でぶら下げるように持たれたその男は、それでも場違いなほど安らかに眠り続けていた。

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