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15.過去への決着と未来の話

 椿姫の一行が帰国してから五日後。


 ローズハイムの使者が宰相ナーシサスの書状を携え、蒼月の居城を訪れていた。書状は国家の紋章が記されサインもされた正式な依頼状であり、ローズハイムの次期女王として椿姫を迎えたいと書かれていた。謁見の間に直接呼ばれた椿姫がその場で承諾の意思と書状へのサインを記すと、使者は一日も逗留することなく慌ただしく自国へ帰って行った。

 するとその三日後には、今度は国葬の日取りと参列への案内が届けられ、椿姫も使者と共に二日後に再びローズハイムへと発つことになった。だから国を離れる前に、椿姫には是が非でもやっておかなければならないことが三つほどあった。


「いやいや、椿姫ちゃん行かないで」


 まず一つ目が、姉に対する別れの挨拶である。

 幼子のように駄々をこねる美袋を短い時間であしらって部屋を出た椿姫は、本命の揚羽の元に向かった。陽炎と雛芥子を入口に残し、椿姫は入室を許可された。内に進むと、部屋の中央でゆったりと足を組んでいた揚羽は、椿姫が先日ローズハイムに行く時に餞別と言って自身が渡した特製の着物を着ていることを意外に思いながらも気を良くした。その表情の変化に気づいた椿姫も、感想を尋ねるように両手を広げて自分の姿が相手から良く見えるようにしてみせた。


「いかがですか、姉上」

「うん、思った通り良く似合っている。おまえにしては気が利くじゃないか」

「恐れ入ります。今度こそ、今生の別れになるやもしれませんので」

「どうかな? 私が父上の後を継いで蒼月の女王になれば、国対国の話でおまえとまみえることもあるだろうよ」

「そうかもしれませんね。その節は、平和的話し合いであることを願います」

「それはお互い様だ……それより、そろそろ本題に入ったらどうだ。ただ別れの挨拶をしに来たという訳でもないのだろう」

「さすが姉上、鋭いですね」

「誰でも分かるさ。私とおまえの日頃の仲を考えれば、事務的な挨拶で十分だろうにやけに畏まっているからな。さぞかし込み入った話があるのだろう」

「ええ、とても重要なお話が。ただ勘違いしていただきたくないのですが、私は姉上のことは純粋に尊敬しています。合理的なものの考え方も、王族としての心構えや振る舞いも。少し市井の者に厳しすぎる点を除けば、国主として相応しい方だと思っています」

「それは褒め言葉と受け取って良いのか?」

「もちろんです」

「しかしおまえは、常に私を追い落とそうと考えていただろう?」

「そうですね、蒼月で女王になるにはどうあっても姉上が一番の障害でしたから。譲ってくださる気配もありませんでしたし、奪い取る他はないと思っておりました」

 これまで絶対に公言しなかったことをあまりにもあっさり認めるもので、揚羽は思わず苦笑した。

「はっきり言うではないか」

「はい、もうこれが最後ですから」

「最後か……ならば私も腹を割って話すとしよう。おまえはとても生意気で可愛げのない他国の血を引く娘だが、母を同じくする美袋よりも遥かに才覚があり、内心ではいつ寝首を搔かれるのかと冷や冷やしていた」

「本当ですか? 私のことなど、歯牙にもかけておられないのかと」

「眼中にないように見せることで、矜持を守っていたのだ。だが日々、武芸や知識を研鑽するおまえを見ていて、焦る気持ちも強くなって行った。いっそこちらから仕掛けるべきかと考えていたところ、突然今度は他国の女王になると言う。まったく身勝手なものだ」

「申し訳ありません」

「少しも悪いと思っていないくせに、良く言う」

 肩をすくめる揚羽に、椿姫はようやく本当の来訪の目的に踏み込むことにした。


「姉上には隠せませんね……それでは失礼ついでに申し上げます。私が姉上に対しそのように振舞っていたのは、確かに自身の目的のため国主になりたかったことが一番ではありますが、もう一つ理由があります。姉上の母君のことです」


「……母上の?」


「はい。第一王妃、青藍様。私はあの方の犯した罪を、国主になった際に白日の下に晒すつもりでおりました」


「その罪とは、どういうものだ?」


「それは、あの方が私の母を――」


「待て。それは実際に証拠があっての発言か?」


 揚羽の冷静な問いに、椿姫は思わずカッとなった。


「証拠? そんなものがあれば、母が亡くなった時点で……!!」


 ぎり、と歯を噛みしめる椿姫に、揚羽は自身の言い方が悪かったと思い直して謝罪した。


「許せ、少し意地の悪いことを言った。私も当時はまだ子供だったとはいえ、おまえがこれまで抱えて来た想いもリセリア様のこともそれなりに理解しているつもりだ。それでもこの世界で人を裁くには、何かしら根拠が必要だと私は思う。そのことを、おまえにも分かってもらいたかった」

 揚羽の保護者のような物言いが、今の椿姫には受け入れがたくあからさまにむっとした。

「そんなこと、私だって分かっています。ですがもう十年以上も前のことです、調べ直したところで」

「物的なものは絶望的だ。だったらあとは、自白しかないだろうな」

「拷問ですか?」

「おまえが女王になっての審議なら、それ以外にはなかろうな。あの人がそれで素直に喋るかどうかは分からんが」

「……どのみち、私はこの国を出ることにしたのです。そんな仮の話はどうでも良い」

「だったら何故、母の断罪の話を私に?」

 馬鹿にしたような言い方に感じられたため、椿姫はきつい眼差しで揚羽を見返した。

「第一王妃の罪を、私が忘れたわけでも許したわけでもないことを姉上に知っておいていただきたかったのです。この国をいつか背負うなら、闇の部分もひっくるめて背負っていただきたいと。そしてできることならご自身は過ちを犯さず清廉潔白に生きていただきたいと……勝手ながらそのように願いました」


 椿姫の不貞腐れたような後押しするような物言いに、揚羽は思わず声を出して笑った。


「何がおかしいんです?」

「いや、余計な世話だと思ってな」

「だとしても、呪いと思って受け取ってください」

「なるほど、呪いか……だがな椿姫、私が国主となればさきほどの闇は抱える必要もないかもしれんぞ」

「どういうことです?」


「私なら、拷問などという物騒な真似をしなくても聞き出せると言っている。女王になった姿を見せて、その晴れの日にここだけの話として尋ねたならば、母上は必ず良い気になって事実を吐露するに違いないよ。後ろめたいことというのはな、どこかで誰かに聞いてもらいたいと思っているものなのだ。そして自身の心根に共感し肯定して欲しいとも。それを洩らすなら、国主の母にまで押し上げてくれた自らの娘相手でしか有り得ない」


「……だとしても、姉上は秘密になさるのでしょう?」


「何故?」


「何故って……だって」


「罪の告白を聞いた以上は、法に則り裁かねばならん。女王自身が証人ならば、他の証拠は何もいらない。ただ戴冠という晴れの日に、死刑を執行するのはあまりに血生臭い。王室から追放の上で終身刑――ということが妥当かな。それで納得してもらえるか?」


 思わずポカンとしてしまった椿姫は、しばらくの沈黙の後に慌てて揚羽の方に身を乗り出した。


「ほ、本気で仰っているんですか?」


「本気だとも。私はおまえの言うような闇はできるだけ抱えたくないと思っている。払えるものは、払っておきたい。それに――」


 言葉を切ると、揚羽は少し寂しそうな笑顔を浮かべた。


「私もリセリア様のことは好きだったんだよ。あの方は裏表のない、優しい女性だった」


「姉上……」


 腹違いの苦手な部類だと思っていた姉のまったく想像もしていなかった一面に触れ、椿姫は思いのほか感情を揺さぶられてしまい自然と涙が零れた。こんなことならもっと早く、色々なことを相談したり話したりすれば良かった。そんな後悔がよぎることさえ、嬉しい誤算だったと言える。


「泣くな泣くな、めでたい門出の前に。とにかく母のことは、今しばらく待っているが良い。これは約定だ、必ず守る」

「疑ってはおりませんが、見返りはよろしいのですか?」

「いずれ国益に関わることで、融通をきかせてくれればそれで良い」

「却って怖い気もしますが、承知しました」


 姉妹は顔を見合わせて、共に笑った。椿姫にとって、この日が一つの終止符となったことは間違いなかった。その後手を握り合ったり、抱き締めたりしながら心残りのないよう触れ合った後、揚羽は思い出したように椿姫に訊ねた。


「それより、女王になることを決意した根本的な目的の方はどうなんだ?」


 一応入口に控えている陽炎の存在を気にしながらこそこそと耳打ちすると、椿姫は困ったように赤くなった。

「そ、それは……まあ、おいおい」

「おいおいって何だ? せめて好きだとかそのくらいは伝えたんだろうな?」

「そっ……れは、まだです」

「まだ!? 何をやってるんだ」

「姉上、声が大きいです。忍びという生き物は想像より遥かに耳が良いのですから」

「伝わった方が良いんじゃないか? いっそ私が直接言ってやろうか」

「結構です!!」

 大きい声で怒鳴ったものだから、人払いしていた室内に互いの側近が集まって一時ややこしいことになったが、揚羽は笑っているし椿姫は花弁より赤くなっていたので深刻な状況ではなさそうだと所定の位置に戻って行った。

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