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14.そして帰国

「何だ、思ったより好待遇だね」


 拘束されたエルダーは、牢ではなく窓を格子で塞ぎ兵士を見張りに立たせた居室で過ごしていた。椿姫の訪問に、エルダーは憑き物が落ちたように気楽な苦笑で応じた。

「どんな待遇だろうと、俺はもうただの日陰者だ。おまえがここで女王になっても、邪魔するつもりもないから安心してくれ」

「これから生まれてくる予定だった妹については毒を使ってまで排除しようとしたのに、私が継承権をかっさらうことになったとしても不服はないんだね」

「おまえは頭も良いし、度胸もあれば見目も美しい。おまけに剣の腕まで立つらしいからな」

「随分と褒めてくれるけど、何も斬っていないのに腕の良し悪しまで分かるものかね?」

「少なくとも俺には、抜刀の瞬間も見えなかった。オクロックもおまえの身のこなしにはしきりに感心していた……けど」

「なに?」

「おまえ、人の身体を斬ったことがあるのか?」

「あるわけがない」

「だよな」

 ほっとしたのも束の間、言葉の続きを聞いてエルダーは顔をひきつらせた。

「そんなことをしたら、血と脂が巻いてえらいことになる。私の美しい雪名月が、穢れるじゃないか」

「……そういう理由?」

 こんな時でも己の主張がぶれることのない椿姫に、苦笑するしかなかった。

「おまえが国主に相応しいかどうか、正直良く分からない。けど、俺より全ての面で優れているのは間違いない……だから良いよ」

「これから生まれてくる赤子には、もっと可能性があったかもしれない」

「それでも、あれは駄目だ。断じて認めるわけには行かない」

「エルダー?」

「この国を頼む、椿姫。母が望んでいたことも、俺が言いたいこともそれだけだ」


 それきり何を尋ねてもエルダーは椿姫の質問には答えず、椿姫もローズハイム滞在中にエルダーの居室を再度訪れることはなかった。


***


 蒼月に帰る当日、相変わらず汗を拭きながらナーシサスが先頭で椿姫たちの馬車の見送りをしていた。そのすっかり見慣れた光景は、椿姫に妙に去りがたい印象を与えた。


「ほ、本当にもうお帰りになるのですか? せめて会議の決定をお待ちになってからでも」


 ローズハイムの国政を今後どのようにして行くのか、この数日では結論が出ることはなく同時に国葬も時間がかかることから椿姫は一度帰国することにした。


「今回、本来の訪問の目的は果たせませんでしたので。一報の後、続報を伝えていないので父も心配していることでしょうし、ここで一区切りいたします――それに、私がいない方が話しやすいことも多いでしょうから」

「それは……まあ」

「とにかく、国葬の日取りが確定したらお知らせください。必ず参ります」

「はっ。しかし真実を公表すれば、国民は動揺するでしょうな」


 だからこそ、女王の死を告げるその時点で明確な指針を全国民に向けて同時に示す必要がある。それには後継者を確たるものにしなくてはならないのだが、女神ミースの祝福を継承している対象が他国の姫ということで国内でも意見が別れていることは会議に参加していない椿姫にも伝わってくる。


「私がこの国に必要だと判断されたらいつでもお越しください。望んでさえいただければ、私はローズハイムのため全力を尽くす所存です」


「ありがたきお言葉」


 挨拶を済ませると、心ばかりの手土産を馬車に積んでもらい椿姫は出立した。


***


 帰国途中の野宿で、夕食の後に焚火で暖を取りながら雛芥子が椿姫に気になっていたことを尋ねた。

「エルダー様が、ベアトリクス陛下が姫様の継承のことを知っていたなら、こんなことにはならなかったと仰っていた件ですが。姫様ご自身もそう思われますか?」

「いいや」

「即答ですね」

「だって、叔母様は事実知っていたから」

「……その根拠は?」

「母上が亡くなった時のこと、あれからさらに思い出した。叔母様が弔問に訪れて、私にも直接声をかけてくれたよ。その時に、母上の亡くなった状況をやけに子細に訊かれたんだ。叔母様なら、必ずその時に然るべき結論に辿り着いていたはず」

「では姫様の継承を知りながら、出産に臨まれたということですね」

「自分の子に、国を継がせたいと思うのは当然だよ。けれど何せ無理を押しての高齢出産だからね、無事に生めるかの不安もあって私にこの国でその子のサポートを頼みたかったんじゃないかな。話っていうのは、たぶんそのことだったんだろうと思う」

「そうですか。ではエルダー様の仮説はそもそも成り立ちませんでしたね」

「うん」

「何だか、エルダー様の行動は私にはちぐはぐに思えたのですが……姫様は凡そ察しがついておられるのですか?」

「どうかな?」

「あら、おとぼけですか?」

「おい、いい加減にしろ。姫様、そろそろお休みになりませんと」

 陽炎が口を挟んで、雛芥子は不平を言ったが結局話はそれで終いとなった。

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