スマホで音楽を聞いていたら急に笑い声が聞こえてきた
眠れなくて、布団に入ってスマホで音楽を聞いていた。イヤホンをしたままだと耳が痛くなるので、スピーカーで音を鳴らしていた。
いつも聞いているミックスリストをかけっぱなしにしていた。時々広告が挟まって、そのたびにスマホを開いてスキップボタンを押していた。
うとうとしはじめていた。最近よく聞いている曲が終わり、次の曲はなんだろうとぼんやりと考えていたが、音は完全に止まっていた。スマホの充電が切れたのか、と思ってスマホに手を伸ばした瞬間、そのスマホから「カチャン」という、何か扉が開くような音が聞こえた。同時にその音は、電子音というより、本当にその音の原因がそこにあるかのようだった。
背筋に嫌なものがはしり、私はリモコンで常夜灯をつけ、寝室のドアを見つめた。それは完全にしまっていた。音は、扉の方からではなく、スマホの方から聞こえていた。
再びスマホに手を伸ばすと「アハハハハ」という、小さく細い女性の笑い声が聞こえた。恐怖に怯えた私は「ひどいCM……」とつぶやき、自分を落ち着かせようとした。
「CMじゃないよ」
私は、恐怖をすぐに解決するために、震える手でスマホを手に取った。画面は真っ暗だった。電源ボタンを押しても、反応しない。長押しする。何も変わらない。
さっきの声はなんだったのだろう。頭の中で、先ほど聞こえた笑い声と「CMじゃないよ」という言葉を繰り返した。
私は寝室の電気をつけた。部屋に異常はなかった。すぐに、スマホートフォンを充電器に取り付けた。最低なタイミングで、悪質な広告が流れ、最低なタイミングで、充電が切れたのだと自分に言い聞かせ、深呼吸した。
その瞬間、「カチャン」と、またさっきの扉が開くような音がスマートフォンから聞こえた。心臓が鳴る。恐怖で息が苦しかった。手で胸を抑える。
声は聞こえなかった。しかし、私はこの不気味なスマートフォンと一夜を過ごすのが怖かった。とりあえず、部屋を出て、リビングのソファで横になろうと考えた。枕と、薄い布団一枚を抱えて、私は扉のノブに手をかけた。ノブは、今まで感じたことがないほど冷たくなっていた。
「アハハアハ」
笑い声が後ろから響いた。私は半狂乱になりながら、ドアのノブを回した。しかし、いくら回しても、押しても引いても、ドアは開かない。
「お母さん! お母さん!」
私は扉をドンドンと叩きながら、別の部屋で眠る母を呼ぶ。
「助けて! 早く! 怖い! 助けて! ああああ!」
扉を叩きすぎて、私の手は赤くなっている。しかし痛みは恐怖でほとんど感じない。
「お母さん! お父さん!」
ふだん、できるだけ話さないようにしている父にまで助けを求める。プライドなんて、もうどうでもよくなっていた。
ブブブ、とスマートフォンが、マナーモードのときの通知のように震えた。焦った私は、呼んでも起きないのなら、スマートフォンで呼び出せばいいと考えてしまった。そうしてスマートフォンを手に取ったとき、電源ボタンをつけていないのに、スマートフォンが勝手に立ち上がり、さっきまで音楽を聞いていた動画サイトの全画面が映し出された。そこには、私がいた。カメラに映された私が、動画に映っていた。
「え、なんで……」
配信なんてやったことはなかった。動画投稿ももちろんしたことがない。
「あなたの顔、とても素敵ね」
画面の中の人物が、そう言った。私の顔と、声で。私は自分の口を抑えた。動画の中の人物も、鏡のように、同じ仕草をした。違うのは、左右対称でなかったこと。
「ウフフ……」
笑い声が聞こえた。
「アハハ」
後ろから聞こえた。私は振り返る。誰もいない。
「アハハハ」
「ヒヒヒ」
「ハハハ」
たくさんの笑い声が聞こえる。部屋中から。私は耳を塞ぐ。なんで、なんで私がこんな目に。
そのとき、私はこれが夢ではないかと思った。そう思った瞬間、気持ちが楽になった。そうだ。夢に違いない。絶対に夢だ。
「夢じゃないよ」
私はぎゅっとつぶった眼を、反射的に開いてしまった。そこには、目を大きく開いた、自分の顔が、あった。
「夢じゃないよ」
そこにいる自分が、鼻と鼻が触れそうな距離にいる、自分の姿をした何かが、そう言った。唇に、ソレが飛ばした唾がかかるのを感じた。
ソレは、怯えて震えている私の頭を後ろから掴み、口角を、人間にはできないほど吊り上げ、歯をむき出しにし「アハハハ」と、笑った。
「怖い?」
声が出ない私は、まばたきをしながら首をこきざみに前後した。
「じゃあ、もらうね」
そう言って化け物は、私の目に指を伸ばした。私はぎゅっと目をつぶって、体をこわばらせ、痛みに備えた。その痛みが訪れたと同時に、私は気を失った。
「みこちゃん?」
私は、ノックの音と、扉の向こうから聞こえる母の声で目を覚ました。
「おはよう、お母さん」
あくびをしてから返事をしたのは、私の声と体をした、別の何かだった。私は目をあけることも、口を開くこともできなかった。体を起こすことも、息をすることも。
「寝坊なんて珍しいね。もう八時だよ」
「ごめんお母さん。ちょっと夜更かししちゃって」
「朝ごはんできるからね」
そう言って、母は立ち去って行った。私は必死に、お母さん、助けて、と叫ぼうとしたが、声は出なかった。私の姿をした何かは、もぞもぞと体を起こし、カーテンを開けて伸びをした。
「さて……」
ソレは、私の方に近付いてくる。充電器から引き抜かれるとき、私は、まるで四肢をもがれたかのような痛みを感じた。しかし、叫び声が響くことはなかった。
「そろそろ機種変しないとね」
そう言ってソレは、私を持ち上げて、落とした。頭が割れるような感覚と共に、画面が割れた。
「お母さーん! スマホ落として割っちゃった!」
そう叫ぶ、私だったモノの顔は、笑っていた。
アハハ。アハハ。ウフフ。笑い声が聞こえる。
アハハ。ウフフ。また。何度も。何度も。