「海に向かって叫ぶ夢を見た」で始まり、「来年の今日もあなたといたい」で終わる物語
海に向かって叫ぶ夢を見た。
寝ぼけ眼を擦りながら、男がそう呟いた。
なんて叫んだの?
ドレッサー越しに、私は訊ねた。 濡れ髪を纏めたタオルの隙間から、雫がぽつりと首筋を伝う。
男は、ん……と首を傾げ、乱暴に頭を掻いた。
こじゃれた部屋に似合わぬ、着崩れた浴衣の帯。 つけっぱなしのベットランプ。 乱れ切ったシーツの海の中で立膝に顎を乗せる、無精ひげの男。
タオル地のガウンの下、ひりひりと肩が痛んだ。 潮風に痛めつけられたセミロングに赤みの目立つ頬。 楽しかった昨日の代償は大きい。
家に帰ったら少しお高いトリートメントしなくちゃ……。 ぼんやりと一人ごちながら、ポーチから取り出した小瓶から化粧水をコットンに落とす。
いい加減鬱陶しくて堪らないながら願掛けのように伸ばしつづけてきた髪も、そろそろ若さの盛りを過ぎたお肌も、少しお手入れをサボると覿面にツケが回ってくる。
来年こそはちゃんとラッシュガードを羽織ろう――そう考える頭の片隅で、浮かれた自分を諌める声がする。 果たして来年なんてあるのだろうか、と。
数年続く私たちの関係は、一定の距離を縮めないままここまで来てしまった。 SNSで繋がる友人たちの慶事報告や新しい家族の画像。 親からの遠回しな探りを躱すのにも疲れてきた。 楽しくて心地よいだけの関係に物足りなさを感じていて……でも自分から一歩踏み込む勇気も持てなくて。
肌蹴た首筋に化粧水を叩き込む私の背後に、のそのそと大きな影が近寄ってきた。 熱い腕がタオル地越しに肩を覆い、乗せた顎に押されて髪を包むタオルが解ける。
鏡越しに、私を真っ直ぐに見つめる熱い瞳。
「こんな風にお前を後ろから抱きしめて、海に向かって力一杯叫んだんだ。 お前を――」
続く台詞は、今は甘く囁かれた。
溢れる涙の中私は何度も頷く。 うん、私も――。
来年の今日もあなたといたい。