63話 帝都防衛戦⑥ - 終結
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
漆黒の雷光と翡翠と黄金の風雷が激突する。
共に互いを押しのけ、押しつぶし、自らに込められた力と意思のままに進軍する。
漆黒の雷光に込められているのは殺戮の意思、自らの欲望のままに戦う者の執念。
対して翡翠と黄金の風雷に込められているのは願い、そして希望だ。
正にここにあるのは正と負の力の激突。
漆黒の雷光を放つは魔界随一の剣鬼。
翡翠と黄金の風雷を放つは神器の加護を受けし戦巫女。
二つの力はこの地に巨大な力の坩堝を生み出しながらも激しくぶつかり合う。
「くっ、う、あああああああああっ!」
意識が霞み、思考の速度が加速度的に鈍くなっていく。
例えその神器を動かしているのが他者から預かった魔力であっても、その神器を動かしているのは自らの意思。
私の意志と願いに応えて、風扇『ヴァーユ』と天扇『迦楼羅』は力を貸してくれている。
両の手に握り締めた神器は、私の体の中にある生気を干乾びるほどに吸い取っていく。
だが。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
やめない。
やめるわけにはいかない!
私の後ろには帝都があり、そこには大切な人がいるのだ。
咽が張り裂けるほどに叫びながら、精神が崩壊するほどに磨耗しながら、それでも二つの神器に意思という名の願いを注ぎ続けた。
人の身で神器の同時発動。
しかも、片方は天地創造の欠片である。
ただ力を使うのではない。その神器に秘められた力を引き出しているのだ。
自らは何の力も持たぬ、小娘。
力無き非才の身にて、分を弁えぬ領域の業である。
しかし、それを承知の上で超越した力を行使する。
全ては、私が大切と思える全てのために!
拮抗はほんの一瞬。
翡翠と黄金の風雷はその力が正に無限であるかのように膨大し、漆黒の雷光を真正面から打ち破った。
―――バァル―――
自らの雷光を破り、風雷が押し寄せる。
だが、避けるでもなくぼんやりと佇む。
剣士との戦の最中に割り込んできた娘に思いを馳せる。
その身には何の力も持たない小娘。
身に携えた武器は他人からの助力で動いていた、その身の動きはまるで付け焼刃のようにぎこちない。
……。
だが、悪魔は他者の真偽を理解する。
……。
それ故に、娘の感情を理解できた。
娘は死力を尽くして、自らに立ち向かっている。
そこに驕りは存在していない。
力を持たぬ身なら、力を借りればよい。
戦う術を知らぬなら、それを知ればよい。
それはけして間違っていない。
生きて、勝つための手段。
間違っていない。
プライドなどというのは所詮強者の傲慢。
力を持って、他者を圧倒して初めて語れる愉悦。
故に、俺は娘を恨まない。
むしろ、それだけの力を得ることが出来たことを賞賛する。
だから。
「……楽しい一時であった。見事だ、人間」
それだけの力を持って自らを破った少女を賞賛した。
やがて、軽やかな声で幼子のように笑い。
「さらばだ……」
翡翠と黄金の風雷に融けた。
―――ルシファー―――
最後の瞬間、バァルは笑っていた。
あいつもまた悪魔の本能とは無縁の者だった。
「……別の形で逢えれば、ダチぐらいにはなれたかもな」
一瞬だけ目を瞑り黙祷した。
……じゃあな。
かつて悪魔の王であった者は、一瞬だけかつてのような威厳を現し、別れを告げた。
―――伊織―――
「はあ、はあ」
息が荒い。
体がダルイ。
苦しい。
思考が安定しない。
「はあ、はあ。……あ」
ふらっと倒れるが。
「おっと」
と、逞しい腕で支えられた。
「あ。シーファ」
「おうよ。よくやった、伊織。見事だったぜ」
私を支えながらにかっと笑う。
「……うん」
「ダルそうだな」
「少しね」
「くく、まぁ、本来の領分を越えた力の放出だからな」
そう言って、私の額に手を置くと。
ボウッ。
シーファの掌が淡く発光する。
「これは?」
「治療。俺の魔力を流し込み、体内の生命力を活性化させているんだ」
暫くすれば楽になる、と笑いながら言った。
確かに体の中からぽかぽかするような温かさが湧いてくる。
「器用というか、なんと言うか……。随分と万能なんだね」
「惚れ直した?」
此方をからかうようなその仕草に思わず顔が赤くなる。
「ま、ほんの少しの間は安静にしてたほうがいいぜ」
「うん。……そうする。ありがとう」
「気にするな」
また笑った。
と、何かに気づいたように言葉を紡ぐ。
「おっと、俺は一旦避難民達と合流してから帝都に入るよ。君はこのままここに向かっているジパングの兵に保護されたほうがいいかもだぜ」
確かに、風が此方に近づいてきている人の気配を伝える。
「うん、そうするよ」
「あいよ」
「また後で此方から探しに行くよ。君の魔力は大体覚えたし、最悪『ヴァーユ』か『迦楼羅』から辿れば着くと思うし」
「おk、待ってるぜ」
そう言って私に自らの上着を着せてくれる。
「年頃の娘さんが、その格好はいかんな。襲っちゃうぜ」
そう言って、空間転移で消えてしまった。
笑いながら。
「あ、うう///」
確かに、今の私は中々目に毒な姿をしているだろう。
白衣は袖が完全になくなっており肩がむき出しになっているし、緋袴にいたっては膝上何cmの状態になっている。
「う、あ、う、う」
今更ながらに恥ずかしくなってくる。
「う、この、変態めっ」
今度あったら、『ヴァーユ』と『迦楼羅』でたこ殴りにしようと心に決めた。
……。
「第二法術師隊所属、戦巫女、御門 伊織、表を上げよ」
「はっ」
響く声に、答えて下げていた顔を上げる。
今は帝都にある姫巫女様の御前。
今回の功績に応じて、褒章が与えられることになったのだ。
あの後、ジパングの近衛隊と合流し、帝都に帰還したのだ。
ジパングではちょっとした騒ぎになった。
死んだと思われていた私の帰還、それも帰還と同時に強大な魔族の討伐。
しかも、私は姫巫女様の妹。
姫巫女様の妹の生還と帝都を守った英雄の凱旋。
民が好みそうな英雄譚である。
実際には、軍部に呼び出され事情聴取と身体の検査を受け、ようやく解放されたのがつい先程だ。
解放された時間が既に夜であったために、シーファと合流しようとしたのだが。
それをさらに呼び止められ、そのまま御前に連れ出され、褒章の授与となったのだ。
「此度の働き、まこと見事であった! ついては、その功績に応じて、褒章を与えるものとする」
この文を読み上げているのは、この国の大僧正、藤原兼依様だ。
この国の政治体系は神政政治であり、三貴神を主とする宗教が政治を治めている。
故に、大僧正は事実上の国の長でもある。
「は、ありがたき幸せ」
「うむ。では姫巫女様よりお褒めのお言葉を賜る、心して拝聴せよ」
私の言葉を受け、大僧正様は鷹揚に頷いた。
―――神楽―――
伊織ちゃんが生きていた。
それだけで歓喜の涙が流れそうになる。
そのまま思いのままに抱きしめ抱擁したい。
姉妹として言葉を交わしたい。
共に生きて、再開できたことを喜びたい。
「……此度の働き、見事である」
だが、現実がそれを許さない。
ボクはこの国の象徴であり、伊織ちゃんはただの戦巫女だ。
あまりにも身分が違いすぎる。
話しかけようにも、周りがそれをけして許さないだろう。
出来て年に数回。それも本の僅かな時間しか、姉妹として会えない。
「……また、魔族バァルの討滅という大儀、重ねて見事である」
閉じた目蓋に涙が溢れそうになる。
全てを忘れて、ただ今は愛おしい妹を抱きしめたい。
だが、それが出来ない。
距離にして僅か、数m。
しかし、その距離は現実以上に姉妹の距離を引き離していた。
アマテラスの直系。
周りが自らに求めているのは、ただ護国の要であり、象徴としての存在。
生まれを厭うつもりはない。
それでも。
「……主神ツクヨミ様も、……お喜び、に」
今は姉妹として逢いたい。
その想いが狂おしいまでに自らの心を焦がす。
思わず、漏れ出る嗚咽に口を押さえる。
御簾に隠れて、私の顔や仕草は周りには見えないだろう。
だが、間違いなく今のボクは泣いている。
なぜただの人として生まれてこなかったのか? などとは言うつもりはない。
御門の家に生まれた使命なら甘んじて受け入れよう。
現人神、アマテラスの化身としてこの国を護るのにも、否はない。
けれど、姉妹としての、生まれ持った人として家族の繋がりを大切に出来ない今をボクは厭う。
「……な、なっている、……はず」
声が震える。
死んだと思っていた妹が生きて戻ったことで、今までの鬱憤や不満が暴走しているのだ。
自分でこの感情を制御できない。
「……神楽様?」
大僧正が心配げに話しかけてくるがそれに応えることも出来ない。
伊織ちゃんと話したい。
姫巫女と戦巫女ではなく、一人のお姉ちゃんとして話したい。
「…………あ、ああ」
思わず、全てを忘れて御簾の向こうに手を伸ばしそうになった。
そして、その時だった。
「おお。いたいた。酒盛りのお誘いに来たぜぇ」
唐突に、何もない空間から一人の男が現れた。
―――御門 伊織―――
「……主神ツクヨミ様も、……お喜び、に」
……?
姉さまの声が震えている。
……泣いている?
「……な、なっている、……はず」
間違いない。
姉さまが泣いている。
わからない。
……なぜ?
「…………あ、ああ」
ついに姫巫女としての言葉が途切れる。
「――!」
そして、唐突に理解できた。
風が教えてくれた。
御簾の向こうで姉さまが腕を私に伸ばしているのを。
……姉さま!
咄嗟にその腕を取りたくなる。
だが、戦巫女として、ジパングに属する一人の臣下としての感情がそれを許さない。
その腕を取った瞬間に、不敬罪にもなりかねない。
逢いたい。
逢って、話しをしたい。
姉さまを苛んでいる感情を理解した瞬間に、私の心にもその想いが芽生える。
思わず、立ち上がりそうになってしまう。
……不敬罪になってもかまうものか!
そして、その瞬間だった。
「おお。いたいた。酒盛りのお誘いに来たぜぇ」
ここ数日で聞きなれた声が耳に入り込んできた。
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次話で一段落……。
ポ、ポケモンが俺を呼んでいる……。