61話 帝都防衛戦④
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
……よく燃えてらあ。
バァルの手から奔った雷は帝都を護る結界など易々と貫き災禍を巻き起こした。
今のだけで三桁近くの生きている人間の気配が消えたのが分かる。
と。
「シーファ! お願いだ! 手を貸してくれ!」
伊織だ。
その顔は泣きだす寸前のそれである。
「何でも払う! 差し出せというならこの命だって差し出す! だから! だから……」
途中から嗚咽が混じる。
「頼む、助けてくれ。姉さまを、宗武様を、皆を……」
後は言葉にならない泣き声のみが場に響いた。
―――伊織―――
帝都が燃えている。
それを理解した瞬間に思考が真っ白になった。
……姉さまが護っている都が!
そんな。
そんな!
「あ、ああ……」
口から言葉にならない言葉が漏れる。
……こんな、ことが。
そして、次いで視界に入り込んだ光景に絶句した。
「……っ!!」
宗武様!
そう。近衛の若き隊長が夥しい血を流しながら大地に伏していたのだ。
「シーファ! お願いだ! 手を貸してくれ!」
気づけば懇願していた。
私も一人の戦士として、黒い魔族――バァルと自らの実力差を感じ取っていた。
そして、その結果として自らでは逆立ちしても敵わないと理解できてしまった。
だが、自らの横には今のこの状況の全てを覆すだけの力を持った者がいる。
両の手でその逞しい体にすがりつき、懇願する。
「何でも払う! 差し出せというならこの命だって差し出す! だから! だから……」
この言葉に嘘はない。
もし結果として命を求められても私は抵抗しない。
その覚悟はあった。
自らの身の無力が呪わしい。
私ではあの魔族には敵わない。
神器『ヴァーユ』の力を加味しても、それでも届かない。
なぜ、私には神の血が継承しなかったのだろう。
呪わしい!
ただ、この身の無力が呪わしい!
たまらずに咽の奥から涙交じりの嗚咽が漏れた。
「頼む、助けてくれ。姉さまを、宗武様を、皆を……」
……皆を。
私の身などどうなろうと構わない、皆を助けてくれ。
私は泣いた。
縋り付き泣いた。
―――シーファ―――
自らにすがり付いて泣く少女に目を落とす。
目を落としながら、ふと体の中に湧き上がってくる愛おしさに気づいた。
次いで、その想いを生んだ感情にも気づいた。
――仁愛。
悪魔が持つはずのない感情。
魔の王とは対極に位置する感情。
そして、かつて母を想う少女と、少女を想う母を見たときに感じた感情。
再度すがりついてくる少女に目を落とす。
悪魔は他者の嘘を見抜く。
その結果として、伊織が一切の虚言を吐いていないことが理解できた。
「……」
かつてのミレイとその姿が重なる。
母の身を助けて欲しいと泣きながら懇願してきた少女。
そして、それを見て愛おしいと思った記憶。
愛おしさのままに、自らの秘術をもって死の淵にあった少女の母を死神の手から奪い返した記憶。
……。
その全てが間違っていなかったという温かい記憶。
曇天の空を見上げて、苦笑混じりのため息をついた。
一度なら気の迷い、二度ならもはや言い訳は出来ない。
……もう完全に魔族は名乗れないなぁ。
二度目の仁愛。
「泣くな。俺は人の涙が嫌いだ」
顔に出来るだけの優しい笑みを浮かべてその頭を撫でる。
「特に知り合いなら、なおさらだぜ」
涙を拭い、綺麗な黒髪を優しく撫でてやる。
「報酬は、そうだな……」
僅かに苦笑を滲ませて告げる。
「今晩、君にはお酌をしてもらおう。それで、どうだい?」
伊織は一瞬だけ呆然とするが、直ぐに頷いた。
それを見て、告げる。
「取引は成立だ。さあ、いっちょ頑張ろうか」
―――伊織―――
「今晩、君にはお酌をしてもらおう。それで、どうだい?」
何を要求されても従うつもりだった。
けれど。
「今晩、君にはお酌をしてもらおう。それで、どうだい?」
その言葉を聞いた瞬間に心の中に熱いものが溢れて、涙が止まらなくなった。
先程のように絶望から生まれる冷たい涙ではない。
歓喜からうまれる、熱い涙だ。
目の前の青年は、優しく笑っている。
泣いている幼子を安心させるような温かい笑み。
「っ!」
その瞬間だった。
この青年が心の奥底の大切な部分に入ってきた。
今までは姉さましか居なかった、私の大切な部分。
人が人として生きる上で一番大切な感情の奥底。その最も柔らかく繊細な部分。
そこに、この目の前の青年がするりと入ってきた。
もはや胸が高鳴る、という次元ではない。
これは……。
「取引は成立だ。さあ、いっちょ頑張ろうか」
シーファは私の体をそっと離すと。
「俺と君とで一世一代の大仕事だ」
にやりと笑った。
―――シーファ―――
「少しの間だけバァルを足止めしてくれ。その間に俺が魔族の軍勢を滅ぼす」
「っ!」
伊織の顔に動揺が走るが。
「大丈夫、こいつらを貸しておいてやるよ」
安心させるように笑い、背後の異空間から引き抜いた黄金に輝く扇を渡す。
首を傾げる伊織に、脅かしも兼ねて正体を明かしてやった。
「天扇『迦楼羅』だ」
――天扇『迦楼羅』。
グングニル同様、天地創造の折、天界にこぼれ落ちた風の欠片。
天界最大の規模と範囲を誇る、天空の化身。
その一凪ぎは、全ての世界、全ての存在に風を与える一凪ぎ。
生まれた風はあらゆる世界に届き、あらゆる存在に干渉する。
その風が示すは、広大無比にして千変万化の彩り。
千の貌を持ち、万の吐息を生み、全ての世界に風を生んだ至高の神器。
伊織の呼吸が止まる。
それをにやにやと笑いながら言葉を続ける。
「確かに『ヴァーユ』だけではバァルには厳しいだろう。だが、こいつがあれば君でもバァルとサシでやれるさ」
当然、伊織につかえるように調整して魔力を充填してある。
「ただ、一つだけ注意だ」
「えっ?」
「『ヴァーユ』はいい。だが、問題は『迦楼羅』だ」
手渡した黄金の扇を指し示しながら言葉を続ける。
「こいつは魔王の持つ『ニーズヘッグ』や主神の持つ『グングニル』と同ランクの、天地創造の欠片。つまりは起源の一つだ」
「っ!!」
目の前で伊織が呼吸はおろかその心臓の鼓動までも一瞬止める。
それはそうだろう、天地創造の欠片、原初の神器、即ち起源。
人間界ではまずお目にかかれない。文字通り伝説でしか語られない代物なのだ。
個人で所有できる物ではない。
それどころか、自らの手で触れることすら既に奇跡に等しい一品。
「今は伊織専用に調整してあるからいい。だが、君以外の人間が触れれば……」
「触れれば?」
「その力に耐えかね……、比喩表現ではなく言葉通りの意味で体は弾け飛ぶ」
「う、あうあう」
「そう怖がるなって」
苦笑しながらその頭をポンと叩く。
「君専用に調整してあるから、君ならいくら触れてても問題ないよ」
「う、うん。信じるよ」
……。
「さて、後は、と」
こつん、と伊織の額に自らの額を当てる。
「な、何を!?」
動揺する伊織を苦笑で見ながら。
――接続・実行。
自らの記憶領域から伊織の記憶領域に情報を転送した。
「え!? え、え? これは?」
とまどう伊織に笑いながら説明する。
「風の使い方だ」
「風の、使い方?」
「そう、風の使い方。俺の身内に風の扱いに長けている奴が居てね、そいつが使っていた風の使い方の記憶だ」
勿論、身内の風使いとは即ち、愛すべき奴隷だ。
「『ヴァーユ』と『迦楼羅』、それにこの記憶。少なくともこれだけ揃っていれば、レヴィアタンの痴女が相手でもそうそう遅れは取らないさ」
「え?」
「さて、いくぞ」
未だに動揺する伊織をひょいと抱えると。
「ここには結界が張ってあるから、動かないように」
後の避難民達に声を掛け。
「Let's Go !!」
――特定・跳躍。
魔族の軍団の真上に転移した。
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帝都防衛戦が終わるまで後少し……。
頑張れ、俺!