59話 帝都防衛戦②
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
「あらら」
……これはこれは。
内心で苦笑する。
この国に懐かしくもめんどくさい同胞の気配は感じていた。
レヴィアタン。
嫉妬狂いで有名な女悪魔である。
まぁ、大悪魔一柱である以上、本能の囁くままに人間界に侵攻したのだろう。
そこらへんはどうでもいいし、知ったことでもない。
とはいえども、まさか。
「バァルの若旦那まで出てきているとはなぁ」
ため息混じりに頭を掻く。
あの剣鬼が出てきているとは思ってもいなかった。
悪魔としての本能が変な方向に薄かった男だ。
尤も。
「あいつは戦闘狂だったからなぁ。……大方剣を振りたかった、そんな理由だろうさ」
まぁ、そんな理由で攻められたジパングはたまったものではないのだろうが……。
……。
「さて、どうしたもんかね」
候補としては3つ。
ジパングの兵を助ける、見捨ててここに留まる、もしくはこの地を離れるか、だ。
ふと横を見下ろせば帝都を泣きそうな目で見ている俺の臨時侍女(戦巫女)がいる。
帝都には知り合いがいるらしいし、大方その心配しているのだろう。
道中それなりに親しくなってしまった以上、多少の情も湧いている。
とりあえずの帝都防衛に手を貸してやってもいい。只は嫌だけど。
と、背後にいた避難民達が声をかけてきた。
「どうするんだい、若いの?」
「お兄ちゃん……」
「あそこには母が!」
様々な言葉を聞くが、一律してその言葉の裏には俺への期待が篭っているのが分かる。
やべえ、何か断りづらい雰囲気!
「シーファ、どうしたらいいと思うかい?」
仕舞いには伊織までなんか言ってきた。
「…………ああー……、どうすっかねー……」
腕を組み、熟考する。
時間にして、時計の長針が三周きっかし。
頭の中で出した結論を一言。
「とりあえず飯にしね? 俺は腹が減ったんだけど……」
伊織の全力の突っ込みが俺のわき腹をぶち抜いた。
―――宗武―――
「宗武様! 魔族が……」
「来たか!」
駆け込んできた衛兵の言葉を最後まで聞かずに立ち上がる。
一晩禅を組んだのだ、気が体内を巡り生命の力を強く拍動させている。
脳内ではかの青年魔族の剣を描ききった。
……二度も遅れをとるほど、この宗武は甘くない!
目をきつく閉じ、最後のシミュレーションを瞬く間に終わらせる。
くわっと目を見開くと。
「俺の鎧と剣を用意しろ、二刀だ! 出るぞ!」
衛兵に命令を下し、一晩を空かした房を出た。
近衛の詰所には既に全てが用意してあった。
新たに構築した戦術や陣形、魔族の行動の予想とその対処方法。
しかもそれらの全ての用意は済んでおり、後は俺がそれらのまとめに目を通せば事足りる。
「見事だ! 良くぞ一晩でここまで立て直した!」
思わず感歎の声が漏れる。
「お褒めに預かり光栄の至り」
副長はにやりと笑うと、一礼する。
「心にも無いことを言う」
冗談めかして一礼する副長に、俺も苦笑しながら返した。
ともあれ、一先ずは。
「近衛で動けるものは全員出ろ! 陣形は副長の指示した通りだ!」
「「「「「「「「「「ハッ!」」」」」」」」」」
「では……、姫巫女様の名の下に」
息を大きく吸い込んで宣言する。
「我ら帝都近衛隊! 出るぞ!!」
「「「「「「「「「「おうっ!!!」」」」」」」」」
二度目の戦場、二度目の出陣。
帝都を背にした防衛戦の、第二幕が幕を開けた。
作戦の内容は大規模な広域殲滅系の法術『白陽の御剣』で魔族の軍団を撃つ、といった単純な物だ。
前回と違って、今回は予め準備期間があったために陣を敷き、儀式を整え、既に術師たちが法術の詠唱に入っている。
『白陽の御剣』はジパングに伝わる禁術であり、その威力は折り紙つきだ。一度発動すれば、この戦も勝利できるだろう。
……。
とはいえどもやはりそれだけの術となると発動に時間が掛かるのは当然であり、魔族もそのような物は見逃してくれないだろう。
その上今回は、前回と違って祓魔結界も効果が薄い可能性が高い。
故に……。
「続け! 中央を突破する!」
人外の速度で疾走しながら、魔族の戦陣の中央に激突した。
形としては鋒矢の陣。
即ち、中央突破の只一点。
「行くぞ! 我が同胞よ! 兵よ! 力の限りを叩きつけろ!」
「「「「「応!!!」」」」」
……唯一戦える近衛が時間稼ぎをすることになった。
……。
一般兵の脆弱さがあまりにも目に付くために、発想を転換したのだ。
即ち、攻撃や防御ではなく援護のみに特化させてしまえ、と。
現在は大結界と前回発動された祓魔結界の間で部隊を展開し、ひたすら法術による援護射撃に専念している。
ジパングの兵士であれば最低限の法術は使える。それに術具があればその幅はさらに広がるのだ。剣を交えず、只ひたすらに術に専念すれば援護ぐらいは分けない。
そして、攻撃に出るのは近衛隊のみ。
近衛隊のみが出撃し、機動力を生かして敵戦陣をかき乱す。
文字通り、近衛隊のみであるため孤立無援。
ともすれば死兵と殆ど変わらない。
だが、なまじ余計な兵を出しても失うだけなら、出さないほうがいい。
それに、儀式は既に発動している。
そう長い時間も掛からずに白陽の御剣が猛威を振るうはずだ。
我ら近衛は魔族の侵攻を鈍らせるだけでいい。
……ならば、…………可能!
「せあああっ!」
大上段から振り下ろされた白銀の白刃が目の前の魔族をその武具ごと両断する。
……さすがに、いい切れ味だ。
心の中で賞賛する。
今回は、例の青年魔族に対抗するために一族に伝わる宝剣を持ち出してきたのだ。
名を『十束剣』。
三貴神の末裔にして我が一族の始祖が鍛え上げた宝剣。
神鉄と霊水、そして大地より噴き上げた原初の火で鍛え上げられた一品。
神楽様の持つ三種の神器や世に伝わる神造の神器とは違う、人の業により鍛え作り出された大業物。
……。
神器の名を持つ本物達と比べればその格は何段も落ちよう。
けれども、その力は宝剣の名に恥じないもの。
斬る、斬る、ひたすら斬り続ける。
十束剣を片手に鋒矢の陣の先頭を走る。
出撃したときには既に儀式の七割は終わっていた。
ならば……。
「後、僅かな時間を持ちこたえられれば……」
剣を振り下ろした勢いのまま体を捻り、蹴りを撃ち出す。
「我らの勝ちだ!!」
文字通り撃ち出す勢いで放たれた蹴りは重なっていた魔族を二体まとめて蹴り砕く。
一瞬の隙を突いて頭上から落ちてきた魔族の光弾を左に携えた剣で迎撃する。
「ふっ!」
左の剣から放たれた剣圧が奔り、光弾を真っ二つにする。
だが、その時には既に左右二刀を携え、さらに敵軍の奥へと体を押し込んだ。
左右に油断無く視線を巡らせる。
既に強い固体とは何度も交戦している。
だが、俺が目的とするのは例の魔族のみ。
「シッ!」
右手が霞む速度で刃を繰り出す。
結果として目の前の魔族はバラバラになる。
そして。
「――っ」
突如発生した衝撃に後退させられた。
既に一度剣を交えた身。近くにいるのならその気配は、読める。
宝剣『十束剣』を盾にしてその衝撃を散らした。
とはいえども、その衝撃は強力であり、僅か以上に後退してしまう。
だが。
「見ぃつけたあああああ!!」
一瞬の間もおかず、左手に携えていた長剣を槍投げの要領で構えた。
左手に握っていた剣はこの時、この瞬間のためだけに特殊な術式を装填している。
術の名を『天晴ノ疾矢』。
矢が走った瞬間に天が晴れる、そう名づけられたジパング最速にして最高位の法術。
身に蓄えられた法力の半分を流し込み、術式回路に火を入れる。
法力を流し込まれた剣は刀身に光を纏い、撃ち出された瞬間に金色の流星となって褐色の魔族へと撃ち込まれた。
「ぐっ!」
魔族の青年は苦悶の声を上げる。
神速で放たれた剣の矢は回避を許さずに直撃した。
尤も。
「そう、簡単にはいかない、か」
左手の手甲で受けられている。
矢は自らの主の意思を遂行するために黄金の光と供に進み、手甲は自らの主を守る為に青黒い魔力と供に矢の進撃を阻む。
その様は正に一進一退だった。
だが、その拮抗も一瞬。
「がああああっ!」
褐色の魔族の咆哮が響き渡り、同時に黄金と青黒い光が消滅した。
「はああああああっ!」
超々高速で間合いを詰めると大上段から宝剣を振り下ろす。
単純ゆえに交わしにくい一撃。
しかも今回は携えた得物が前回とは桁違い。
そして、それを理解したのか。
「っっ!」
右手の黒剣で受ける。
「ふふ、仮は返したかな」
「……」
俺の冗談めかした言葉に青年魔族は黙り込んだ。
「これで少しは憂さが晴れたよ」
見れば、魔族の青年の左腕は消し飛んでいた。
「こいつの相手は俺がする。行け!」
返事は無く、行動で示された。
近衛の戦友は気合の声をあげて、さらにその身を敵軍の中央に押し込んでいく。
「また後で会おう、友よ!」
返事は聞かない。
我が戦友の声は全てが終わってから、笑顔と供に聞こう。
「りゃあああああああっ!」
高速で放たれた白銀の剣を黒い剣が弾く。
「……っ」
高速での剣戟の応酬。
だが、そこには前回とは明確な差があった。
それは相対している魔族の体に僅かながら傷が生まれ始めているのだ。
「……ぐ」
「ちぇりゃああ!」
放たれた剣閃が相手の剣閃の隙間を縫う。
僅かに早くてもいけないし僅かに遅くてもいけない。
コンマの隙間を縫って自らの剣を届かせる。
そして、ついには魔族の青年の脇を小さく抉る。
掠ったのではない、明確な一撃。
「届いたぞ! 俺の剣が!!」
「……っ、チッ」
一晩、禅を組みながら目の前の魔族の剣を思い返した。
二刀の連撃を防がれた時に、最初の初撃が弾かれた時に。剣を交わした僅かな情報から相手の剣の動きを脳内で再現し、それを思い描き読みきった。
昨日と同じようにはいかない。
「これが! 人間の力だ!」
見よ! 魔族よ! 人間は弱くは無い!!
それは一種の舞踏。
武の究極は舞である。
誰の言葉かはわからない。でも確かに、確実に、それは真実なのだろう。
戦場という名の舞台で舞う、剣舞の戯曲。
銀と黒の演舞。
舞うように、舞うように。
互いに自らの体を削り、血潮を撒き散らしながらも、見るものを戦慄させる舞を描く。
そして、それは共に舞を描ける一流の証。
だが、ある瞬間に舞は乱れる。
「くっ」
僅かに呻く。
此方の剣は届くが、やはり魔族と人間の差が痛い。
血を流しすぎたのだ。
体から熱が流れ出ている気がする。
向こうも無傷ではない。
しかし。
「……」
ギャリンッ!
奔った黒剣の一撃を流す。
やはり肉体の耐久力や基礎となる体力が違う。
「……くう」
……やはり強いな。
思わず口元に苦笑が浮かんだ。
……。
「らああっ!」
「……ぬっ」
ギギィンッ!
大きく打ち込んだ一撃が鍔競り合いとなる。
「…………ふふ」
俺の左腕を斬り落とし、俺が左腕を砕いた魔族。
その顔を始めて近場で見る。
灰色の短髪に褐色の肌、赤褐色の瞳。
ある意味ミステリアスな容貌である。
だが。
低く嗤う。
……この顔も見納めだ。
低く嗤い、宣言した。
「俺達の勝ちだ、魔族!」
「……何?」
唐突だった。
背後の帝都から強力な法術の気配が伝わってくる。
見なくても気配で分かる。
ついに法術『白陽の御剣』が発動したのだろう。
「我ら人間の勝利だ、魔族共!」
帝都の上空に何千何万何億何兆という数の剣が浮かんでいる。
先から末端までの全てが白い光で編まれている無限の剣弾。
それは、まるで上空を真白に染め上げているようでもあった。
そして一つ一つに強力な祓魔作用がある。
広域殲滅系法術の名に偽りなし。
帝都に住む誰もが勝利を確信した。
帝都を襲っていた全ての魔族が敗北に絶望した。
只一人の魔族を除いて。
「大したものだな、人間」
「……何」
一瞬目の前の魔族が理解できなかった。
……なぜなら。
……なぜなら。
「ははは。いいぞ、人間」
……………………………………その魔族は笑っていたから。
「本気を出そう」
次の瞬間の光景を誰も理解できなかっただろう。
灰色髪の青年が漆黒の光に包まれたかと思う、その姿は漆黒の鎧姿となっていた。
否。
鎧ではない。
その証拠に、鎧と見られたものの表面は生物的なそれであり、その間接部には間違いなく生体組織のようなものが見えていた。
鎧のような鋭角的な頭部には赤褐色の光が輝いている。
四肢はスマートであり、同時に全てを引き裂くように力強さが見て取れる。
頭部には大きな角、胸部には真紅の珠、背に巨大な円輪。
失われたはずの左腕は治っており、右の手には禍々しい漆黒の剣が握られていた。
鎧姿となった魔族は咆哮した。
「我が名はバァル! 剣と戦に狂った悪魔なり!!」
背後の円輪が高速で回転を始め、同時にその体を漆黒の雷が包み始める。
「我と戦え人間達よ! さもなくば、今この瞬間が貴様らの末期の時だ!!」
一瞬の後、バァルと名乗った鎧の魔族の体から強大な暴風と雷が放たれ。
……法術『白陽の御剣』が完全に消滅した。
―――シーファ―――
「…………何、あれ」
全てを見ていた伊織が横で呟いた。
周囲の避難民達も言葉を失っていた。
それはそうだろう。
ジパングが総力を挙げた作戦がたった一人の魔族によって覆されたのだ。
その心中には絶望という名の感情が暴れていることだろう。
まぁ、俺はポツリと一言。
「……この牡丹肉、美味いなぁ」
……。
先と全く同じ場所に伊織の突っ込みが炸裂した。
……無言で。
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なんか意外に待ってくれていた人が多くて感動した神楽です……。
ちょっと気合入ったので、帝都防衛戦が一段落するぐらいまでは頑張ってみようかとw