53話 侍女達の交流 星と毒編
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
巨大な門を出て、町へと足を向ける。
背後には焦点の定まらない目をした、紫髪紫眼の娘。
……さて、まずは下着ですね。
とりあえず、小さく、けれど深いため息をついた。
事の起りは本日の朝食後。
パンッ。
乾いた音と共に、洗ったばかりの洗濯物が広がる。
干す前に一回広げることが上手く乾かす秘訣だ。
「今日もいい天気ですね♪」
空は晴天、雲ひとつない。正に青天と言いたくなる。
白病で完全に色素を失った私にとってはいささかきつい天候ではあるが、それも専用の魔術を組んで表皮の上に展開すれば特に問題はない。
「後で、皆様のお布団でも干しましょう」
……尤も、ご主人様の布団はエル様の風でどこか彼方に飛んでいってしまったため存在しないが。
流石に人数が増えただけはある、昨日と今日ではその洗濯物の量に小さくない違いがある。とりわけ、女性は普段から身に着ける衣類が多い。故に、小さな洗濯物などもあいまって相当な量になっている。
と。
「…………手伝う」
背後から小さな声が掛けられた。
振り向くと。
「あら、いいんですか?」
「…………(コクッ)」
そこには先日以来この屋敷の住人となった悪魔の娘さんが佇んでいた。
「では、お願いします。干し方は分かりますか?」
「…………(コクッ)」
頷き一つで応じ、洗濯籠に手を伸ばした。
洗濯籠には、ご主人様の上着、私とエル様の侍女服、ミレイの子供用の侍女服、ベッドのシーツやタオル、布巾、それに皆の下着等が残っていた。
「では、お願いします。干す場所は、この辺りに衣類を。そして、こちらから、この辺りまでに他の物をお願いします」
「…………(コクッ)」
やはり、頷き一つ。
無言で了解の意を示すと、私の手伝いを始めた。
とりあえず、流石に人手が二倍になれば作業効率も上がる。
それにマリエル様は私の動きを真似しているのか、凡そミスらしいミスもない。
「後は、小さな衣類を干して、それで終りですね……」
と。
「…………これ、着る物?」
マリエル様が抑揚の乏しい声で疑問符を浮かべる。
手には薄く青い布。レースとフリルがふんだん使われている逆三角形状の……。
「そうですよ。それはエル様のものです」
「…………」
それを目の前でぷらぷらと揺らしながら首を傾げている。
「ええと、他人の下着をガン見するのはどうかと……」
「…………どうやって、着ける、の?」
「……え?」
思わず、聞き間違いかと耳を疑う。
「…………?」
しかしマリエル様は、珍しい物でも見るかのように両手でそれを伸ばしたり、裏返したりしている。
もしかして……。
「マリエル様、少しお聞きしたいことが」
「…………?」
「マリエル様は、下着という物を御召しになっていますか?」
「…………?」
帰って来たのは、首を横に傾ける仕草。
表すなら「下着?何それ?」という表現。
……。
かな~り嫌な予感がする。
「……少しばかり、失礼します」
マリエル様に近づくと、その身に纏っている衣服を遠慮がちにめくり上げる。
かくして、そこには……。
「……! ……///」
「…………?」
服をめくられた本人は相変わらず、ぽやんとした表情で首を傾げている。
しかし、めくった私は実に焦っていたりした。
艶やかな濃紫色のドレスの下は、見事に肌色一色だったのだ。
…………の、ノーパンノーブラですか。
聞いてみれば、魔界には女性用の下着は存在していなかったらしい。
……。
とりあえず、早々に仕事を切り上げて、マリエル様とリース様のお召し物の買出しにでたのは必然だったと言えましょう。
そして時間は現在に。
女性専門の服屋に足を向ける。
お金に関しては、しょうがないので私の懐から出すことにした。
「マリエル様も女の子なのですから、下着はちゃんと身に着けなくては駄目ですよ」
「…………?」
相変わらず、読めない表情ではあるがこちらの言葉はちゃんと耳に入っているようである。
「…………なぜ?」
「な、なぜって!そ、それは……」
それを真顔で聞きますか!?
「…………なぜ?」
再度、抑揚のない声で疑問が投げられる。
「え、えと。それは、ですね。月のものといいますか、下り物といいますか。……その、なんと言いますか、女性の体は硝子のように繊細でして……」
「…………?」
「と、とにかく!汚れやすいんです!大事な場所ですから!綺麗にしとかないといけないんです!下手したら体調も崩すかもしれないんですから!」
私もわりと混乱してますねー……、などと自身の冷静な部分が客観的に判断を下す。
だが、帰って来たのは。
「…………私、悪魔。体、丈夫」
「……」
我が主、この娘にはなんと言って説得したらいいのでしょうか?
「…………下着、なくていいよ」
「……だ、だめですよ!」
一瞬口から私の形をした、白いものが飛び出しそうになりましたが……。
そ、そうだ!
「ご主人様に好かれるためにも、もっと清潔にしてみてはいかがでしょうか?」
「…………お兄様に?」
今までと違って、若干語彙に力を感じる。
よし!この流れなら!
「そうです!下着は、女の子の大事な場所を守ると同時に清潔にする意味もあるんです、だから……」
「……でも、リリス、言ってた。服の下に、何もないほうが、男、喜ぶって」
「……」
ヒュウッ。
今度こそ、口から白いなにかが抜け出た。
……気がした。
……。
「…………お兄様を誘惑する時に?」
「そうです!下着は、殿方を誘惑するときの必須アイテムなんです!」
「…………でも、裸……」
「それは昔のことです、今は裸を色とりどりの下着で着飾って誘惑するんです!」
「…………本当?」
「はい!ご主人様も女性の下着には並々ならぬ興味をお持ちでした!」
「…………」
割とやけくそだった。
私の中にいる、冷静な私が「天下の往来で、なぜこのようなことを力説しなければならないのでしょうか?」と泣いていた。
いや、私自身もわりと泣きたかったりするんですけどね。
「…………なら、する」
しばらく悩んだ後、あっさりと首肯した。
……。
……ちなみに、今晩は生涯で初めてお酒に溺れようと思った。
「またのお越しを」
扉をくぐり外に出ようとした瞬間、背後から女性店員の声が掛けられた。
服屋での下着選択は私の意見をごり押しすることにした。
そうでもしなければ…………。
いえ、これ以上は思い出さないようにしましょう。私の胃が無事な保証がないので。
「…………締め付けられる」
「そのうち慣れますから、我慢してください」
「…………う、我慢」
横でマリエル様がそわそわする。
人間の女性にとっては生まれたときから身に着けているものだ、今はつけていないと不安になってしまう程。逆にマリエル様は本日初めて身に着けたのだろう。さっきから体をしきりに気にしている。
「…………うう」
思わず、くすりと笑みが浮かぶ。
「我慢ですよ、マリエル様」
「…………う」
「ご主人様のためです」
「…………頑張る」
よほどご主人様が好きなのだろう。
「まぁ、とりあえず……」
リース様は後ほど教育的指導ですね♪
「…………魔術師」
「なんでしょうか?」
見れば、普段は焦点が合っていない瞳が私を捉えていた。
「…………感謝感激」
自らの服を示しながら頭を下げる。
普段着るような服も、濃紫色のドレスしかないと言っていたので、下着のついでに普段着も何着か購入したのだ。
今も、先程購入したばかりの服を着ている。
薄紫のワンピースに黒いカーディガンを羽織り、髪を黒の髪留めでまとめている。私としてはもう少し明るい配色でも良かったのだが、本人が「…………これ」と言って譲らなかったのだ。
まぁ、似合ってないわけではないし、良しとしましょう。
「…………服、初めて」
「今度はお化粧も教えてあげます、せっかく素材がいいんですから」
「…………う。……ありがと」
「どういたしまして♪」
この娘も、また我が主と同じように悪魔としての本能が感じられない。
エル様曰く、元々も主と同じで異端だったという話しだ。
そこに主の異端をさらに重ねることで、完全に悪魔としての本能が消えたのだろう。
初めて会ったときに纏っていた狂気も今は完全になりを潜めていた。
と、突然。
「…………魔術師」
「なんでしょうか?」
「…………名前」
「え?」
「…………名前、何?」
マリエル様は繰り返す。
「…………名前、知りたい」
「私のですか?」
どうやら、私の名前を問うているらしい。
マリエル様はこくりと頷くと、言葉を続ける。
「…………他人との交流、名前を教え合うのが、有効。お兄様が……」
語る瞳には、実に悪魔らしくない真摯な光が宿っていた。
「…………私、名前、サマエル。魔術師の、名前……」
「アナスタシアです」
「…………?」
口元に柔らかく微笑を浮かべると、マリエル様の手を取る。
柔らかく温かい、女の子の手だ。
「私の名前はアナスタシア。皆様からはスターシャと呼ばれています。マリエル様もどうぞ、そのように呼んでくださいな」
「…………スターシャ……。…………分かった、呼ぶ」
「はい♪」
……。
人間と同じように衣服を纏い、ぽやんとした表情で頷くその姿は、とてもじゃないが『毒の王』とまで謳われた大悪魔には欠片も見えなかったという。
荷物を背負い、屋敷の門を潜る。
買ったものは主に、マリエル様とリース様の衣服や食器などの生活必需品である。
門を潜り、屋敷へと短い路を歩くのだが。
周囲を見渡して、思わず口からポツリと漏れる。
「しかし、屋敷はともかくとして……」
庭はどうしましょうか?とは最後までは言わない。
なぜなら真横にその原因がいるからだ。
エル様が丹精をこめて手入れをしていた庭は見るも無残な状態へとなっていた。
咲き誇った薔薇の花壇は枯れ、木々は老木の如く崩れかけていた。
その光景が目に映るたび胸が痛む。
と。
「…………原因、自分。責任、取る」
横を歩いていたマリエル様が無表情で呟き。
足元から薄く紫色に輝く霧が周囲に放たれた。
致死の猛毒かと思い、思わず身構える、が。
「……これは?」
薄い霧が覆ったところは、枯れるのではなく、逆に緑が蘇っていく。
「…………毒と薬、表裏一体」
「え?」
「…………毒、使い方、間違えなければ、薬になる」
あいも変わらずに読みにくい表情であるが、訳すに。
今庭に振りまいたのは毒ではなく薬、ということらしい。
……。
「こんなことが出来たんですね……」
純粋な驚きだ。毒と言うからには他者を傷つけることにしか使えないと思っていた。
しかし。
「…………広義で見れば、毒も薬も、変わらない。方向性の違い。役に立つか、立たないか」
私の呟きに応じる声がある。
見れば直ぐ横にマリエル様が立っていた。手には。
「…………これ」
様々な花を集めた花束があった。
「これを私に?」
「…………(コクッ)」
受け取ると花からは瑞々しい命の薫りがする。
先程まで枯れていたものと同じとは思えない。
「…………スターシャ」
「な、なんでしょうか?」
思わずどもってしまうが、そんな事を気にせずにマリエル様は。
「…………お兄様の次ぐらいに、好き」
そういって、私の頬にキスをしてきた。
後日談であるが。
マリエル様は侍女になると宣言し、エル様が凍りつくという珍事が勃発。
聞けばどうにも、私の手伝いとご主人様の世話、それに庭師をやるとの事らしかった。
そしてそのさらに後日。
屋敷の庭が密林化するという事態が発生するが、それはまた別のお話しである。
ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。
というより今回の話はあまりにもあれ過ぎる!!