41話 魔女達の珍道記④
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
日は沈み夜の気配が世界に満ちていく。
周囲にあるのは深緑の木々草花。
宵の灯りは深い森にいっそうの影を落とす。
逢魔が時。
昼の世界が去り、夜の世界が始まる瞬間。
魔に属する全ての者が己の時の訪れに歓喜する刻。
……。
薄暗くなってきた山道を疾走する馬車が一台。
「このまま走り続けるのも良いが、いい加減に体を洗いたい!」
駄々っ子全開でそう叫んだのは、後ろで寝転がっている少女だ。
姿は一二、三頃の黒髪紅眼。
少女の背後では身の丈を遥かに超える長い髪が散らばっている。
「…………後、少し」
もう少し先に水の流れる気配がある。
そこまで待ってもらいたい。
「急げ!わらわは気が短いのじゃ!」
背後より、再度怒鳴り声が聞こえてくる。
「…………う」
頷き一つで応じ、深いため息と共に馬車の速度を上げた。
クルセスによる襲撃の後、町や村を避け、ひたすら隣国クリスタルクラウンに向けて進んだ。途中で馬が泡を噴いて動かなくなるというハプニングもあったが、召喚術で呼び出したグリフォンを馬車馬代わりにして事なきを得た。
……。
占術や探査魔術、追跡魔術をしつこく繰り返した結果、クリスタルクラウンという国の辺境、具体的には今いるルナ大公国との国境辺りと当たりをつけた。
魔界の大魔女。三界最高クラスの術者たるリリスが導き出した結果だ。
本人曰く「クレーターから方角を割り出し、その方角を念入りに調べていったのじゃ。そして、ここだけ異常に反応が薄い。並みの術者であれば誤差と勘違いするかも知れぬが、わらわの勘がここを指している」とのこと。
私もリリスに習って、様々な魔術で調べたが、クリスタルクラウンの一部で、不自然なほどに探査系の魔術が安定して結果を出す地域があるのだ。
結果を出さない地は多々あるが、複数の魔術から統計的に見て一地域だけ連続して同じ結果を安定して出すのは、珍しいを通り越して、おかしい。
そしてリリスもそこが怪しいと言っている。
他にも怪しそうな地域は多々あったが、そこが恐らく一番可能性があるだろうとの事。
……。
正直望み薄ではあるが、どうせ時間はあるのだし、とりあえずはクリスタルクラウンの地に行ってみることにした。
……。
飛翔魔術や転移魔術を使用しないのは相も変わらずにリリスが「いろいろ見て回りたいと」言ったせいである。
私個人としてはさっさと行きたいのだが……。
「…………着いた」
馬車を山道の脇に寄せる。
山道から少々下った所に渓谷があり、川が流れていた。
渓谷を下っていく。
ここらでいいだろうか?
広い河原に出る。
周囲を見渡しても、あるのは巨大な石群や緑濃い大自然だけだ。
……。
「……」
特に問題はないだろう。
……では。
術式を編み、魔力を発した。
……。
地属性の魔術で地面を隆起させそこそこ大きな浴槽を作る。
次に浴槽の表面を溶かし、隙間を埋め、滑らかにしていく。
最後に、汲み上げた水から不純物を排除、そのまま熱を加えて過熱。
いい温度になってきたところで、先の浴槽に移す。
「…………できた」
目の前には、湯気を上げる立派なお風呂が鎮座していた。
ここは山道から外れた山の奥、人目は考えなくてもいいだろう。
……まぁ、見られたら、見た者を殺せばいい。
「おお!見事なものじゃのう!」
リリスが感嘆の声と共に浴槽に飛び込む。
浴槽の周りには、いつの間にか脱ぎ捨てたらしいドレスが散らばっている。
「…………体、洗う」
リリスに苦言を呈する。
湯船に入るにはまず体を洗うのがマナーだ。
だが。
「やじゃ♪わらわはとにかく湯に浸かりたいのじゃ」
……。
……反省の色無し。
判決、死刑。
「……」
チャプッ。
湯船に片手を差し込むと。
「…………反省」
そう言って、湯の中に猛毒を流し込んだ、…………大量に。
身に纏った濃紫色のドレスを脱いでいく。
天界に住んでいた神獣を殺しその身より作った一品だ。
軽いし通気性もよいし丈夫だ、何より多少の損傷位なら自己修復も出来る。
この一着を作るためにその神獣を絶滅させたのも、今ではいい思い出。
……。
ドレスの下は、何も纏っていない裸身のみ。
チャポンッ。
体を軽く湯で流した後、湯船につかる。
沸かした湯につかる、という人間の発想には驚かされる。
今までは体を洗うといったら水か湯を頭の上から懸けるといったものだったから。
始めて知ったときはお鍋とお風呂の差に悩んだものだ。
……。
「…………気持ちいい」
パシャッ、と湯を顔にかける。
人間界には温泉という物があるらしい。
大地の熱と地下より湧き出した水のみで出来る天然のお風呂。
いつかは行ってみたいものだ、温泉。
「…………はふう」
……。
ちなみに、離れたところではリリスが水死体のように虚ろな目で浮かんでいた。
「……」
ピクリとも動かない。
祖に位置する大悪魔、三界で最も恐れられた魔女としてはいささか以上に威厳が損なわれる光景だ。
尤も、先程の暴挙を考えればいい気味だが。
「――♪」
口から鼻歌が漏れる。
満天の星空が栄える。山ゆえに空気が澄んでいるのだろう、昨日の夜空より鮮やかに星々を観察できる。
「…………あ、星」
視界の片隅を流れ星が映る。
(お兄様に会えます様に、お兄様に会えます様に、お兄様に会えます様に……)
流れ星が消えるまでに三回同じ願いを願うと叶う、というのは古くから伝わるジングスだ。
流れ星を見た瞬間に思い出した、ゆえに消えるまでに願ってみたのだ。
本来流れ星が現れ、消えるまでなど二、三秒しかない。
だが、そこは悪魔ならではの高速思考で強引に強行する。
……。
「…………逢えますように……」
想いは力也、とは誰が言った言葉であったか。
「…………ふう」
早く逢いたいな……。
と。
「星に願いを、か?乙女をしておるのう♪」
復活したらしいリリスがからかってくる。
「……」
私の無言を肯定と受け取ったのだろう。
にやり、と笑うと。
「魔界有数の大悪魔、神の毒ともあろう者が随分と少女趣味じゃのう、くくく。今のお主はまるで人間の小娘のようじゃ。実に可愛いのう♪」
「……」
くくく、と笑い続けている。
人がせっかくお兄様のことを考えていたのに。
その思考を邪魔した罪は万死に値する。
「…………死刑」
湯の中に、先程と同量の毒を流し込んだ、…………先程より高濃度で。
……。
山道を抜け、林道を抜ける。
馬車を引いているのがグリフォン――幻獣であるため、馬のように簡単には体力切れにならない。
そのために宿泊をせずにそのまま夜道を緩やかに走っているのである。
昼間にたっぷり睡眠をとったためか夜中でも目が冴えている。
お風呂上りの頬に、涼しい風が気持ちいい。
……。
背後ではリリスが虚ろな目でぐったりと仰向けに倒れ付している。
並みの悪魔なら千回は消滅するほどの毒。
それでも原型をとどめ、消滅していないのは大したものだと思う。
……まぁ、それが分かっていたからこそ実行したのだが。
当分は起きてこないだろう。
一応手加減はしておいたが、体内に侵食した毒を浄化・排出して復活するにはもう暫くの時間が必要なはず。
その間は静かなはずだ。
「……」
――生成・実行。
周囲に薄く紫色に輝く蝶の群れが現れる。
即席で作った使い魔だ。
「…………お行き」
蝶の群れが四方八方に飛び立つ。
リリスが当たりをつけた地に向かって飛んでいく。
これから向かうクリスタルクラウンの地にも一匹送る。
使い魔は精神干渉系魔術を内蔵している。
その地の人間達の精神に侵入し、必要な情報を抜き取れるように。
もしお兄様が隠蔽魔術で隠れているのなら、間接的に探すほうが良い。
……つまりその地の人間の記憶を見るのが一番。
使い魔を見送って暫く、自分の体が冷えていることに気づく。
「…………冷たい」
眠っている間に完全に体感時間や感覚が人間界になじんだのだろう。
先程より鮮明に風の温度を感じる。
昼間は温かだった風も、今は涼しく感じる。
もう少し季節が進めば冷たく感じることだろう。
……。
「…………火は我が朋」
じんわりと周囲が暖かくなっていく。
「…………おいで……」
眼前にそっと掲げた両手の中に小さな火が現れる。
魔炎でも、神炎でもない。
世界を構成する存在の一。神も魔も関係ない、ただそこで燃え盛る真正の火。
一切の不純物の存在しない純粋な火。
表すのなら、真炎。
サマエルの名が示すは天上に輝く火の星。
火は永遠の朋にして配下。
術法も固有能力も関係ない、呼びかけ一つで真炎を顕現させることができるのは三界でも唯一彼女だけである。
それは固有能力ではない、生まれ持った権能。
「…………綺麗」
穢れの無い真紅の灯りが手の中で踊る。
暫く火は手の中で踊っていたが、やがて風に散らされるように消えた。
だが、確かにここには火の温かさが残されていた。
……。
どれほどの時が流れたのだろうか?
気づけば夜が明ける。
この世界に来て二度目の朝日。
黄金の光は夜の気配を果てに追い出していく。
これから始まるは人の時間。
穏やかだった生命が活発になっていく。
……。
そしてそんな中、彼方の空から一匹の蝶が舞い降りた。
蝶は一つの情報を伝えた。
それは彼女の最も望んでいた情報。
「………………見つけた、お兄様……」
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魔女達の珍道記も今回で幕です!
次話はついに魔界組の二人が主人公勢に接触します!!




