40話 魔女達の珍道記③
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
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皮膚が粟立つのを覚え、跳ね起きる。
「…………う」
一瞬脳裏に浮かんだイメージは大蛇。
すなわち、世界を喰らう蛇。
このイメージは……。
「…………ヨルムン、ガンド」
リリスの持つ魔剣。
魔界でも最凶に位置する魔宝具の名。
「……」
――照準・実行。
遠見の魔術を実行する。
見えたのは、狂気の哄笑を上げているリリス。
そして、決死の覚悟を決めたような勇者の青年の貌。
「……」
……哀れ。
あの青年は、絶対に死ぬだろう。
しかし。
「…………自重」
一応、私達はお忍びで来ているのだからもう少し大人しく戦って欲しい物だ。
……。
「…………寝る」
まぁ、その内リリスも勇者を殺して戻ってくるだろう。
しばらくは静かなはず。
何もかも忘れ、自らを蝕んでいる睡魔に意識をゆだねた。
「…………zzzZZ」
……おやすみなさい。
―――リリス―――
「わらわを愉しませよ!!!」
宣言し、一瞬で間合いを詰めると力任せにヨルムンガンドを振り下ろした。
うなりを上げる巨剣の一撃、しかし。
「ぬ!」
神業とも思える騎竜の操作でかわされた。
一切の予備動作なしで、真下に落ちるかのような機動。
そしてその状態から即座に上昇、一瞬の後、背後を取られる。
「滅べ、悪魔よ!」
すれ違いざまに二刀が連続して振るわれる。
……やるのう。
よほど騎竜と意思疎通を交わし訓練を重ねねば出来ない芸当。
だが。
「惜しい」
嗤って、切って捨てる。
振り下ろしたヨルムンガンドをそのままに振り上げず、自らの体を中心として体ごと前方に回転する。
そして、下から上へと、巨剣を振り下ろした。
巨剣と双剣がぶつかり合う。
一瞬の後に、距離が開く。
そのまま回転を続け、背が地上を、腹が上空を向いたところで停止。
「行くぞ!」
宣言し、背の翅より推力を発した。
黄金の軌跡が空を疾走する、そしてそれに追随するかのように漆黒の軌跡が疾走する。
何度もぶつかり合い、離れ、再度ぶつかり合い、離れる。
人類史上、類を見ない程に高度で、同時に華麗な空中戦が展開された。
―――勇者トレイン―――
怖い。
……。
心の底から、思った。
教皇猊下からこの任を賜ったときは誇らしい気持ちで一杯だった。
大悪魔の討滅、勇者としての使命。
その時は恐怖など一切無かった。自信を持って言い切れる。
培った剣技、二振りの聖剣、そして全身に刻んだ神聖文字、その全てが私の自信の裏打ちだった。
常軌逸した鍛錬を繰り返し得た、クルセス最強の剣士という呼び名。
古の竜王の系譜にあたる黄金の翼竜を手なずけた過去。
その全てが私の自信だった。
たとえどんな悪魔が出てこようと、私の全てを持って立ち向かえば必ずや勝利できる。
……。
そう信じていた。
……。
……だが、だが!
目の前には、幼い童女の姿をした悪魔。
一瞬で私の戦友を、仲間を消し去った悪魔。
何度剣を振っても、何度術をぶつけても傷一つ付かずに嗤っている悪魔がいる。
……。
剣を交えるたびに私の心に、私の精神に亀裂がはしる。
意志で固め、覚悟で纏った私の精神が綻んでいく。
そして、その罅から、ある一つの暗い感情が漏れ出す。
罅から漏れ出した暗い感情、それは……。
恐怖。
……怖い。
恐怖が私を蝕んでいく。
心が、精神が悲鳴を上げる。
……怖い。
……怖い。
……怖い。
心の奥底に封じ込め、忘れ去られていた感情。
それが、尋常ではない命の危機に際して、再び思い出され始めた。
ゴウッ!
真横から、空気を切り裂いて巨剣が迫る。
「ハァッ!」
テミスをぶつけ軌道を逸らし、同時にデミウルゴスで巨剣の持ち手を薙ぐ。
攻撃と防御を同時に行う。これこそ左右二刀の真髄。
しかし。
ガキィンッ!
質量を無視したかのような速度で引き戻された巨剣に弾かれた。
……くっ。
「ならば!」
全身に神力を漲らせ、それをテミスに集め増幅する。
先程から起こる、神術の不発については大体見当がついた。
少女の背にある蝶の翅のような物が原因だろう。
……だが!
「ィィィィヤァアアアッ!」
裂帛の気合と共にテミスを振り下ろした。
剣の軌道に沿って、三日月状の刃が創られる。
神術が行使できないのなら、いっそ使わなければいい。
術と似て非なるもの、すなわち技。
テミスで圧縮・増幅した神力を術に使わず、そのまま撃ち放つ。
簡単に言えば、ただ神力を準物質化して飛ばしただけ。
だが、圧縮・増幅したのは神剣『テミス』。
天上の主神より賜りし、神の刃。
三日月状に圧縮された神力の威力は、城壁を一撃で斬断する程。
だが。
「ぬるいのう!」
そんな宣言と共に飛翔した神力を巨剣で掻き消されてしまう。
……いや、これでいい!
自分もこの程度で倒せるとは思っていない。
「往け!」
号令に応じて翼竜が翼をはためかせ、一瞬で悪魔少女との距離を詰める。
少女は巨剣を振り切った後だ、反撃など出来ないだろう。
「殺った!!」
巨剣を引き戻されないよう、デミウルゴスを巨剣に当て、テミスを天上から天下に奔らせた。
間違いなく当たる。そんな確信があった。
相手は剣を振り切った直後。
ついでに言うならテミスを上から落とした瞬間、防御行動は一切とっていなかった。
「滅べ、邪悪なるものよ!」
テミスを持った右手に全力を込める。
私の意志に反応し、全身に刻んだ神聖文字が活性化、瞬間的に筋力が何倍にも膨れ上がる。
私にとっても過去にないほどの速度。
もしかしたら、剣先は音速を超えていたかもしれない。
……。
だが。
……。
「……甘いのう」
そんな声が聞こえた。
―――リリス―――
「滅べ、邪悪なるものよ!」
轟く声、人間の限界速を遥かに超えた速度で振るわれる聖剣。
人造聖剣がヨルムンガンドの引き戻しを邪魔している。
……たいしたものだ。
……。
だが。
「……甘いのう」
超高速で振るわれた剣を絡め取り、その動きを止める。
「お主も勇者なら、悪魔に常識が通じないことぐらい知っておろうに」
勇者に嗤いかける。
……。
聖剣には黒い絹糸が絡みつきその動きを封じ込めていた。
否。
絡み付いていたのは、リリスの常識外れの長さを誇る髪だった。
「今度はこちらの番じゃ」
背後でヨルムンガンドの巨刃を高速で回転させながら空いている左手にスイッチする。
「!」
勇者が驚愕の気配を漏らす。
それはそうだろう……。
今の技は剣術において、背面風車と呼ばれる超高等技術。
剣の達人と呼ばれる人間が、生涯の終りにようやく会得できるか、できないかといったほどの神技。
それを(見た目)幼い少女が、自らの背丈を越える巨剣で行ったのだ。
例え相手が勇者でなくとも、剣の道に通じるものなら驚愕を覚えただろう。
「伊達に長くは生きておらんよ♪」
嗤い、右手から左手へと移った巨剣を振り下ろした。
ザシュッ!
肉を断つ音が響き渡る。
……しかし。
「……お主、本当に大した男じゃのう」
もはや言葉も無い。
……。
髪には神剣『テミス』と勇者の右腕のみが絡め取られていた。
……。
髪の拘束を外せないとわかるやいなや、一瞬の躊躇いもなく空いた人造聖剣で自らの右腕を付け根から切り落としたのだ。
隻腕となりし勇者の眼光は今だ鈍らず、かのう……。
……。
いや、瞳の奥。
本人すら気づかない、精神の深奥に負の感情が見て取れた。
「ふふ」
微笑すると、テミスを手に取った。
バチィッ!
鋭い電光が奔り、テミスを取った右手を焼く。
「……なるほどのう」
テミスは主神の刃、聖の極致。対して、わらわは魔の極致。
反発するのは至極当然だろう。
……。
ふと、呟く。
「だが、悪魔が聖剣というのも面白いかも知れないのう……」
柄を握り振るうのには少々ばかり辛いが……。
……ふむ。
――解析・解除。
聖剣を括っていた術法を解除する、おそらくは召喚系の術法だろう。
いつでも手元に召喚できるように、と。
見れば勇者の顔が引きつっている。
……くく。
術法が力を失った今、テミスを取り戻すには物理的手段に訴えるしかない。
「行くぞ」
一瞬で間合いを詰めると、右手に持ち直したヨルムンガンドを振り下ろす。
人造聖剣で受け流されるが、かまわない。
高速で引き戻し、再度振り下ろす。
元々、人造聖剣とヨルムンガンドではその質量と性能に差がある。
さらにいうなら、わらわの腕力は見た目とは違い、人間とは別次元。
「息が上がってきておるぞ♪」
巨剣を暴風のように叩きつける。
一撃ごとに、目の前の青年の瞳には暗い感情が滲み、濃くなっている。
……恐怖。
恐怖は思考を凍らせ、判断を誤らせる。
「くく」
嵐の如き剣舞はさらにその回転を上げた。
……。
何度目か、ヨルムンガンドが勇者の体を抉った時だ。
ついに。
「……う」
顔を盛大に引きつらせたかと思うと。
「うわああああああああああ!」
絶叫を上げた。
超高高度での長時間に亘る戦闘。
ヒトの次元を超えた戦闘。
自らが敵わないと悟るしかなかった戦闘。
ヒトの精神が破綻するには十分すぎた。
……人間の身ではよくやったほうだがのう。
「……幕か」
表情が変化していく。
陽から陰に。
勇気から弱気に。
やがて。
「……」
「……う、あ」
端整だった顔が恐怖という感情によって歪んでいく。
……。
目の前の青年の瞳には、もはや恐怖という感情しか映っていなかった。
歯はガチガチとなり、顔色は青を通り越し白。
今まで使命感やら、勇気などで覆っていた感情が暴走した結果なのだろう。
「……」
……つまらん。
今までの熱が急速に冷めていく。
ヨルムンガンドとテミスを握る両腕から力が抜けていく。
感情も「嬉」から「飽」に。
……。
「……飽いた」
唐突に目の前の青年から興味が無くなる。
戦闘前に感じた高揚感はかけらほども残っていない。
剣を持たぬ者を剣士と呼ばぬように、戦意を持たぬ者を戦士とは呼ばない。
もはや、目の前にいるのは戦士――敵ではなく、ゴミでしかない。
先程が愉しかった分、余計につまらなく感じる。
「……」
「ひっ、ひぃい」
わらわの視線を受けて、悲鳴を上げる。
突然、勇者が大きく間合いを取ると。
ゴォオオオオッ!
勇者を乗せいていた翼竜がブレスを吐いてきた。
流石に黄金の鱗を持つだけあって、大した威力だ。
翅から放出した波動がブレスを散らす。
「……ちっ」
気づいたときには勇者だった青年は背を向けて高速で逃げ出していた。
……。
「もはや嗤う気も失せるのう……」
背後の翅から強大な推進力を発した。
―――勇者トレイン―――
怖い。
怖い。
怖い。
怖い!
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
もはや使命感など欠片もない。
あるのは生存への欲求だけ。
……。
騎竜に命じてブレスを直撃させると、即座に反転して逃走した。
しかし。
「阿呆。殺し合いの最中に逃げるな……」
「ひぃ!」
背後からどす黒い気配を感じた。
反応する間もなく、頚部に凄まじい激痛が走り。
視界が複雑に回転した。
「…………あ、へ?」
僅かな浮遊感の後、突然の落下。
……。
やがて視界に映ったのは、蝶の如き翅を生やした悪魔に、黄金の翼竜に乗った自分の体。
……。
自分の体には首から上が存在しておらず。
「……………………あ、くび……」
頚部を巨剣で薙ぎ払われた、と気づく寸前に意識は暗転した。
―――リリス―――
空間転移で馬車に戻ってみれば、案の定サマエルは軽やかな寝息を立てていた。
戦前に作り出した毛布を引っ張り、肩にかけてやる。
「……やれやれ、じゃのう」
ため息一つ。
……。
どうにもつまらない幕切れだった。
勇者なら勇者らしく、最後は雄雄しく散って欲しいものだ。
……。
「……」
……せめて報酬があるだけましということで納得しておこうかのう。
左手を顔の前に持ってくる。
戦闘が終わるまでテミスを握っていたためか、見事に焼け爛れている。
現在テミスはヨルムンガンドと共に影の異空間に納めてある。
ちなみに、残った翼竜や勇者の遺骸は波動で消滅させておいた。
わらわはゴミは残さない主義だ。
……。
「……くく」
思わず笑いが漏れる。
人間界に存在する主神の双刃――二振りの聖剣のうち一つが手元にある。
人間界にとっては悪魔に対抗するための力が大きく失われたことになる。
「面白いことになりそうじゃのう……」
人間界は大きく混乱することになるだろう。
それに今の魔界は王不在で荒れに荒れている。
統制を失った悪魔達の多くがかつてのように天界や人間界を目指して動き出している。
侵略戦争が再会されるのは時間の問題。
……。
力を失った人間界に動き出した魔界。
……。
それらの事を考えると実に愉しい気分になる。
「……さあ、愉しい愉しい動乱の幕開けじゃ」
近いうちに訪れるであろう時代を考え、嗤う。
「そこでもお前は……、やはり寝てばかりいるのかのう」
我らのもとを去った男に思いを馳せる。
「悪魔に生まれし異端児よ、平穏はもう直ぐ終わりを告げるぞ……」
焼け爛れた左手は黒い光に包まれたかと思うと、次の瞬間には外見相応の綺麗な女の子の手に戻っていた。
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復活後、第二弾!
りりすはせいけんをてにいれた!(某RPG風)
……楽しい事が大好き!快楽主義者なリリスさんでした!!