37話 徴発しましょう
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
昨晩はちょいと所用で不在でしたm(_ _)m
クルセスの勇者、発つ!
それは大陸を震撼させるには十分なニュースだった。
勇者は人類の希望であり、魔族に虐げられ続けた人類の心の支えであったから。
ルシファーが魔王になってからは勇者が動くことはなかった。
魔王・ルシファーの時代では魔族が人間界に攻め入ったことはなかったからだ。
クルセスでは大きなパレードが開かれ、町中の人々が勇者を見送った。
……。
だが、裏では様々な政治的取引が多分にあったのは確実だろう。
宗教国家、<勇歌と聖歌の国>クルセス。
ゼア大陸の殆どの国が国教としているサルヴァ教の総本山。
そして、人類の力と希望の象徴たる勇者が誕生する地。
クルセスの歴史は人間界と天界が手を取り合った時が始まりとされている。
当時、神と契約した時の教皇セネヴ一世は、力強いリーダーシップとカリスマ、何者よりも高潔な意志と信念で人類を纏め上げ、魔族に対抗した偉人である。
そしてその教皇を長とした国が今のクルセスの元である。
クルセスは魔族を滅ぼすことを至上の命題とした国であり、事実クルセスで生み出される勇者は数多くの魔族を人間界から退けた。
だが、どんなに素晴らしい国でも時の毒には逆らえない。
……内部からの腐敗。
最初は一部の人間が利益を求めるだけだった。
だが、一人が始めれば、後は破滅と言う名の坂を連鎖的に転がり落ちるだけ。
最初は僅かな金額の横領程度が、時を追うごとに悪化していき。
ついには勇者の派遣を盾に平気で内政干渉をしてくるまでになってしまった。
中には教皇自身が奴隷の売買を奨励し。自身も性処理の奴隷を飼う、という事もあった。
……。
多少の自浄作用もあっただろう、今の今まで国が存続していたのがその証だ。
しかし限界は来る。
ルシファーが魔王になった時にそれがきた。
当代魔王・ルシファーが人間界に攻め入らなかったため、クルセスの外交の切り札たる「勇者の派遣」というカードが力を失ってしまったのだ。
そして、後の祭。
今までの代償を払う羽目になった。
……多数の国家による経済的締め上げ。
既に国として末期まで来ていたクルセスは、教皇の首を斬るだけではすまず、ルシファーが魔王をやっている期間だけで、七回教皇が替わった。
ゆえに今回のルナ大公国への勇者派遣は、クルセスが「魔族に対抗するには勇者と言う力が必要である」という他国家への示威行動と、「ルナ大公国との繋がりを作る」という政治的思惑が含まれているのである。
何も知らない民にとっては勇者の派遣は喜ばしいことである。
だが、クルセスの上層部にとっては、今回の派遣の可否がそのまま国家存亡にかかわるのであった。
情報元は商業ギルド。
屋敷への道中、商業ギルドの建物があまりにも大きな喧騒に包まれていたので、気になって精神干渉系魔術で内部の人間の記憶を読み取ったらしい、とのことだ。
本来はそんな事はしないのだが、そのときは第六感が訴えたらしい。
……。
ついでに、私が魔王軍を統治しているときに、軍の情報部には人間界や天界の情報を常に集めさせていた。
そのため、今回の勇者派遣の裏にある事情を正確に読み取ることができたのだ。
尤も。
「無理でしょうね……」
一言で切って捨てる。
「並の悪魔なら可能だったのでしょうが……」
そう、並みの悪魔なら討伐も可能だっただろう。
だが。
「サマエルとリリス。その気があったなら魔王の座に座れるほどの実力者達です。いくら勇者といえど人の身では敵わないでしょう。せめてケルベロスの時ならその目論見も成功したでしょうに……」
サマエルとリリスはあの犬とは次元が違う。
勇者も返り討ちが関の山だろう。
……。
……しかし。
「人類の希望の象徴たる勇者も、今では政治の道具ですか。……初代教皇が知ったら憤死するでしょうね」
人の欲は時に神や悪魔ですら驚愕させられる。
……権力の毒は抗いがたく、落ちるのはなんと容易いことか。
ジュウウッ。
手元のフライパンに油を引き、ミルクとといた卵の生地を流しいれる。
そのまま手早くかき混ぜ、ある程度膜のようになったら、ハム、チーズ等の具を入れ、包むように形を整える。
外見はこんがり、中身はトロトロ、美味しいオムレツの基本である。
オムレツ――安くて簡単に出来る家庭料理の定番。
でもって、ミレイの好物でもある。
スターシャには料理の運搬とお茶の用意を頼んである。
……。
「よっ、と」
出来上がったオムレツをお皿に移していく。
盛り合わせの野菜を添えて、トマトから作ったソースを添えて完成である。
「スターシャ、よろしくお願いします!」
はい!とリビングから聞こえる。
最後に昨日の夜から鍋で煮込んでおいた、スープを深皿に盛り付けていく。
「よし、上がりです」
「では、いただき……」
まーす、とは続かず。
「えと……、ご主人様はどうしましょうか?」
スターシャが何とも聞き難そうに質問してくる。
ミレイが眼をそらす。
……。
白目を剥き、紫の泡を噴いていたご主人様は、復活の兆しが無かったので部屋に放り込んでおいた、……邪魔だったので。
……。
「お腹が空いたら適当に復活してくるでしょう」
「「……」」
母娘は僅かに沈黙すると。
「そうですね、きっとそのうち起きて来ますね」
「シーファ様ですから♪」
と、納得した。
「では、改めて……」
「「「いただきます」」」
……。
朱に交われば赤くなる。
スターシャもミレイも、意外に染まっていた。
紅茶を啜る。
食後の一服中だ。
ミレイは現在、侍女修行の一環として食器の洗浄中。
アポロンとアルテミスは窓辺で日向ぼっこをしている。
……。
カタッ。
ティーカップをソーサーに置いた、と。
「エル様……」
目の前のスターシャが話しかけてくる。
「ひとまず、朝食が先と言うことで伸ばしましたが……」
そう、朝食の前、ということでひとまず話し合いを後にしたのだ。
「ええ、今後についていろいろと決めなければなりません」
この場にご主人様はいない……、が。
元々計画性などかけらも持ち合わせていない人だ。
「……こちらで、決めておいて問題ないでしょう」
「……?」
「いえ、なんでもありません」
軽くごまかした後。
「サマエルとリリスが人間界に来た理由ですが、心当たりがあります」
「ッッ!」
スターシャが息を飲み込む。
「おそらくですが、……ご主人様を追って来てのでしょう」
そう、おそらくその通りだ。
リリスはどうか分からないが、サマエルはほぼ百パーセントの確率でご主人様の後を追ってきたのだろう。
魔界の城にいた頃から、ご主人様にアプローチをかけていたのだ。
尤も、気を引くために本気の殺し合いを仕掛けたり、ご主人様の集めた奴隷達を皆殺しにしたりと、かなり狂気を帯びたアプローチだったが。
「今は結界のおかげで気づかれていません。ですが、おそらく近いうちに接触することになるでしょうね……」
サマエルの思惑は読める。
おそらく、接触したらそのまま戦闘になる可能性が高い。
「……」
「リリスに関してはご主人様に任せましょう。かの悪魔の実力は主神に匹敵します。化け物には化け物を。そして私達でサマエルを……。勝てる相手を選び、戦いを挑む、これは戦術の基本です」
「なるほど。しかし……、昨日の夜も何か言っていましたが。エル様は、サマエルと戦った事があるのですか」
痛いところを聞いてくれる。
あるか、ないかと聞かれれば。
「あります、負けましたけど……」
「な!?天使長が!」
酷く驚かれてしまった。
「私とて、無敵ではありませんよ。負ける相手には負けます……。最も今度は負けるつもりはありませんが」
「サマエルの固有能力は致死の猛毒。全身が毒そのものであり、使う魔力も毒の属性を帯びています。掠りでもすれば即アウト」
「なんですか、その凶悪な存在は……」
「その上、本人自体の実力も魔界では五指に入ります」
「……」
「幸いと言っていいのか分かりませんが、毒に対しては対抗策があるため、本人の実力だけ注意しておいて下さい」
「対抗策?」
「私の固有能力ですよ」
「……ああ!」
天使長ラファエルの固有能力、それは……。
「治癒能力、ですね……」
スターシャの言葉にくすりと笑うと。
「正解です」
その答えを肯定した。
……。
毒を受けたのなら、解毒という名の治療をしてしまえばいい。
ならば、後はサマエル本人との実力勝負になる。
以前は遅れをとったが、同じ轍は踏まない。
こちらもそれなりの用意がある。
それに……。
「こちらは二人です、負ける理由は特にありません」
と、スターシャが疑問を呈する。
「しかし、私達がこの地で戦闘を行えば……」
なるほど。
その疑問は最も、しかし。
「そこらへんも考えてあります。この後ご主人様のところに行って方舟を借り受けます。そして……」
……。
「……なるほど。それなら確かにこの地に被害は出ませんね」
「はい」
「しかし、どうやって方舟を借り受けるんですか?」
あれは、たしか影の異空間に収納されていたような……、と呟く。
その疑問も尤も、しかし。
「そこも問題ありません。アルテミスがいればご主人様の異空間にはアクセスできます。最もアクセスキーを変えられていなければ、ですが」
アルテミスは本当に便利だ。
「ですから、後で方舟を徴発しましょう」
……。
手元の紅茶も冷めてしまった。
「お茶を入れなおしましょう……」
「あっ。なら、私がやりますよ。エル様は座ってて下さい」
スターシャが椅子から立ち上がる。
「ついでに、ミレイの様子も見てきますから」
……。
ならば、今回はスターシャの厚意に甘えよう。
「わかりました、お願いします」
「はい♪」
母が娘を追って厨房に消えた。
……。
ふうっ。
思った以上に深いため息が零れる。
本当なら、戦いにならないのが一番良い。
……でも。
「戦いに、なるのでしょうね……」
思わず呟いた言葉は、誰にも聞かれることはなかった。
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