35話 紅夜の惨劇
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
グズグズッ。
周囲の木々が、大地が崩れていく。
私の周りに散らばった人間の死骸も黒ずみ崩れていく。
私の体から漏れ出した毒が周囲を蝕んでいるのだ。
「…………」
離れた場所では、リリスが嬉々と人間の兵士を虐殺している。
だが私はそんなことには興味はない……。
この人間たちも、リリスが殺した人間の死体が転がってきただけだ。
興味があるのは……。
「…………お兄様」
僅か、ほんの僅かであるが、この地に愛しい人の気配が残っていた。
次元の境界を越え、出た先はルナ大公国と呼ばれる国の近くだった。
眼下には都市一つが入ってしまいそうなほどに巨大なクレーター。
残留している魔力の流れや、周囲の気配から考えるにここでケルベロスが朽ち果てたのだろう。
「ほほう、これは大したものじゃのう」
横でリリスが感心している。
口には出さないが、私も同感だ。
眼下のクレーターは魔術行使の結果として生まれたものだろう。
しかし……。
「人の身でこれを生んだのであれば、間違いなく人間としては最強に位置する術者じゃろう……」
「……」
それも同感。
「しかし、ふむ……」
何やら考え込むと。
「ま、何を考えようと、今はせん無いことじゃ。とりあえず降りるかの」
とにかく調べてみんことには何も言えぬ、とさっさと降りていってしまった。
「…………待って」
とりあえず、私も追いかけることにした。
リリスの術者としての技量は魔界でトップクラス。
すぐにこの場であったことを分析したのだろう。
いろいろと教えくれた。
「これは……、流石に驚いたのう。まさか天属性の魔術、しかも雷火の剣とはのう、こんなものが直撃すればわらわとてただでは済まぬ」
「…………」
驚いた、滅多に他者を認めぬリリスの言葉とは思えない。
……。
……。
「しかし、人間の魔術師で古代魔術を使うものなど……」
「………………『帝国の魔導戦姫』?」
「うむ、それぐらいしか思い当たらぬが……」
これなら、犬が消滅した理由も納得できる。
と、リリスが歪に笑いながら爆弾発言をした。
「まぁ、『帝国の魔導戦姫』かどうかは知らんが、ここにあやつがいたのは確かのようだがのう」
「……!」
「人間の魔術師の気配に隠れて分かりづらいが、ほんの僅かに残っているこの気配……。間違いない。あやつ、ルシファーのものじゃ」
私にはわからないが、でもリリスが言うならそれは確かなのだろう。
天地創造と同時に誕生した最古の悪魔、全魔族の母にして魔界最高の術者の名はだてではない。
「…………………………流石は年の功」
ぼそっと一言。
瞬間。
ギリギリッ。
足元から湧き上がった闇が私の体を締め上げた。
「何か言ったかのう、サマエルよ。女に歳の話は禁句じゃぞ♪それは同姓とて同じじゃ」
「……………………苦しい」
「ほほ。苦痛の中で反省せよ。わらわは寛大のつもりじゃがのう、その言葉は頂けぬ」
「……………………うくっ」
「わらわはお主等より、ほんの少し長く生きているだけじゃ!そう!ほんの少し」
「……………………数億年は、少しじゃ、ない」
ギリギリギリッ。
体を締め上げる闇の圧力が増す。
「ほほほ、言っても分からぬ愚か者には体で理解してもらおう」
リリスが艶然とした笑みを浮かべて、舌なめずりをする。
「お主は、確か処女じゃのう……。同族の初物を頂くのも悪くないかもしれないのう……」
男性が見れば、前かがみ必然の表情で迫ってくる。
「…………嫌っ」
貞操の危機を覚える。
私のはお兄様に奪っていただこうと取って置いたものだ。
リリスは嫌いじゃない、が、それとこれとは話が別。
「…………」
ブワッ。
体から放出された猛毒が闇を朽ち果てさせ、リリスが後に跳躍した。
「…………苦しかった」
けほっけほっと咳が出る。
「くくく、女のプライドを傷つける愚か者には、同じ目にあって貰おうかのう」
リリスの目が笑っていない。
小さな体躯から、魔界の最底辺よりなお濃い瘴気が湧き上がっている。
どうやら歳の話は絶対の禁句らしい。
「…………」
……。
とりあえず、貞操だけは死守しよう。
こんなとこで奪われようものなら、発狂確定だ。
と。
「その前に少々ゴミ掃除をせねばならぬのう、無粋な輩共じゃ」
そういって、腕を軽く振った。
ドゴォォンッ!
遠方から飛来した黄金の光が闇の壁に当たり、弾かれる。
どうやら、この国の兵士達が私達を攻撃してきたらしい。
再び黄金の光が飛来する。
が、全て闇の壁に弾かれる。
なかなかの威力だ、だが今回は相手が悪かった。
最古の悪魔にとって、そのような光弾はほとんど意味が無い。
……。
後から知った話では、この国は先日のケルベロス襲撃で魔族の来訪に対して敏感になっていたとのこと。そのため国を覆う形で魔族の来訪を感知する結界が張り巡らされていたらしいのだ。
そこに、私とリリス来訪と軽い諍い。
結界が反応するには十分すぎたそうだ。
それで今度こそはと息巻いて、全軍を持って私たちを討伐に来たらしい。
……だが。
「愚か者どもめ、放っておけばよいものを」
確かに……。
私たちは人間界に侵略しに来たわけではない。
人間から手を出されない限り、こちらから手を出すつもりはなかった。
尤も。
……助かった。
リリスの怒りの矛先が人間に向いたのは僥倖だ。
「サマエルよ、手を出すな!この無礼者たちはわらわの玩具じゃ」
「……(コクッ)」
リリスの声に、頷き一つで応じた。
一応、怒りの矛先をそらせてくれたのだ、その分くらいは感謝しておこう。
せめて、苦しまずに逝って欲しいものだ。
……まぁ。
「はは、はははは!」
狂ったように哄笑を上げるリリスを見る限り、それも無理だと思う。
「…………哀れ」
ポツリと呟いたその声は、誰にも聞かれることなく虚空にとけた。
そして、話は冒頭に戻る。
私から離れたところで、リリスが嬉々として人間たちを虐殺している。
原初の悪魔、それは悪魔としての本能がどの悪魔より強いことを意味している。
……。
人間の命を消して幾度、リリスの顔は興奮したように喜悦に染まる。
剣を片手に向かってくる兵士の頭を闇の顎で噛み砕く。
魔術を唱えようとする、術者の咽を闇の牙で抉り取る。
魔術と剣を持って向かってくる兵士の首を闇の爪で斬り落とす。
逃げる兵士の一団を背後から闇の車輪が轢殺していく。
命乞いをする兵士の体を、闇が絡めとり握りつぶしていく。
……。
さながら遊戯。
だが、幼児の戯れのほうがまだ品が良い。
これはただ、一方的な殺戮。
そこに意味も、正義もない。
ただ、ただ、人間という生命を消していくだけ……。
全てが終わると、そこに鮮血の海と夥しい人肉、人骨が散らばっているだけだった。
ただ独り、リリスのみが鮮血の海に立っていた。
墨を溶かしたかのような漆黒の艶やかな髪や、処女雪のように穢れの無かった真白の肌は返り血や人の脂によってどす黒く汚れてしまっている。
ただ、真紅の瞳が興奮によって煌々と輝いていた。
「たまらないのう、この生命が掻き消える瞬間……」
手について、鮮血を舐めとりながら言う。
「ああ……、まだ興奮が収まらぬわ」
体をぶるっと震わせる。
「くく、たまらない。たまらないのう、この悦楽。何度か達してしまったわ」
今のリリスからは咽るような雌の色香が漂っている。
もし、この場に男がいれば、例えどんな聖人君子だろうと間違いなく彼女を押し倒していただろう。
いまだ興奮が冷めぬのか、自らのドレスの中に手を入れ、体を弄る。
「はは、どこからか生娘でも攫ってくるとしようかのう。乙女の喘ぎはどのオペラよりも耳に心地よく、処女の生き血はどのような美酒にも勝る!くく、くはははは!」
惨劇の地に、高々と哄笑が響いた。
……。
私はそっと、その場を離れる。
このままでは血の臭いに惹かれ、私まで殺戮衝動に駆られそうだったからだ。
「…………リリス、また後で」
その日、ルナ大公国の魔導騎士団、魔術師団、騎士団。
国力の象徴たる三つの軍団が一匹の悪魔によって壊滅させられた。
後に「紅夜の惨劇」と呼ばれるようになる惨劇である。
また、ケルベロスに襲撃され、国力が限りなく低くなっていたルナ大公国にとってこの惨劇は余りにも強烈過ぎた。以後、十数年に亘って国力の回復と、軍事力の建て直しを図ることになるのは別の話である。
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リリスはナチュラルにエロエロですww
でもって、実力的には
リリス>>(超えられない壁、多数)>>>ケルベロスですwwww