34話 侍女達の交流 風と星編
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
――♪
軽やかな旋律が宙を舞う。
管楽器、弦楽器、打楽器。
様々な楽器が、さながらオーケストラのように素晴らしいハーモニーを奏でている。
そして、目の前を煌びやかな翠色のドレスで着飾り、水晶の装飾具を付けた踊り子達が進んでいる。
今宵は、クリスタルクラウンの建国記念日。
そしてそのメインたるパレードだ。
――♪
旋律に合わせて、踊り子達が体を揺らす。
ある種扇情的でありながら、けして下品ではなく……、同時にどこまでも神秘的な光景。
それは、<緑と水晶の国>の名に恥じぬ堂々たるものであった。
「きれーい!」
足元で娘が歓声を上げる。
本日は、私とミレイ、それに。
「確かに、これはなかなか壮観ですね」
と、ミレイに賛同するように言ったのは先輩侍女たる、エル様だった。
現在、この三人で祭を見に来ているのだ。
予定としてはここにご主人様を加えて、四人で来るつもりだったのだが……。
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、(以下延々と繰り返し~」
と、壊れた蓄音機のように繰り返しながら、仔リスのように蹲ってプルプル震えているご主人様と、笑顔の仮面を貼り付けたまま灼熱の怒気と絶対零度の殺気を撒き散らすという器用な真似をする先輩侍女を見て。
「申し訳ありません、我が主。…………私は、無力です」
と、心の中で懺悔+合掌して、…………見なかったことにした。
先日、ミレイを手伝って以来、姿を見ないと思ったら部屋に閉じこもっていたらしい。
……よほどの恐怖を味わったのでしょうか。
魔王・ルシファーの心を簡単にへし折るとは、エル様はいったい?
先輩侍女の正体がすごい気になる。
……。
閑話休題。
……。
まぁ、そんなことで、今晩は主人抜きで祭りに出ることになったのだ。
ザワザワッ。
そこかしこから笑い声や、酔っ払いの大きな声などが聞こえる。
男達は美しい女を求める。
女達は美麗な男を求める。
子供達は親から貰った小遣いを片手に屋台を巡り、やがては家に帰る。
老人達は酒を片手に昔話に華を咲かせ、陽気な笑い声を上げる。
そして、好き合っている男女はそれらの輪を離れ宿へと向かう。
祭の熱は人の欲望を焦がし、時に大胆にさせる。
だが、それを悪いとは思わない。
今宵は一晩の楽園。
覚めては溶ける、泡沫の夢。
……。
……尤も。
バキッ。
エル様が放った閃光のごとき拳が酔っ払いの顔面に突き刺さる。
ご丁寧に、風を拳に纏わせ破壊力を上げていた。
「これで、二十七人目」
冷めた声で被害者たる酔っ払いをカウントする。
パレードが終わった辺りから、私とエル様に声を掛けてくる男性が後を絶たないのだ。
声を掛けられるくらいならまだいい方だ。
中には先程の男性のように、抱きついてこようとする不埒な輩もいる。
「祭に浮かれるのも結構、けれど最低限の理性は保つべきです」
にべもない。
ゴッ。
「……二十八人目」
上体を捻り後方に放った裏拳が、私の胸に手を伸ばしてきた男性を轟沈させた。
「人と獣の差は、その身に宿る知性の有無。そろそろ堪忍袋の緒が限界を迎えそうですね」
エル様の声の温度が危険なほどに下がっていく。
「……すいません」
思わず謝ってしまう。
「もう少し早めに切り上げるべきでした」
そうすれば……。
しかし。
「構いません、子供は親を困らせるのが仕事です」
苦笑を滲ませた声でそういうと、私の腕の中で寝息を立てているミレイをそっと撫でた。
パレードを見物し終えた後、町の中央で露店や出し物などを巡っていたのだが途中でミレイが疲れ果てて寝てしまったのだ。
仕方ないので一度帰ろうと思ったのだが。
「空間転移は屋敷の結界が阻みますし、このような人の多いところで空を飛ぶわけにも行きません。時間制限があるわけでもないですし、もう少し祭の見物でもしてから帰りましょう」
というエル様の言で、ミレイを抱えたまま巡り歩くことになったのだ。
「ご主人様にはなんかお土産でも持って行きましょうか?」
「そうですね……。ご主人様のことですから食べ物がいいでしょう」
私の問いに、エル様は僅かに考え込んだ末にそう答える。
「どうせ家でふて寝でもしているでしょうから。それに……」
「それに?」
「ご主人様はどちらかというと、花より団子な人ですから」
「あー……」
つい先日のエラトステネスでのパーティーが思い出される。
……独り壁の花で料理を貪っていましたね。
ご主人様らしさに、思わずくすりと笑いが漏れた。
露店で食べ物をたくさん買い込み、今は屋敷に向かって歩いている。
と、突然エル様が聞いてきた。
「スターシャ、貴方は『帝国の魔導戦姫』ですよね?」
!
思わず呼吸が止まる。
抱えていたミレイを落とさなかったのは奇跡だ。
「な、なんのことでしょうか?」
声が動揺に震える。
「安心してください、それでどうこうしようとは思いません」
エル様は当然のように説明していく。
「人間であなたほどの実力の魔術師、しかも基本属性はおろか複合属性まで全て使いこなし、失われたはずの古代属性の魔術を当然のように使える。そんな人間は『帝国の魔導戦姫』くらいしか思い当たりません」
「……」
「ご主人様は、そこらへんにはあまり興味ありませんし、貴方が元どこかの騎士、というぐらいしか知らないでしょう。しかし、私としてはいささか興味があります」
「……何を」
「『帝国の魔導戦姫』と言えば、人間界で魔界の大悪魔達に対抗できる、数少ない戦力だったはず。レイヤード大帝国の切り札にして、天界でも期待されていた戦力。例え貴方が不治の病を患っていたとしても帝国が貴方を簡単に捨てるとは思えません」
「……」
「いったい何があったのですか?」
エル様から敵意は感じない。
恐らく純粋な疑問なのだろう。
……。
……そろそろ話すべきかもしれない。
ご主人様もエル様も、こんな私を受け入れてくれた。
そしてミレイも……。
……。
ならば。
――多重展開・固定。
キキィンッ。
周囲に封音結界を多重展開する。
これで、私達の会話は絶対に漏れないだろう。
「エル様、今より話すことは、ご主人様以外にはけして話さないで下さい……」
エル様の目をまっすぐに見て、言う。
「……分かりました、我が主人の名に誓いましょう」
しばしの沈黙の後、了承してくれた。
……。
……。
そして、全てを話した。
私が帝国の魔導戦姫であること。
私が帝国皇帝イグザリアスに強姦されたこと。
そして皇帝の子を身ごもってしまったこと。
懐妊したまま白病を患い、捨てられたこと。
周囲の人間は誰一人として助けてくれなかったこと。
両親、兄、姉からも見放されたこと。
身重のまま帝国を出奔したこと。
そして……。
このクォーツの町でミレイを出産したこと。
……。
その全てを話した。
「なるほど、ミレイはレイヤード大帝国の皇帝息女だったのですか……」
「……はい。一応、そうなります」
「しかし、……なんとも最低な人間ですね」
エル様は嫌悪感を隠さずに言う。
「女性としての幸せを踏みにじった挙句に……」
同じ女として、皇帝イグザリアスの仕打ちはとても許容できる物ではないのだろう。
無理やり手篭めにした挙句、不治の病に罹ったからといって、身重のまま捨てた。
それこそ、全うな人間ならまず正気を疑う仕打ちだ。
……。
……でも。
「確かに……、皇帝を、帝国を、家族を、この世界を恨みました、が……」
……でも、今は。
「今は、この運命に感謝しています。私が白病を患ったから、ミレイを産んだから、帝国を追い出されたから……」
……そう、その全てがあったからこそ。
「シーファ様とエル様に出会えたのですから」
「スターシャ、あなたはご主人様が悪魔ということは知っていますか?」
暫くの沈黙の後、唐突にたずねてくる。
「え?はい、一応」
なるほど、と頷くと再び質問してきた。
「ならば、…………魔王・ルシファーということも?」
「……はい」
「そうですか……」
再びの沈黙。
やがて。
「ならば……、信頼の証として、私の正体も明かしましょう」
と言ってきた。
「昔は天界で天使長などをやっていました。名をラファエル、と」
!
呼吸はおろか思考まで全てが停止する。
今、なんと?
天使長?ラファエル?
「まぁ、元ですけどね」
目の前でエル様が苦笑している。
今までの神力の密度や量からして、もしかして天界の関係者かとは思っていたが……。
「天使長。……それも、ラファエル?」
天使長ラファエル――風と大気を司る天使であり、同時に天界最高の癒し手の名だ。
そして、本来は。
「でも、天使長って天界で主神の護りを……」
そう、天界の力の象徴にして、主神を守護する最後の砦のはず。
だが、エル様は。
「今はご主人様の奴隷兼侍女ですよ」
ウインクを一つ、笑うように言った。
それからお互いの身の上を語り合った。
楽しかった事、辛かった事、そしてこれからの事、いろいろと……。
濃い時間は過ぎるのが早い。
気づけば、後僅かで屋敷に到着する。
郊外に建っているだけあって、周囲には人気がない。
と、突然。
ヒュ~、……ドォン!
宵闇の空に火の華が咲く。
赤、青、黄、緑、紫、橙。
様々な色の火の華が宵闇の空を飾っていく。
それは、とても幻想的で……。
「きれい……」
思わず呟いた。
「あれは?」
「あれは、ジパングの花火ですよ。祭事や祝い事の時に空に打ち上げる物らしいですよ」
エル様の疑問に答える。
「なるほど……」
一つ頷くと、こちらに体ごと振り向いた。
「スターシャ、貴方達とはこれから長い付き合いになるでしょう……」
そういって、エル様は私とミレイをそっと抱きしめてきた。
「ご主人様はなんだかんだで、手のかかる方ですから……」
どこまでも優しい声音。
それはさながら、手のかかる弟の面倒を見る姉のような声。
……。
バサァッ。
突然、視界を純白の何かが覆う。
「エル様?」
エル様の背から生えた翼だった。
最高位の天使たる純白の六翼、一切の穢れなき真白の翼が私を包んでいる。
頬を、体を、翼の柔らかな感触が体を撫でる。
……。
天使の翼は、その身に宿る神威の象徴。
天使がその翼を他者に触らせると言うことは……。
「スターシャ、これからよろしくお願いします」
――その者を、心の底から信用し、信頼している証。
「はい、こちらこそ。よろしくお願いします」
花火が飾る宵闇の下、銀髪碧眼の天使と白髪紅眼の魔術師は本当の意味でお互いを理解し、通じあった。
――同時刻。
ルナ大公国、エラトステネス西方。
巨大なクレーターの上空に一つの異変が起きた。
バキィッ。
満天の星空の中央。
バキキィッ。
何もない空間がひび割れ、……やがて。
パリィィンッ。
砕けた。
そして。
一切の光を許さぬ闇夜と、森羅万象を蝕む毒が広がった。
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シーファパーティ結束力上昇中!
ちなみに言いますと、二人はけして百合ではありません!!