32話 思い出を求めて③
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
依頼を片付け、ギルドで報酬を受けとる。
時間にして、恐らく午後の三時位だ。
売り払ったオルゴールなどを買い戻し帰れば、いい時間。
「さて、と。……あいよ、お疲れ様」
「あっ……、はい」
ジャラッ。
銀貨が詰まった袋を渡す。
「これ、全部ですよね?本当にいいんですか?」
「かまわんぜ。俺は今回、ついて行っただけだからな」
「はい……、ありがとうございます」
「おう。んじゃ、行くか」
「はい!」
元気良く返事をしたミレイの頭を一撫でして、ギルドを後にした。
……。
「ここです」
「ほほう……」
「すいません、おじいちゃんいますかー!」
ミレイが店内に入ると、奥に向かって呼びかける。
店内は物が多いが、清潔に保たれているし、物品自体も粗末に扱われてはいない。
……へぇ。
この手の店は、表面だけが取り繕われていることが多いが、ここはそんなことはないようだ。
「おお!ミレイちゃん、久しぶりだなぁ」
「はい!お久しぶりです!」
奥から出てきたこの店の店主らしき老人に、ミレイが元気良く返す。
それなりの年はいっているのだろうが、そこに弱々しさは感じない。
むしろ、確りとした歩調に、伸びた背筋。
老いてなお壮健、という言葉を感じさせる。
「今日もまた、なんか売りに来たのかね?」
「いえ、今日はその逆です」
「……ふむ」
老人は、しばらく手で髭を撫でていたが。
なるほどのう、と呟き。
「少し、待っておれ」
そういうと、奥に引っ込んでしまった。
……。
しばらくして出てくると、その手には黒っぽい木の箱があった。
「買い戻しに来たのは、これのことかね」
「それです!」
老人の言葉に、ミレイが強い同意を示す。
どうやら件のオルゴールは、スターシャが売却した時、ミレイがこっそりと「出来れば取っておいて欲しい」と頼んでいたようだ。
……。
「お幾らでしょうか?」
というミレイの言葉に。
「うぅむ……」
困ったように呟きながら、再び手で髭を撫でる。
やがて、自らの中で折り合いが付いたのか、申し訳なさそうに一言。
「銅貨一枚で、構わんよ」
「実は、このオルゴール、音が出なくなってのう」
「え?」
「ほれ、ここを見てみよ」
かぱっ、とオルゴールの蓋を開けると中の円筒と音階板を指した。
「あっ」
なんと、オルゴールの命とも言える、円筒と音階板が破損していたのだ。
「以前、この店を訪れた心無い客が無断で触った挙句、床に落としてしまったのじゃよ」
「そんな……」
「わしも修理してみようと頑張ったのだがのう……、ここの部品が破損した場合は修理するより、買いなおした方が良いと言われてしまってのう……」
「「…………」」
ミレイと老人が二人して黙り込んでしまう。
……。
……やれやれ。
ヒョイッ。
老人の手からオルゴールを取り上げる。
「あっ」
「ぬっ」
前者はミレイ、後者は老人の声だ。
「ちょいと、失礼」
カパッ、とオルゴールの蓋を開けて、中を検分する。
タイプはシリンダータイプか……。
円筒が歪み、櫛状の音階版が所々欠けていた。
……へぇ。
物に歴史あり、とは良く言ったものだ。
小さなオルゴール、一目で手作りと分かる不恰好さ。
……けど、これは。
「…………本物だな」
思わず口元に微笑が浮かぶ。
この小さな器物に込められた思いは、本物。
このオルゴールには作り手の想いが籠められている。
一言で言うなら「温かい」。
他の人間のためなら死んでもお断りだが……。
これはミレイがスターシャに渡そうとした物だ。
ならば、多少の苦労は負うべきだろう。
……。
人間の魔術師が見たら卒倒しそうな程に複雑かつ膨大な量の術式を編み上げ、同時に魔力を込めて詠唱する。
……。
「我は時の流れに逆らう、一匹の蝶……」
対象の固定――完了。
「時の大地を離れ、ただ一人孤独な旅に出る……」
時間軸の切り離し――完了。
「過去への道を飛び、いつか見た光景を求め……」
対象の固有時間の逆行――開始。
「その翅が千切れようと、心の翅は幻想の空を往く……」
――停止・完了。
「嗚呼、我が身よ、時の理を超えたまえ」
――全工程完了。
リィンッ。
手の中のオルゴールが一瞬淡く光り輝いたかと思うと。
一切の傷がない、完全な状態のオルゴールがあった。
……。
「ほれ」
口を開けてフリーズしてしまっているミレイに、改めてオルゴールを渡す。
「爺さん、銅貨一枚でいいんだよな?」
「……ああ、……うむ」
こちらも若干反応が鈍いが、一応返事をくれた。
「驚いたのう……」
店主の爺さんだ。
すごいものを見た、といった感じに話しかけてくる。
「何がだ?」
「今のは、時属性の魔術じゃろう……」
…………ふむ。
「爺さん、あんた魔術師か?」
「うむ、以前の職業は冒険者だ、フリーの魔術師として各地を回っていたよ。わしゃ、遺跡調査や呪物の収集が趣味での。まぁ、それが高じてこんな店を開いてしまったが……」
「ほう」
思わず感心したように、呟く。
「元々は、バーム連合国で考古学者をしていたのじゃがな、いつしか各地の遺跡を回りたいと思うようになってのう……。四十の時に飛び出し、傭兵ギルドで稼ぎながら各地の遺跡を回ったものじゃ」
以外にアクティブな爺さんだな。
「まぁ、その縁でミレイちゃんの母上殿と知り合ったのだが……」
……そういや、スターシャ・バレットの名で傭兵をしていたんだっけな。
頭の中に白髪紅眼の長身美女が思い浮かぶ。
と、爺さんが一言。
「ところであんた、…………何者かね」
「…………今更!」
とりあえず、自己紹介。
「シーファだ。一応、スターシャとミレイのご主人様ってところだな」
白病の治療のところを上手く誤魔化しながら、二人が俺の侍女になった経緯について話していく。
不治の病が完治したことが知られれば、今後面倒なことになりかねない。
まぁ、爺さんはスターシャが白病にかかっていることを知らなかったので、幸いした。
……。
「というわけで、今は俺の家で親子共々平和に暮らしているよ」
ミレイの頭を撫でながら言った。
「なるほどのう……」
一つ頷きながら、どうにか納得してくれた。
とりあえず、爺さんの話に興味を覚えたので少し店の中を回ってみた。
……へぇ。
どこかの遺跡から持って来たらしいオーパーツや、爺さん自身が書き記した研究録。
他にも、魔導書や術具、何が疎外感をかんじる一般の家具類。
……。
爺さんが趣味で開いたというのはあながち本当らしい。
「……これは」
遺跡から発掘したらしい、古文書が置いてあったので少し興味を引かれた。
と、突然爺さんが奥に行ったかと思うと。
「ところでシーファ殿、先程の業をこれに頼めないか?」
奥から持ってきた硝子細工を示しながら言う。
硝子で作られた花だ。
……なかなかきれいなもんだな。
「これは?」
「亡き妻の遺品じゃ」
「……ふぅん」
これも先程のオルゴール同様に、本物の品だ。
作り手の温かい雰囲気が伝わってくる。
……。
しかし、これを直してやる義理は欠片もない。
なにより、俺は働くのは嫌いだ。
ゆえに一言。
「めんどいので却下」
……。
だが、爺さんも食い下がってきた。
「そこをなんとか」
「けっ!」
爺さんの嘆願を一言で切り捨てる。
「どうしてもか」
「お兄さんはニートなので、働いたら負けかな、と」
「ぬぅ」
爺さんは呻いたきり黙り込む、が。
ミレイの視線を巧みに遮りながら、懐から何かを取り出した。
「ならば、報酬としてこれをお渡しますゆえ……」
「あ!?俺は何を貰おうと」
やらないぞ、とは続かなかった。
!
「こ、これは!」
思わず声を上げる。
……。
……。
……。
「ありがとうございました」
ミレイが別れの挨拶をする。
俺もホクホク顔で、手を振る。
爺さんも、実に漢らしい笑みを浮かべて手を振り返してくれた。
俺にも大きな収穫があった。
……。
尤も他の人々には言えない収穫だが……。
「さて、帰るか」
「はい」
時間的には現在、午後三時半を過ぎた辺り。
……帰って、ちょうどいい時間かな。
ミレイと二匹を抱き上げる。
「んじゃ、跳ぶぜ」
――特定・跳躍。
―――ミレイ・フォン・バレッタリート―――
「行ってきます。…………シーファ様、大好きです♪」
そう言って、シーファ様の部屋を飛び出す。
向かうは厨房だ。
この時間帯、お母さんは料理の修業と夕食の仕込みでだいたい厨房にいるのだ。
手元には、黒い木の箱で出来たオルゴール。
お母さんの思い出の品。
……。
いつもお母さんには苦労を掛けている。
私がそんな事を言っても、お母さんは「私のほうが、ミレイに苦労を掛けている」と言って譲らないだろう。
でも、こういう形ならお母さんも受け取ってくれるはず。
プレゼント。
それも、初めて自分で稼いだお金でのプレゼント。
……お母さん、喜んでくれるかな。
思うのは母への感謝、望むのは母の笑顔。
……。
初めての贈り物だからか、緊張する。
「うん、がんばれ。私」
自らを鼓舞する。
足元で「アウッ!」「ミィッ!」と二匹が応援してくれた。
……。
目の前に厨房に繋がる扉がある。
……よし、いざ!
―――アナスタシア・フォン・バレッタリート―――
スープをおたまでひとすくい、味を確認する。
……うん、美味しく出来てます。
今晩の献立は、野菜のコンソメスープ。
ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎを煮込み、塩胡椒で味を整える。
健康にもいいし、体も温まる。
そろそろ夜は肌寒くなってくる、夕食としては悪くないチョイスのはずだ。
「うん、もうひと煮込みで出来上がりですね♪」
ではパンも焼いときますか、と振り返る。
と。
「ミレイ?」
そこには、大切な娘がいた。
「お、お母さん!」
「何?どうしたの?」
ミレイの顔が緊張で強張っている。
どうしたのだろうか?
「あのね、日ごろのお母さんへの感謝も込めてね、……プレゼントがあるの」
!
私にプレゼント、……ミレイが。
思わず顔に笑みが浮かぶ。
娘からプレゼントを貰うなど、初めての経験だ。
ミレイと二人で暮らしていた頃は、ミレイの将来を考えひたすら教養を教え込んでいたからか、このような母娘での交流は滅多になかった。
だから…………正直、嬉しい。
「お母さん、…………これ」
!
ミレイが差し出した物を見て、再び驚く。
「これ、は……」
差し出された、黒い木箱を手に取り、そっと撫でる。
この感触、間違いない。
蓋を開けると、旋律が流れ出す。
――♪
間違いない、これは……私がまだ帝国にいた頃、お父さんから帝国小等院の卒業祝いに送って貰ったものだ。
「ミレイ、これは……」
声が情けないほどに震える。
「それを売った時、お母さんが寂しそうな顔してたから……、お店のお爺ちゃんに頼んで、取っておいてもらったんだよ」
「そう……」
オルゴールをそっと胸に抱く。
「あのね、それね、私が自分で稼いだお金で買い戻したんだよ」
!
ミレイの声に、三度驚愕を覚える。
……自らで、稼いだ?
「……ミレイが?」
「うん、シーファ様に手伝ってもらったけど……」
ギュッ。
ミレイを力いっぱいに抱きしめる。
思わず、目から涙が零れた。うれし泣きだ。
口から出た言葉はなんとも、情けなく震えていただろう。
でも……、それを恥とは思わない。思えない。
「ミレイ……」
愛しい娘に万感の思いを込めて、言葉を送る。
「……ありがとう、愛してるわ」
ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。