30話 思い出を求めて①
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
スー、スー。
規則正しい寝息が漏れる。
自分の寝息だ。
自らの脳の一部が自身を、客観的に視る。
ふと。
……………………朝?
感覚的に、朝が訪れたのが分かる。
カーテンの向こう側の明度が明るくなっている。
しかし、起きようという気分にはなれない。
今の気分を表すなら、ぬるま湯の温度で雲の中にたゆたっている感じだ。
後、二百年はこの微睡みの状態を維持したい気分。
……。
とはいえ、ここ最近は可愛らしい小悪魔が強制起床を促しに来る。
ダダダダダッ!
廊下を走る音が響き。
ガチャッ。
次いで、扉を開く音が響く。
そして。
……。
「シーファ様~!」
ドスンッ!
突然腹部に衝撃が走る。
「ゲホアッ!」
……。
朝の第一声は理解不能な悲鳴だった。
……。
朝食の席。
「申し訳ありません……」
俺の目の前でうな垂れているのは白髪紅眼の美女、スターシャである。
「……、あー……」
俺はもはや苦笑いしかできない。
ルナ大公国から帰って来て、三日立つ。
……。
帰りの際には特に問題は起きなかった。
やはりパーティー会場で、魔王としての圧力を解放したのが効いたのか、俺らを引きとめようとしたやつはいなかった。
それまでは、「残らせてわが国に仕えさせる!」などと豪語していた高官や貴族などが揃って口を閉じていた。
いい気味だ。
帰りの道中は、邪魔な傭兵団も、護衛するべき対象もいないので早々に空を飛んで帰ってきた。
飛び立つ際に、双子姫が「今度、遊びに来てください」と言っていたが……。
まぁ、そのうち機会でもあったら行くことにするさ。
でも……。
……。
当分は家から出たくないっす!
―――ミレイ・フォン・バレッタリート―――
「俺は、まだ寝るぜ」
そう宣言して、シーファ様は部屋に籠もってしまった。
飛び乗って起こそうかと思ったが、お母さんに注意されたばかりだし……。
それにエル様が勉強を教えてくれるそうなので、今は我慢することにした。
「ではミレイ、昨日の続きです……」
……。
……。
……。
「ふい~。疲れました~」
「ふふ、ミレイは優秀ですね」
エル様が微笑しながら褒めてくれる。
「明日の午前中に、今日の復習をします。予習をしておいて下さい」
「は~い!」
エル様にそう返事して、机に突っ伏した。
疲れた~。
きっと今、頭から煙を噴き上げているに違いない。
甘い物が食べたいなぁ。
などと、考えていると。
――♪
鼻歌が聞こえた。
知っている声だ。
そう、誰よりも……。
……。
机から顔を上げるとお母さんが、外で洗濯物を干していた。
鼻歌を口ずさみながら、手際良く……とは行かないけど、以前に比べれば遥かに効率的に作業をしている。
体が淡い光に包まれているのは、日光で体調を崩さないための魔術だとエル様は言っていた。
白病のせいで色素が壊れたお母さんの体は、日光にとても弱くなっているそうだ。
……。
美人で、強くて、優しい、自慢のお母さん。
このお屋敷に住むようになってから、本当に笑うようになってくれた。
以前は表情が硬かったし、時折部屋の中からすすり泣く声が響いてきたりして、辛かった。
でも、今のお母さんは笑っている。
生きて、私やシーファ様達と一緒に暮らせる今を喜んでいるのだ。
以前、私に。
「今、私は幸せよ。とても、とても……」
と言って、優しく抱きしめてくれた。
……。
「…………うん!」
閃いた。
よし!
「シーファ様に相談しよう!」
―――シーファ―――
ダダダダダッ!
廊下を走る音が響き。
ガチャッ。
次いで、扉を開く音が響く。
そして。
……。
「シーファ様~!」
!
激しい既視感!
……。
……反応は出来た。
でも……。
回避できるかというと……、それは別問題。
まぁ、つまり……。
ドスンッ!
腹部に衝撃が走り。
「キョヘエッ!」
変な声が、口から飛び出した。
「まぁ、なんだ……。つまり。昔、売り払ってしまった、スターシャの思い出の品を買い戻したい、と」
「はい!」
目の前でミレイが元気良く返事をする。
正直、腹上ダイブを慣行された時、口から魂が飛び出した気がした。
これが見知らぬ他人なら、間違いなく惨たらしく殺していた気がする。
……やれやれ。
俺も甘くなったもんだぜ、とか呟きながらミレイの言葉に応じる。
「で、思い出の品ってのは?」
「オルゴールです。昔、お母さんの家族がお母さんのために手作りしたものらしいんです」
「ふむ……」
「お金を得るために売ったんですが……。売ったときお母さんが少し寂しそうな顔をしていて……」
「……買うためのお金は?」
「えと、お母さんから貰ったお小遣いを貯めていて……」
……。
優しい子だ。
素直にそう思った。
スターシャとミレイが住み込みで働くとき、スターシャは、給料は「ミレイに何かしてあげられる分だけあればいい」と言ってそれ以上は受け取らなかった。
一応、衣食住のうち、食住は俺が提供しているし、衣も普段は侍女服を着ている。
よくよく考えれば、二人の私服姿はあまり見ていない。特にスターシャの私服などここに訪れたときにしか見ていない。
ミレイは私服を少しは持っているようだが、これはスターシャが受け取った分の給料から出ているのだろう。
そして、ミレイの「お母さんから貰ったお小遣い」というのはおそらく……。
……。
母は娘のために、娘は母のために……。
……。
「ミレイ、今何時だ?」
「え?……えーと、十二時の少し前ですけど」
……ふむ。
まだ、大丈夫だな。
「うし!その金は、取っとけ」
「え?」
にやりっ、と微笑むと宣言した。
「傭兵ギルドに行こうぜ♪」
ミレイの頭の上に!や?が乱舞する。
「え、え?でもシーファ様、依頼は受けないって……」
「誰も俺が働くとは言ってないぜ」
「???」
くくっ、と笑うと種明かしをした。
「確かに俺が依頼を受けるが、働くのは俺じゃない……」
そう、働くのは。
「ミレイ、君だよ♪」
……。
しばしの沈黙の後。
「え、え?…………え~~~~~~~!!」
ミレイの絶叫が俺の部屋に響き渡った。
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しばらくほのぼのとした話が続きます……。